悪戯とお菓子
くじびきで決まった仮装は…何故かドラキュラ伯爵だった。 「…似合わなそうなんだけどな」 袖を通して鏡を見るが、どう見ても似合っていない。…少なくとも自分はそう思う。 それでもクラスメイトたちは楽しみにしていたらしくお化けの顔を描いた白い布を 被って早速走り回っている松尾、包帯をぐるぐる巻いたミイラ男もどきの佐久間は いつも通り飛子室に話しかけていた。誰を見ても楽しんでおり、例外と言えば 自分と永野くらいだ。大きなカボチャを抱えた永野はそれを被るのを躊躇っている。 「…永野、みんなも楽しんでいるんだ。我慢だよ、我慢」 「自分はこんなことをする為にここに来た訳ではありません!」 「それはもっともだけどね。…仕方ないな」 不服そうな永野に向かって背筋を伸ばす。自分だって本意じゃない。だけど こんなに楽しそうにされてしまったらそれに水を差すようなことは出来ない。 「永野、これは隊長命令だ。命令違反は許さない」 「……恨みますよ」 「恨んでくれて結構だよ。僕たちはこの島で唯一の警備隊だ。この行事は軍として 行うもの。君も知ってるだろう?幼稚園や小学校へ慰問することもある。これは その延長線上のものだよ」 こじつけだとはわかっている。だが、これくらい言わねば永野は参加しないだろう。 「本島からの命令ですか」 「そうだね」 あながち間違いでもない。島民たちからの心証を良くしろとは常々言われている。 数秒考えていた永野もため息をつくと大きなカボチャを被る。ようやく観念した 永野の仮装はジャックオランタンのようである。本来ならカボチャの中にロウソクが 定番だが、仮装では単なるカボチャ人間だ。真面目にもカボチャ人間状態で敬礼を 施すと教室から出て行く永野の後ろ姿を見送る。 「さて…僕も行こうかな」 慣れないマントに戸惑いながら教室に鍵をかけて歩き出す。校門をくぐった所で 中山が木陰に座っているのが見えた。永野と同じく大きなカボチャを持っている。 恐らく彼女もまたジャックオランタンをくじでひいたのだろう。 「…どうしたんだい?」 「チャームポイントのこれが見えるように改造中なの」 そう言った中山は自らの髪を指してみせる。どうやら2つに結んでいる部分を カボチャから見せたいらしい。 「そ、そう…」 「うん、だから終わったらみんなと合流するね」 「…わかった」 カボチャをくりぬきながら鼻歌を歌う中山から離れながら、女子の考える事は わからないと首を捻る。いや、中山は特別にわかりにくいのだが、自分から してみれば、わからない度合いが100を越えてしまえば150だろうが、200だろうが かわらない。小さくため息をつきながら歩いているとガサガサと何かが動く音が 聞こえてくる。シマシマにしては音が大きいし、松尾でも走っているのだろうかと 草むらを見るとそこに居たのは大きな魔女…もとい古関里美であった。 「…古関?」 「あ、あのっ!?」 泣きそうな顔でじっと見つめられて思わず頬が赤くなる。普段気丈な彼女がこんな 表情をするのには何か理由がある筈だと思いながら近づく。 「だ、駄目です!」 「え?」 「あ、あの…その…っ!」 言葉を濁す古関に首を傾げながら再び足を進めると目にあるものが飛び込んできた。 思わず勢いよく背を向けると耳まで赤くなったまま背筋を伸ばす。 「ご、ごめんっ!!」 後ろで声にならない声を上げている古関を気にしながら何度も頭を振った。目に 飛び込んできた彼女のすらりと伸びた足を思い出して再び真っ赤になる。 「その、まさか、その…だったから…」 「い…いえ…」 互いにまともな言葉をかけられずそのまま沈黙が流れる。ようやく落ち着いてきた 心臓と熱のひいてきた頬を押さえると咳払いをして、背筋を伸ばしたまま彼女へと 声をかけた。そもそも、何故、彼女がここで何をしているのかわからない。 状況からして何となく想像は出来るが、やはり真実は彼女のみが知るだけだ。 「…古関?…その、…何をしてるのか…聞いてもいいかい?」 