全力疾走
焦り出したのは周りの言葉を聞いてからだった。 口を揃えたようにみんながみんな、口にする名前。 自分と一緒に転属となった彼女の名前があちこちから聞こえてくる。 どうして、誰も彼もが口にするんだろうと思いつつ走っていた。 何故かわからないが、彼女の顔が見たくなったからだ。…いや、どうしても彼女に 会わなければいけない気がして、ひたすらに校内を走り回る。女子生徒の制服を 見かける度に彼女かと喜びかけて、違うことに気づくと足早にその場を去った。 何となく…いいなとは少し前から思っていた。 近頃の彼女は以前よりも明るくて、一年前には決して見られなかった笑顔だって 見るようになった。一緒に居ると何故だか嬉しくて転属が決まった時は離れなければ いけないのかと淋しくなったのも束の間、彼女もまた同じ部隊に配属だと聞いて、 一人で喜んだりもした。 新しい任地での彼女の評判は上々で…今度は上々すぎて不安になった。 誰も彼もが彼女を可愛いと言う。いいよねと頬を染める者も居た。ファンクラブを 作ろうなんて言う奴まで居る。そして…みんなの反応に妙な焦りを感じて、今に至る。 校内を駈けずり回る自分を見て、教官は体力作りの一環だと思ったのか励むようにと 声をかけてきたが、まったくそんなつもりはない。だけど説明する時間も惜しいので、 ただ敬礼を返し再び走り出す。 どうして、何処にもいないんだろう? 妙な不安が襲う。ただ、顔を見れば安心出来るのに何処にも見当たらない。 気がつくと辺りは暗くなり始めており、運動場から昇降口に差し掛かった所で 誰かとぶつかった。放物線を描いて自分の手の中に飛び込んできた何かをしっかり 受け止めてから、すぐに相手が転んではいないだろうかと声をかけた。 「わ、悪い!大丈夫か?」 ぶつかったのは探し求めていた人。少しだけ驚いたかのような表情で彼女が自分を 見上げていた。慌てて手を差し出すと自分よりも色白で華奢な手が重なる。 立ち上がるのを助けながら、自分の心臓が五月蠅いことに気づいた。 妙に顔が熱い。心臓の五月蠅さはずっと走っていたからなのか、彼女の手を とっているからなのか、よくわからないまま勢いよく頭を下げた。 「ごめん!俺、前よく見てなかったから…。怪我したりしてないか?」 「…大丈夫」 以前ならここで微笑まなかったであろう彼女。だけど目の前の彼女はうっすらと 微笑みながら、自分をまっすぐ見ている。 「滝川くん…こそ…疲れて…ない?」 「へ?」 思わぬ言葉に大きく目を見開くと彼女は再び笑う。ポケットからハンカチを とり出して手を伸ばすと自分の頬を拭った。 「汗…。…体力…づくり…大変…でしょ?」 「あ…いや…べ、別に…そ、そんな事ねえよ」 本当はお前を探していたんだ、という言葉を飲み込むと首を左右に振る。そして 手元にある包みの存在を思い出し、慌てて彼女へ差し出した。 「ごめん、俺ずっと持ったままだったな」 だが、差し出すと彼女が首を左右に振ってその華奢な手で押し返す。どういう意味 だろうかと首を傾げると再び微笑んだ彼女が口を開いた。 「あのね、お腹…空いてる…かな…と思って」 「へ?」 自分の間抜けな声にくすりと笑った彼女に頬が少し熱くなる。きっと今、自分の顔は 真っ赤だろうなと思うと恥ずかしくて、余計に頬を赤く染めた。 「も、貰ってもいいのか?」 「…うん」 何て言うか、結果オーライだと一人心の中でガッツポーズをしてみせると頷いて ありがとうと言った…。 <あとがき> 元ネタは2らせん目の滝川PC時のプレイメモから。NPC達がみんなして 萌ちゃんの名前を出すので私の操る滝川もこんな感じでした。テレパスセルを 手に入れるまでは常に全力疾走で校内を走り回ってましたよ。彼女を見つける為に(笑) |