満天の星の下、善行は少し急ぎ足で歩いていた。
今日は彼女と出かける日だというのに出かける間際に電話が掛かって
きたりと運がない。当然今急ぎ足なのは待ち合わせの時間に
遅れそうだからだ。
「怒ってなければ良いのですが…。」
彼女を待たせるなんてとんでもない。機嫌を取るのも大変なのだ。
何としてでも彼女よりも先に待ちあわせ場所にたどり着かねば。
以前10分程遅刻して待ち合わせ場所に着いたら、いきなり帰られて
しまった事もあった。
──待つのは嫌だと彼女は言う。
以前別れた時もそうであったように、もう二度と逢えなくなるかも
しれないという不安に襲われると…。
──もう、あんな想いはたくさんだと言う。
不安を覚えさせたのは自分なのだから、それを埋めたい。
彼女の不安を取り除くことが出来るのは自分なのだから、
支えてあげたい。
普段は大人ぶる彼女が見せた少女の心を大事にしたいから…。
自分は今こうして急いで彼女の下へ行く。
あの頃の自分がしたことを無しにしてしまうことは無理だ。
ただその償いのために今彼女を大切にしているのではない。
今、彼女が大切だから…自分は走る。
徐々に急ぎ足から小走りに変わっていく。
そして自分の思考を振り返ってみて、不意に笑みを浮かべた。
──ああ、これが不安なのですね。
彼女に襲いかかる不安と同じものを今、自分も感じている。
今、目の前から彼女が消えてしまったら…そう想うと急がずには
居られないこの感情。
…これが不安なのだろう。
星空の下、白い吐息を吐きながら時計台の前で立っている
彼女に声をかける。
「5分遅刻ね。」
にっこり笑ってはいるが彼女が怒っているのはその声音で分かる。
──それでも泣いているよりはいい。
「すみません、貴女と出かけられるのが嬉しくて時間を忘れる程
浮かれていました。」
「…下手な言い訳ね。マイナス50点。」
「…敵いませんね。」
「当たり前でしょ。」
怒ってはいるが、本気ではない。彼女は怒って見せているだけだ。
軽いレクリエーション。そこが彼女の可愛らしい所であると思う。
徐々に心にあった不安が小さくなっていく。
「こんな綺麗な私と出かけられるんだから、浮かれるのは
仕方ないことだけど、美人を待たせるのは重罪ね。心なさい。」
「手厳しいですね。」
「当然。」
こんな言葉の掛け合いだけでも楽しい。着飾った彼女が綺麗だという
事も当たり前だが、自分の為だと思うと尚、嬉しい。
不意に緩んだ口許に気付いたのか彼女が軽く睨んでいる。
こういう反応をするから可愛らしいのだ。でも彼女はそう思われるのは
どうやら嫌いらしい。子供扱いだと思うのだろうか。
睨んでいる彼女の機嫌を取るように手を差しだす。
二人のバックに星が綺麗に弧を描く。流星の瞬きに気付かないまま、
二人は互いを見つめた。
「行きましょうか?」
「…宜しい。」
彼女に分からないように静かに笑うと目的地へと歩き出した…。
<あとがき>
可愛い原さんが書きたかったのですが…原さんの出番が少ないですな。
文章自体短くしているので余計に出番のなさを感じます(汗)
原さんが本来の姿で接することが出来るのはやっぱり彼だけ
なんだろうなぁと。