君の目、君の声






「あれ、まだ居たのかよ?」
ハンガー1階から2階へ続く階段を上っていると上から声が降ってくる。
2番機のパイロット滝川が少し驚いた様子でそこに立っていた。丁度今から
帰る所らしい。
「ええ、もう少し調整しておこうと思って」
「ふーん…ま、あんまり遅くまで根つめ過ぎんなよ。じゃーな」
「はい」
普段あまり顔を合わせない──見かけるだけなら、毎日だが──滝川とは長々と
話せるとは思えない。素っ気なく返せばきっと会話をすぐ打ち切るだろうと
極力感情を殺して話した。案の定、お喋りな筈の滝川は会話を続けるような
ことはせず、早々にその場を去った。ほっとした反面、深夜のハンガーに1人で
いるのは寂しいと思ってしまう。自分から素っ気なくしたにも関わらず、
もっと居てくれればいいのになとも思った。

そこまで考えた所で思考を止め、頭を振る。勝手な考えに自己嫌悪に陥ると
ため息をついて三番機の前へとゆっくり歩いた。手にした工具箱を黙ったまま
開き細かく見直しをし始める。すると機械音が響くだけのハンガーに慌ただしく
階段を登る音が重なった。深夜2時過ぎのハンガーは先程の滝川が最後で現在
いるのは精華だけである。忘れ物でも取りに来たのだろうかと思いながら顔を
上げると、案の定滝川がそこにいた。頭から水を被ったようなずぶ濡れの滝川は
精華と目があうと申し訳なさそうに歩いてくる。

「あ、あのさ?タオルとかない?」
「ありますけど…どうしたんですか、その格好」
立ち上がると作業用具や救急箱などがつめられた棚をあける。タオルを1枚
取り出すと滝川に差し出しながらそう聞いた。1人で広いハンガーにいる事に
何故か寂しさを覚えていた精華は戻ってきた滝川を無意識に歓迎している。
いつもよりも何故か機嫌の良さそうな様子に滝川は特に疑問も持たずに
差し出されたタオルを受け取り頷いた。
「あー、うん、外出てすぐに雨が降り出してさ。それがもうすごくって…まぁ、
後は見たまんまさ」
「傘持ってなかったんですか?今日は確か降水確率が高かった気がしますけど」
今朝の天気予報を思い出しながら、再び三番機の前に腰を下ろすと工具を握り
作業を再開する。
「へ?そうなの?俺、朝テレビとか見てないから…ふーん、そっか…」
がしがしと髪の毛を拭きながら、何故か精華の傍に腰を下ろす滝川。そこから
会話が途切れ、再びハンガーの中には機械音と遠くから雨音が聞こえるだけに
なった。沈黙が流れ、作業に集中していた精華は自分の手元に視線があることに
気付く。恐る恐る振り返ると滝川がじっと手元を見ていた。

「…あの…何か?」
「ん?あ、別に意味ねぇから、気にしない、気にしない」
タオルを頭に被りながら笑う滝川に首を傾げると再び向き直り作業を始める。
やはり視線は手元に集中しているのがわかる。別に意味はないと言われても、
そんな風に見られているとどうも作業がしにくい。小さくため息をつくと
もう一度振り返った。
「…帰らないんですか?」
「だって、まだ雨降ってるからさぁ…もうちょっと止むまで待とうかと思って。
あ、もしかして、俺、邪魔?」
「いえ…そういう訳じゃ…」
慌てて首を振ると滝川が笑う。少しだけ顔が赤い笑顔に釣られるように精華も
また頬を染めるとまた背を向けた。何故だか知らないが、顔が熱いし心臓も
五月蝿いなと思いつつ、一生懸命平常心を取り戻そうとする。
だが、中々心臓の音は治まらない。時間が経てば経つほど、緊張していくのが手に
取るように分かる。
「…あの…」
「うん?何?」
観念したように振り返るとぼーっと手元を見ていた滝川が視線をあげる。
「…面白いですか?こんな作業見てて」
「面白いよ。俺、整備の知識なんてあんまないからさ、見てるだけで結構
ワクワクする」
「そうですか?」
「ああ」
そんなものだろうかと首を傾げる。そして多目的結晶が深夜3時を回った事を
告げた。流石にきりをつけて帰ろうと再び三番機へと向かい合う。
「…なぁ」
「はい?」
口を開いた滝川に振り返りもせず返事だけを返す。待てども待てども次の言葉が
帰ってこない。不審に思って振り返るとすぐ傍に滝川がいた。いつの間にか
距離が近くなっていた事に驚くとじっと手元を見ていた滝川がそんな事には
気付かずに首を傾げながら精華に質問をし始めた。
「俺の二番機だとここがクロスしてんだよな…。複座と単座だと配線も
変わるのか?」
「…え…いえ、これは芝村さんがこうした方が反応しやすくて使い勝手がいいと
聞いたので、それからずっとこうしてますけど…」
「ふーん、…ってことは神経接続に関するコードって事か」
半ば独り言のような滝川の呟きに頷きながら、じっと横顔を見てみる。昼間に見る
速水たちとじゃれている滝川とは違う真剣な表情に心臓が再び早鐘をうちだした。

「…ただ、これを真似したからといって一概に反応速度が上がる訳じゃないんだろ?」
「は、はい。滝川くんに合わせた調整をしてなければ、反応速度は落ちると思います」
三番機の背面を覗き込みながら話す滝川は表情と同じく真剣でいつもより落ち着いた
声だった。持て余す心臓にぎゅっと目を閉じると俯く。ようやく様子のおかしい
精華に気付くと慌てたように滝川が声を上げた。
「おい!だ、大丈夫か?体調でも悪いのか?」
左右に頭を振ると急いで手にしていた工具をしまい、立ち上がる。
「森?」
工具箱を床に置いたままカバンを持つと折り畳み傘を取り出し、滝川へと差し出す。
「まだ降ってるみたいだから使って下さい!」
そう言うと階段を駆け降りて、ハンガーを飛び出す。入口にあったロッカーから
置き傘を取り出してきており、走りながら傘を差すと胸を押さえたまま走り続けた。

何だろう。何でこんなドキドキしてるんだろう。
どうして、いつもみたいじゃないんだろう。
どうして、自分はいつもと違うんだろう。

精華の頭の中は疑問符で一杯だった。
もし、滝川が昼間速水たちと話しているように会話を持ちかけていたら精華は
こんな風に考えなかったに違いない。きっと静かにして下さいと一言言って会話が
終わっていただろう。

だけど、滝川の反応は違った。裏切られたのだ。いつもの子供っぽい滝川でなく、
純粋に士魂号の整備について観察していた。…パイロットの目をしていたのだ。

その裏切りは精華の心に変化をもたらした。
雨の日にある独特の匂いを嗅ぎながら、雨の所為だと。このどしゃ降りが原因だと
精華は何度も心で反芻した。

雨の日のアンニュイな気分に1つの彩りが加わる。
それがこれからどんなものに変わるのか、精華にはまだわからない。
だけど、確実に分かるのは…。



<あとがき>
久しぶりの滝森なんですが、森さんってこんな話し方でしたっけ…(汗)
これはちょっとリハビリしないと拙いかしら…。
整備については私もさっぱり知識がないので適当に書いてます。
現実味がない描写で申し訳ないですm(_ _)m