屋上で大の字に寝転がったその人物を見つけると深いため息をついた。 仕事時間も終わっており、規則的には問題がないが現在幻獣との戦いは 人類がやや優勢であるだけに過ぎず、依然として情勢は良好とは言い難い。 そんな中、前線を戦うパイロットがむやみに時間を使っているのは好ましくない。 …少なくとも舞はそう思っていた。故に屋上で寝転がったまま、無為に時間を 過ごしている滝川にため息をついたのである。 トタン屋根の上を歩いていくと滝川が顔だけを向ける。 「あ、やっぱ芝村だ」 「何が『やっぱ、芝村だ』だ」 嬉しそうな表情の滝川とは対照的に舞は渋い表情を見せる。滝川の頭上に 立ち腰に手をあてると深く深く息を吐き出した。 「お前の歩き方は特徴的だからさ、わかるんだよ」 舞の態度を気にも留めずにそう答えると再びその視線を夜空へと戻す。 「それよりさ、今日ってすっげー晴れてるんだって気づいてた?」 言われて改めて空を見上げると雲一つない暗闇が広がっている。無数の 星が瞬き、暗闇の中何かを主張しているように見えた。 「それが…」 「『それがどうした』とか言うなよ」 全てを言い終わるよりも先に滝川が言葉を被せる。眉を顰めながら 何と言ってやろうかと見ていると不意に滝川が声をあげた。瞳は輝き、 声が弾んでいる。指差す先を見ると一筋の光が消え行くところであった。 「今の見たか?流れ星だ」 笑いながら、夜空と自分を何度も見比べる滝川に舞はため息をつくのを 諦め、少しだけ微笑んだ。 「ああ、少しだけだが見えた」 「すっげー、俺流れ星なんて初めてだ!」 言い終わると掛け声と共に飛び上がる。並んだ視線に頷くと互いに夜空を 見上げた。視界に広がった闇。瞬く星たちの中を再び一筋の光が走る。 隣の滝川を見ると低い小声で何かを呟いている。聞き取ろうとしてもその声は 聞き取りにくく、言い終わった所で目が合う。 「な、何だよ。じっとこっち見て」 「今、小声で何か言っていただろう」 途端に真っ赤になって左右に首を振る滝川に眉を顰める。特に変な事を言った つもりはない。そして…滝川が真っ赤になって何を否定する時は大抵何か 隠し事をしている時だ。 「気のせいだ、と言われても騙されぬぞ」 「それだと俺、いつもお前を騙してるみたいじゃん」 頬を赤らめながらも口を尖らせて抗議する滝川に一度は頷くと冷静に 次の言葉を紡ぐ。 「では言い直そう。嘘をつくな」 「…う、嘘なんかついてねぇよ」 「それも嘘だな」 隣で大きなため息が聞こえる。舞にしてみればこっちがため息をつきたいくらい くらいだが、敢えてそこには触れず黙り込む。この男、沈黙が苦手で相手が 喋らないと居心地が悪く自分から話し出すのだ。こうやって何かを聞き出す時には 黙り込むのが一番有効な手である。 「…あのさ」 案の定黙っていられない滝川が話し出す。自分の予測通りの行動に少しだけ 満足げに表情を緩めると黙ったまま頷いた。 「流れ星に願い事をかけたんだ」 その声は思ったよりも落ち着いた声で、思わず視線をそちらへとやる。 真剣な表情で夜空を見上げる横顔に少しだけ眉を寄せると続きを促す。 「3回言うと願いが叶うっていうから、3回」 ぽつりぽつりと話す声に乾いた笑い声が混ざった。 「…そんなので願いが叶うなら、とっくの昔にみんな幸せなんだろうけどな」 星を見上げる瞳は何処までもまっすぐで舞が見つめている事にも気付かない。 「気休めさ…」 大きな瞳が閉じられ、再び開く。 「わかってる、欲しいなら自分で掴むべきなんだって」 そこから先は誰に向けられたものでもない滝川が自分自身に向けた言葉だった。 願いをかけるのは簡単だ。だって待ってるだけだから。 でも本当に欲しいと思うなら…それを本気で願うなら自分で動かなきゃ駄目なんだ。 自分で掴んで初めてそれは本当に叶えられた事になる。 誰かに叶えてもらった、誰かに貰ったそれは…本当に自分の願いなのか わからないから…だから、本気で願うなら自分が動くべきなんだ。 だからさ、俺のさっきの願いは確かに願いだけど、でも願いじゃない。 …そうだな。誓い、宣誓ってヤツだ。 俺は俺の願いの為に動く。他の誰でもない俺自身の為に。 言葉が途切れると知らぬ間に舞は手を叩いていた。驚いて自分を見ている 滝川に自信あり気に笑いかけると頷く。 「良かろう。その心意気、しかと受け止めた。そなたが本気ならば私も手を 貸そう。そなたの望むその願いとやらのために」 「…芝村?」 「何を不思議そうな顔をする」 「え、だって…俺、どんな願い事かけたのか言ってないんだけど…」 「…察しはつく」 この男、本当にわかっていない。どんなことを願うか、普段から何を考えているのか 散々聞いている、または推測出来るほどデータを持っている自分がわからないと 本気で思っているのだろうかと考える。 口で言うほど自分の事を好いていないのではないかと疑いたくもなる。 いつも考える人のことなら分かる、…いや分かりたい。 「それに…カダヤのそなたが求める物、私が手伝わずして誰が手伝うのだ」 「うーん…だからさぁ、そのカダヤって何なんだよ。お前いっつも答えて くれねーじゃん?」 「まだそれを聞くか!?」 「そりゃ聞くだろ。答え貰ってねーもん」 …こやつ、本気で馬鹿かもしれん。 「あ、お前今俺の事馬鹿だって思った!」 「何故こういう事だけわかるのだ、このたわけ!」 「馬鹿とかたわけとかお前、言いたい放題過ぎだろ!……その、い、一応 つき合ってる彼氏に向かって…」 徐々に小声になる台詞は敢えて無視して視線を逸らした。 上気する頬を見られないために。 「あ、こら!せっかく俺が言ってるのに無視すんなよ!」 「肝心の所が小声で聞こえぬわ!」 いつもと同じように言い合いをしながら屋上を後にする。夜空には無数の星が 輝き、また一つ流れ星が落ちた。 <あとがき> 何で私が書くとこの二人っていつも喧嘩するかなぁ(笑) いや、喧嘩するほど仲が良い二人が好きなのでその所為だと思いますが、 うーんワンパターンですよね…。 滝川のかけた願いは安息。平和という名の安息です。舞と一緒にいるなら 自然とヒーローに憧れるだけでなく自らの手で…と思うようになるんじゃないかと 思いますが、どうでしょう? |