Deep Emotion






「もし、俺が死んだらやっぱり二階級特進とかあるのかな?へへ、そうしたら
俺も千翼長じゃん」
「馬鹿な事言わないで下さいっ!」
「…ごめん」

涙目の精華を見て、陽平も表情を曇らせた。今回の熊本城での作戦は今までの
作戦とは規模が違う。もちろんそれは敵味方どちらもだ。5121小隊が配置されるのは
一番の激戦区と言われる場所だという。それを聞いて緊張しない訳がなかった。

陽平のそれはもちろん本気ではなく、冗談だと分かっている。しかもその冗談は
自分の中にある不安や恐怖を押し隠す為のものだと精華は十分分かっている筈だった。
でも実際、彼の口からそんな言葉を聞くのは嫌だった。
世の中には言霊なるものがあるという。普段そんな物を信じる精華ではないが、
嫌な現実をこちらに引き寄せてしまいそうで、怖かったのである。

「お願いだから…冗談でも言わないで下さい…」
「…悪い。俺…」
「ごめんなさい。私も分かってるんです。怖いのは私だけじゃない、前線に
出る貴方達の方だって。でも…」
「ごめんな…。俺さ…変なプレッシャーがあって…お前の事まで思いやれなくて…」
顔を伏せるとあふれ出てくる涙を拭いながら、彼の言葉に何度も首を左右に振る。
「余裕がなくて…当然です。こんな大規模な作戦、初めてですから。…寧ろ
こんな時に落ち着き払っている方が変です」
精華の右手を握った陽平は黙ったまま抱き寄せると何度も背中をあやすように
なぜる。その手は温かく、精華の涙を余計に誘った。

「ごめんなさい…」
「いいって。俺の方が悪かったしさ」

泣いても仕方ない事だと分かっていた。
精華もまた今回の作戦中は前線の整備トレーラーにて待機する事になっている。
今までのような後方での待機ではない。前線に出る事への不安があった。
そこに来て、不吉な事を口走る陽平に最悪なシーンが頭の中を過ったのである。

瓦礫となった熊本城。辺り一面の焼け野原に無数の部品ともがれた手足が点在し、
その先にあるのは士魂号のコクピット。
何度もフラッシュバックする光景に精華の精神は既に限界近くまで来ていた。

今回の作戦行動が発表されてから2日。ギリギリの状態で精華はその場に留まっていた。
何度も逃げたいと思い、泣き崩れそうになる度に自身を叱咤激励し、奮い立たせてきた。
だが、それももう限界──

声を上げながら泣き、制服に涙の染みを作る。
辛い、怖い、負の感情を持つのは自分だけでないと頭で理解していても、
許容範囲外だった。

「ごめんな…俺があんな事言ったから…」

確かにきっかけにはなったかもしれない。だけど、それは起爆剤の一つに過ぎなかった。
精華の心は既に悲しみの堰を切ってしまっていて、多少の事では収まりそうにない。

「俺、テレビに出てくるようなあんな英雄にはなれないけど…。みんなを守るだとか
お前を守るとか恰好良いことなんて言えないけど…でも、これだけは約束する」

しゃくりあげながら、顔を上げると辛そうに見ていた陽平が少しだけ微笑んだ。

「帰ってくるよ。絶対。さっきの言葉は取り消しだ。…だからさ、待っててくれる?」

怖いのは一緒だと…いや、もっと怖いだろうに微笑んでそういう陽平に精華は
再び涙で視界が滲む。いつもの陽平ならここで慌てて、どうしようかと迷っただろう。
でもこの時の陽平は違った。

「泣くな…なんて言わないからさ、気の済むまで泣いていいよ。怖いのは誰だって
一緒だ。お前だけだなんて思わないでいい」

滲む所か何も見えないその視界できっと微笑んでいるであろう陽平に微笑み返そうと
するが、それは叶わぬまま涙だけが溢れる。もどかしい自分に精華はどうしていいか
わからずに、ただ、その腕に縋った。

「ごめんなさい…私…」

優しくあやす手は温かく、精華の涙を更に誘う。

「待ってます…。だから絶対、約束…守って下さい」
「ああ、守るよ。絶対帰ってくる」

深い深い、心の奥底で蹲っていた小さな精華が立ち上がる。
この手を、この声を信じようと頷くと涙を拭きながら、微笑んだ…。




<あとがき>
再びエンコード問題で保存がきかなくなりそうになって、焦りました。
何故か最近の私の中では滝川が大人になってしまって、ちょっとワンパターン化
してきている気がします。うーん、お馬鹿でアホたれで能天気な単純小僧が
書きたいのにおかしい…。現在それに近い滝川を書こうとすると相手が
限られてくるのが不思議なのですが、これも一種のスランプかしら…(汗)