想い出にリボンをかけて





冷房の効いたハンガーは外よりも快適で、たんぽぽの整備をするのも
この涼しさがあるなら作業が苦にならないと言わんばかりに働く小隊員に
くすりと笑う。もちろん自分だって涼しいのは嬉しいが、そんな単純な
動機で動く彼らを可愛いと思わずにはいられない。
改めて周りを見渡して、彼の姿がない事に気づくと表情を曇らせて、
ため息を一つ。無意識のうちにいつも持っているお守りのようなリボンを
手探りで探す。しかし、それがない事に気づくと今朝なくしてしまった事を
思い出してため息をもう一つ。

「…大きなため息」
「え?」
「ホント大き過ぎ」
気づくと作業準備を終えた女子たちが自分の周りに集まっていた。中山と
篠山の言葉にとぼけると明後日の方を見たが、視線がやはり自分に集中して
いるのがわかる。突き刺さるとはいかなくともちくちくとする視線に
うろたえながら、尚も反抗を試みた。
「な、何のこと?」
「誤魔化しても無駄よ。さっきからずーっと深いため息ばっかりついて…。
それでバレないと思う方が間違いね」
「そうそう」
「うんうん」
田上の言葉に辻野と山本が同時に相槌をうつ。蔵野と飛子室は黙ったまま
心配そうにこちらを見ている。
「な、何よー、みんなして…」
「無理に明るく振る舞う必要もないと思うけど?ここにいる全員、貴女の
ため息の原因を知ってるわよ」
どんなに明るく振る舞おうとしてもじっと見つめる視線が嘘は駄目だと言って
いるように見える。再び大きなため息をつくと観念したように頷いた。
所謂『降参』である。
「そうそう、素直が一番」
「ねー」
年少組である辻野と山本が無邪気にそう笑う。もちろん自分も素直な事が
一番だとはわかっているが、そうはなれないのが現状だ。年齢を重ねるって
こういう事かしら、なんて思ってみる。…がそれは単なる言い訳だと
自分でもわかっていた。

「作業準備終了の報告、行ってきたら?どうせ男子なんて誰も
行きたがらないよ」
中山の言葉に全員が白天の傍でだれている男子数名を見る。
「…例外が一人いる」
飛子室の言葉に全員が作業準備が終わった後、次は何をしようかと無駄に
張り切っている男、永野を見る。確かに永野ならば喜んで報告に行って
しまうだろう。
「ほら早く行ってきてー」
中山が笑いながら自分の背中を押す。その声に女子が固まって何をして
いるのかと永野がこちらに気づいたようだが、そこは田上が適当に
あしらっている。
「報告お願いしたからね」
そう言って中山や辻野、山本らは笑うと自分を追い出しドアをロックして
しまう。外に出されてしまった以上、とぼけようが、駄々をこねようが
無駄な事だ。いずれ誰かが報告に行かねばならなかったのだと割り切ると
顔を上げて歩き出す。多分、彼がいるのは扇浦だろう。夕方の海を見るのが
好きな彼なら、きっとそこにいる筈だ。

校門を通り過ぎ、いつも学校へと通う通学路を歩く。食堂あけぼのからは
いつものように良いにおいが漂ってきていた。ちらりと視界に入れては頭を
左右に振って食べ物の誘惑を振り切ろうとする。報告が先だ。それに
食べるならみんなの分も買って一緒に食べたい。よし、報告が終わったら
あけぼのに寄っておじさんに包んで貰おうと密かな計画を立てる。最近は
食堂のおじさんの手伝いをしていたので、お財布の中身に余裕がある。
クラス全員がお腹一杯になる量は無理でも軽くつまむ程度なら買える筈だ。

自分の計画に満足しながら足はまっすぐと扇浦へと向かっている。
最初は軽かった足取りが近づく度に重くなっていくのが自分でもわかる。
無意識のうちに彼の傍へと寄る事を恐れているのだ。

別に話せなくてもいい。隣に居られなくてもいい。
ただ、遠くから見ていられれば…それで幸せだった。

でも本当は…たくさん話して、いつも隣にいたい。たまに笑うその静かな
笑顔を見ていられれば、どれだけ幸せだろうか。叶えられない…口に出来ない
心の奥底にある本音。近づきたくても近づかせてもらえない。目に見えない
壁が全てを拒んでいるように思えた。

だから…いいんだと自分を誤魔化す。それでも遠くで見ていられるのは
本当に幸せだったし、無理に近づいて彼に不快な思いをさせたくない。
彼が表情を凍らせるのを見るのはとても辛かった。好きな人に嫌な思いを
させたい人なんていない。まして自分が原因ならば…自分自身の心が
傷ついてしまう。

扇浦に出ると辺りを見回す。夕日が直接視界に飛び込んでこない木陰を
探すと腰掛けて読書している姿が見えた。比較的大きな木に寄り添うように
してじっと彼の姿を見つめる。

誰もいない海辺で静かに読書する彼。

ずっとこのままだったらいいのにと思わずにはいられない。
ずっとこのまま見ていられたら…幸せなのにと。
…そこまで考えて頭を振る。嘘だ。本当は見ているだけでは物足りない。