「…あの…あの…マギーが…小野くんが松尾に追いかけられていて… 嫌がっているようだったから、私が一言言おうと追いかけていたんです」 「…もしかして松尾を追いかけてるうちに?」 「……はいぃ…」 小さくなる声にほんの少しだけ笑うと、どうしたものかと考える。木の枝に 引っ掛かった髪の毛と、スカートの裾は一人で何とか出来る物ではない。となると 誰かの手が必要になるのだが、ここはやはり同性の女子の手が必要だ。だが、自分が 誰かを呼びに行く間に彼女が男子に見つかる可能性もあるわけで、それはそれで 面白くない。何が面白くないのかと聞かれるともっと自分としては面白くないが、 このままでは堂々巡りだなと首を傾げる。 「古関」 「…はい」 「…その、僕が手伝おうか?」 「え…ええっ!?」 「一人だといつまで経っても状況を打破出来ないと思う」 「そ、それは…そうですけど」 「髪の毛を先に枝から解いてやればあとは君一人でも大丈夫だろう?なるべく下は 見ないようにするから」 流石にこの申し出に戸惑っているようでぼそぼそと独り言を言っているのが聞こえる。 当然のことなので別にいいのだが、何だが信用されていないようでそれはそれで 隊長としても、個人的にも悩んでしまう。これが大塚ならこんなに悩むことも ないのだろうかと思うと余計に面白くない。 「君が嫌だと言うなら無理にはとは言わないよ。僕が誰かを呼んで来るという方法も あるからね。…ただ、僕が呼びに行ってる間に誰かに見つかる可能性もある」 自分でも子供だと思うが、信用されていないという事に拗ねて意地悪をしたくなった。 こう言えばきっと彼女は困ってしまうだろう。多分、自分に頼るしかなくなる。 それを見越しての発言だ。 「え……あ…あの…」 「君はどうしたい?」 あくまでも彼女の意思を尊重するようにそう促すとたっぷり1分程悩んだ揚げ句 小さな声でお願いしますとの声が聞こえてきた。やっぱりだと思いながら少しだけ 得意になる。なるべく上に視線を固定したまま後ろを振り向くと小枝に絡まった 彼女の髪の毛に手をかけた。さらさらの感触にこれなら絡まりそうにない筈だがと 思いながら小さな葉っぱや枝を取り除いてやる。 「さて、出来たよ」 「あ、ありがとうございます…」 自分の手から滑り落ちる彼女の髪の毛を追うように下を向いて、しまったとすぐに 顔を上げた。魔女の仮装にも関わらず彼女はいつもの制服のように自分用の カスタマイズを施している。レースで飾ったスカートの裾から見える足から目を 逸らし、彼女の合図を待つと程なくして安堵の息が聞こえた。 「もういいかい?」 「あ…はいっ!」 座り込んでしまっている彼女を見ると真っ赤になったまま俯いている。自分も また腰を下ろすと転がっていた魔女の帽子を手渡した。 「…はい」 「…すみません…」 延々と流れる沈黙に終止符を打つべく立ち上がると手を差し伸べながら微笑んだ。 「みんなが待ってる。…行こうか」 「え…」 「ほら、早く」 強引に手を取ると立ち上がらせて歩き出す。手は繋いだままだ。 「あ、あのっ!」 「『Trick or Treat!』」 「え?」 振り向くと目を丸くした彼女が不思議そうにこちらを見ている。 「お菓子は?」 あっけに取られた様子にくすくすと笑うと繋いでいた手にもう少しだけ力を入れた。 「くれないなら、悪戯するよ?」 「え、ええっ!?」 混乱した彼女が更に目を丸くした後、その場にへたり込む。真っ赤になって 見上げる視線にもう一度笑うと目線を合わせる為に腰を落としたところで 複数の声がその場を邪魔した。 「隊長ー、遅いーーー!!」 白い布のお化け、松尾だ。これからというところで邪魔された所為か、普段なら 軽く流すところもそうはいかない。どうやって罰を与えてやろうかと考えながら 振り返った…。 <あとがき> ミニミニSSぐらいにするつもりが思ったより長引き、さらに石塚が色々変な事に なってます。シリアス路線でない石塚は結構独占欲が強い、こんな人になりそうな 予感(苦笑)…というか、後少しでセクハラだったかと。これでもセクハラしようと する石塚を止めた方なんですが…シリアス路線とキャラが違い過ぎますね、この人。 |