もやがかかったような視界。真っ白な視界にぼんやりと人影が浮かぶ。
そう、今、自分は夢を見ている──そう納得すると夢の中の自分が
頷き、一歩一歩人影の方へと歩いていく……。
近づいていくとそれは小隊員の後ろ姿だった。自分たち整備班が整備した
士魂号に搭乗するパイロット。だけど、何故彼が自分の夢の中にいるのだろう…
そんな疑問を抱きながらも、もう少しだけ近づいてみる。自分の足音が
真っ白な夢の世界で響き、目の前に居た彼の耳にも届いたらしい。
こちらを振り返ると薄紫の瞳が一瞬見開かれ、次の瞬間安心したように笑顔を見せる。
「…滝川くん」
「森も居たんだ?周り見ても何にもないだろ?何だよ、ここって思ってたんだ」
心の中で『ここは私の夢の中ですから』と答えながら、もう少しだけ近づく。
「でも良かったぜ。お前が一緒ならいいや」
その言葉に首を傾げると彼が急に両手で口を押さえた。明らかに『しまった』という顔で
自分の発言に頬を染めている。どこか挙動不審な彼が自分の両肩を掴み、
上気した頬のまま口を開いた。
「…あ、あのさ!俺…」
急な展開に瞳を瞬かせる。例え夢の中とは言え、この展開は所謂『告白』だ。
自惚れでもなく、自分の良く見ている少女漫画にありがちな展開。でもこれが
自分の夢だと分かっていても次の展開に胸が高鳴ってしまう。
「俺さ…お前のこと…」
──そして眩しい光が自分を包み、意識を手放してしまった…
今朝方見た夢の内容は覚えていないのだが、何となく気恥ずかしいものだったのは
記憶に残っている。何となく気になる夢の内容を思い出そうとしながら歩いていると
後ろから明るい声がかけられた。
「おっす、森!茜!」
「…あ…おはよう」
「朝から無駄に元気だな、滝川」
「無駄って何だよ、無駄って!」
義弟とじゃれるように話しているのは義弟の遊び仲間、滝川だ。自転車を押しながら
並んで歩く姿はいつもと何も変わらないのだが、妙な違和感を感じる。
妙な違和感の原因が分からず、横目で見ながら何度も首を傾げていると
不意に義弟から声をかけられた。
「姉さん…何さっきから首を傾げてるんだ?」
「え?」
「…何か気になる事でもあるのか?」
「別にそういう訳じゃないわよ…ただ…」
「ただ?」
「…何でもない。先に学校に行くから…」
そう言って二人を残して走り出す。原因不明の気恥ずかしさの所為でその場に
居る事に絶えられなくなったのだ。何故かはわからない。だけど、彼を見ると…
声を聞くとたまらなく恥ずかしくなってしまう。
走っていた速度を緩め今町公園へと入る。こんな状況で学校に行っても授業に
集中できるとは思えない。多目的結晶を覗き込み時間を確かめるとため息をつく。
「世界史…」
ベンチに腰掛け空を見上げる。一限目を休んでしまおうと心に決めると瞳を閉じた。
瞼の裏に浮かんだのは思い出そうとしても思い出せなかった今朝の夢の一部。
『俺さ…お前のこと…』
真っ赤になった滝川が自分に何か言おうとしている場面が蘇る。
あれは自分の中にある無意識の希望なのだろうか。ふとそんな事を考えると頬が
熱くなるのが分かる。瞳をぎゅっと閉じたまま、眉を顰めていると公園内で大きな音が
聞こえた。何かが倒れたその音に続いてバタバタと走る足音が聞こえ、そして…
「森!?」
「…え…?」
そこに現れたのは滝川だった。焦ったような表情で走り寄ると立ち上がった自分の両肩を
掴む。何故、彼がここに現れたのか。何故、彼は自分とこんなに距離を近くするのか。
疑問はたくさん浮かぶが、それよりも胸の鼓動の早さや染まった頬を気にしてしまう。
彼の手を振りほどこうとしても、しっかりと掴まれてしまった手は思いの他、力が強くて
自分では振りほどけそうにない。
「……滝川くん…」
ようやく顔を上げた彼はバツが悪そうに目を逸らした後、ようやく肩から手を離す。
「…ごめん」
お互い顔を見る事が出来なくて、目を合わさないようにと視線をさまよわせる。
公園の入り口付近を見るとそこには滝川の自転車が倒れていた。先程の大きな音は
自転車が倒れた音だったのだろう。まだゆっくりと回っている後輪は慌てて自転車を
手放したのだろうという推測を容易なものにした。
二人の間に沈黙が続き、居心地悪い空気が辺りを漂う。どちらも黙ったままその場に
立ち尽くしていた。だが、不意に滝川が背筋を伸ばすと口を開く。
「あ、あのさ」
彼の声に視線を戻すと珍しく眉間に皺を寄せたままこちらを見ていた。
「お前が…逃げたのって…俺が居たから?」
唇を噛んだままこちらの顔色を伺う彼に今度は自分が眉を顰める番だった。
「…やっぱり、そうなんだ」
「…さい…」
「え?」
「…勝手に決めないで下さい」
「…森?」
夢の中の出来事に浮かれていたのは自分。
勝手に期待していたのも自分。
だけど、そんな自分がいる事に彼は気づいていない。
気持ちを口にしなければ伝わらないのは当然かもしれない。
でも、知って欲しい。自分が抱いている気持ちに。
間違っても、貴方を嫌うことなんてないのに。
「…いつ、私が苦手だって言ったんですか?滝川くんが居るから逃げたって
誰が言ったんですか?推測で私の気持ちを決めないで下さい」
だって…ずっと前から貴方を見てたのに。
夢に見てしまうくらいに見てたのに。
「だって私は…」
「ちょ、ちょっと待てよ!ストップ、ストップだって!」
自分の気持ちを打ち明けるつもりだったのに、突然彼が慌てて言葉を遮る。
「止めないで下さい!」
「駄目だって!だってそれって俺の勘違いじゃなかったら…アレだろ?俺が言いたいのに
先を越されるワケにはいかないんだ」
勢いに身を任せていた自分に彼のその言葉は次に続ける言葉を奪ってしまうには
十分なものだった。
「…え?」
「俺、きっと相手にされてないって思ってたから言わなかったけどさ…」
「…ちょっと待って下さい!」
今度は自分が彼の言葉を遮ると赤くなりながら、頭の中で考えを整頓する。
「待たないって!」
「駄目です!」
「あーもう、何でだよ!」
訳の解らないまま二人は声を大きくすると互いの顔をまっすぐに見た。
真っ赤に染められた頬は今から紡ごうとしていた言葉よりも雄弁に気持ちを語っている…。
<あとがき>
ようやくメインの登場です。結局短くしたいな〜と思っても無駄でした。
企画SS5本中3本が当初の予定の倍のファイル容量になってます。
…こんな筈じゃなかったのに(苦笑)
滝川は最後まで三人の女の子のうち誰にするか迷ってました。何とか
書き上がりましたけど…段々ネタが被ってきた気がします(汗)