彼の静かな落ち着いた声が好き。
時折見せるはにかんだ笑顔が好き。
深く何かに思いをはせる横顔が好き。
夢中になってしまうと意外に子供っぽい所が好き。
器用そうに見えて実は不器用な所が好き。
負けず嫌いで頑固な所が好き。

彼の好きな所を並べろと言われれば、限りなく並べる事が出来る。
昔からずっとその隣に居たいと思ってた。でも、そんな事は
出来ないし、望めない。だから、ずっとずっと見てた。どんな時も
彼だけをまっすぐ見ていた。

「…古関、報告に来たのなら声をかけて貰わないと困るよ」
気づかれていると思っていなかったので突然の言葉にびくりと肩を揺らした。
心地よい静かな声は隊長としての『公』の態度を表している。少なくとも
『公』の彼は自分を無下にはしない。最も『私』の彼には恐くて近づけないが。
恐る恐る彼の元へと足を進めると言葉を紡ぐ。
「あ、あの…」
「作業準備が終わったのかい?」
「は、はい!」
たった少しの言葉も上手く紡ぐことが出来ない。そんな自分がいつか彼に
想いを伝える事なんて出来るはずもない。きっとずっとこのまま平行線を
辿るのだろうと少し悲しい気持ちになる。

それでもいいと思っていた筈なのにどうして諦め切れないのだろう。
いっそ諦められたら、吹っ切れられたら…こんな気持ちもなくなるのだろうか。
でも、それが出来るならきっともう出来ていた筈。今もこの想いを抱えるのは
…多分、出来ないから。

「そう、じゃあ先に始めていてくれ。僕もすぐにハンガーに向かう」
「はい!」

返事を返すのが精一杯。ドキドキする胸に手を当てながら束の間ではあるが
2人だけの空間をくれた友人たちに感謝した。

でもそんな時間は終わりだ。もう自分はここから立ち去らねばならない。
彼の言葉は自分を寄せ付けない為の壁だと知っている。そして目の前の彼が
小さなため息をついた事に気付くと悲しい表情を悟られないために微笑んだ。
微笑んだ筈だったが潤み始めた瞳に下を向くと彼に背を向ける。

泣いたら駄目。そんなのは駄目…!

「古関!」
「はい?」

呼ばれると咄嗟に潤んでいる瞳を擦り、振り返る。黙ったまま何かを言い
出そうとする彼に首を傾げながら、どんな言葉が紡がれるのかを待ち続けた。
何故だろう、目の前の彼はとても緊張している気がする。

「君のものだろう?」
「あ…」

そう言って差し出されたのは朝、なくしたと思っていたリボンだ。
何よりも大事にしていた大切なリボン。安堵した途端に無意識で笑顔を形作った。
普段ならば、彼の前だと緊張して自然な笑顔は形作れないのにも関わらず。
目の前の彼もまたうっすらと微笑みながら懐かしそうにリボンを見ている。
受け取ったリボンをぎゅっと胸の前で握りしめると静かに微笑んだ。

「まだ持っていたんだね」
「…大切に持ってますよ。だから、今日学校に着いてなくしたのに
気づいた時はとてもショックでした」
「そうか…。少しだけ懐かしい気分になれたよ。僕は君に、大塚は加奈子に
そのリボンを揃いで買ったっけ」

小さな頃、4人で行動を共にしていた。懐かしい映像が脳内に蘇る。

「…あれから、結構な時間が経ったんだね」
「…ええ」

あの頃はこんな他人行儀ではなかった。お互いを『弘くん』『里美ちゃん』と
呼び、人混みの中では手を繋いだりもしていた。夏祭りで迷子になった時は
泣いてしまった加奈子ちゃんと不安でたまらなかった自分を彼は優しく
諭してくれた。思えばあの時から自分はずっと、彼が好きだったのだろう。

ふと彼を見ると懐かしそうに思いを馳せていたその表情を変化させた。
きっと『公』の彼に戻ってしまったのだろう。『私』の彼はもうここにはいない。

「時間を取らせたね…先に行って、皆と作業を始めていてくれ」
「あ…はい」

それが当たり前の日常であるのに、束の間の時間でも『私』の彼に会えた事を
喜ばねばならないのに表情は笑顔から一転泣き顔の一歩手前へと変化していた。
慌てて頭を下げると彼の顔を見ずに身を翻す。ぎゅっと目を閉じながら走ると
冷たい滴が頬を伝った。

想い出はは想い出。
あの人が昔のように私を見てくれることは…きっと、ない。

わかっていても心が痛かった。
それでも、ずっとこれから自分は彼を思い続けてしまうだろう。
諦める術を知らないから、吹っ切る事は…出来ないから。

だって、好きという気持ちが膨らむのを止められないから…。



<あとがき>
相変わらず『×』ではないですが(前回の石塚視点と同じ日の事ですから
当たり前かもしれませんが)お互い矢印が出ている状態です。
絶賛ラブコメプレイ中(2006.9)ですが、どうも私が石塚になると
全く彼らしくないものになります。里美イベントは早くにクリアしましたが
過去の事には触れられていないのでやっぱり石塚・大塚をクリアするまで
わからなさそうです。
この後の2人の話もネタとしてメモしてありますが、戦闘が絡むので
どうしようか迷っている最中です。