星夜の逢瀬〜滝川・森〜






「わ、ま、待てって!なぁ!」
「知りません!」
滝川の制止の声も聞かず、さっと踵を返すと自宅へと走り去ってしまう。
その後を追おうと走り出すも車道に飛び出てしまい凄まじい抗議クラクションを
浴びてしまった。そして車が走り去った後、先程まで見えていた
彼女の背中は…見えない。

きっかけは些細なことだった。二人で出かけた時に違う女の人をじーっと
見ていたとか見ていないとか。普段だったらほんの少し言い合って終わる筈
だったのだ。だけど、今日は何故かそれでは終わらなくて、今に至る。
あまりもの気まずい別れ方に座り込んでため息をついた。数秒そのままじっと
していたが、不意に天を見上げると滝川の心とは裏腹に星がきらきらと瞬いている。
「…怒ってたよなぁ…。」
眉を寄せながらもう一度ため息をつくと無言で頷く。そして立ち上がると拳を
握って気合いを入れた。車が来ないか素早く確かめると車道を走って横切る。
滝川が走っていく先は……彼女の居る所。


ドアをノックする音が耳に入り、続いて義弟の声が聞こえた。
「姉さん。」
「何?」
常々部屋に入るなと言っている精華の言葉を守り、ドアを開けたままで部屋に
大介は入ってこない。廊下で腕組みしながら精華をじっと見ている。
「…滝川と喧嘩したんだろう。」
「関係ないでしょ、放っておいてよ。」
「関係あるに決まってる。滝川は僕の友達だ。」
精華の言葉に大介は冷静に返す。事ある毎にこの義弟は彼の名前を出すのだ。
それ程彼の事を大切に思っているのかもしれない。だが、自分と彼との
間の事まで口を挟まれるのはやはり愉快な気分ではない。
「滝川は僕の友達で、姉さんは僕の家族だ。心配して何がいけないと
言うんだ。」
「大介…?」
厳しい表情だと思っていたが、よく見ると頬が紅くなっている。多分恥ずかしい
事を言ったと思っているのだろう。それをまじまじと見られないためか、窓を
指さし言葉を紡いだ。
「姉さん、窓の外見てないだろう?」
「窓の外?」
大介の言葉に首を傾げるとカーテンのすき間から外を見る。するとこちらを
じっと見ている薄紫の瞳と視線がぶつかった。思わずカーテンを強く引くと
廊下で腕組みしたままの大介を見る。
「今日はかなりの寒さだ。風邪ひくのは目に見えてる。」
「…。」
「何があったかは知らないよ。でも滝川も悪かったと思ってるからあそこに
居ると思う。」
精華が言葉を紡がないままで居ると小さなため息が聞こえてくる。
「僕が行っても滝川は動かないよ。姉さんじゃなきゃ、駄目なんだ。
怒っているのなら何故怒っているか話した方がいい。話せば滝川が幾ら
鈍くても分かってくれる。アイツはそういう奴だよ。」
「…何よ。滝川くんの事自分が一番知ってるみたいに…。」
廊下にいる大介を一睨みするとベットに上にあったマフラーを手に取ると
部屋を飛び出した。
玄関のドアを勢いよく開けると天を見上げていた薄紫の瞳がこちらを見る。
慌てた精華の様子に目を見開いていた。
「え…森…?」
しばらく沈黙が続いていたが、精華がため息をつくと滝川に歩み寄る。
少し頬を膨らませて、怒ったような表情だ。そしてマフラーを滝川の首に
かけてやる。
「…風邪ひきますよ。」
「あ、うん…サンキュ。」
「まだ怒ってますからね。」
「…ゴメン…で、でもさ、俺の話聞いてくれる?」
精華の言葉に上目遣いで謝りながら顔の前で手を合わせる。流石にこの
低姿勢に精華も折れたように頷いた。
「いいですよ。」
「あのさ、さっき俺が見てた女の人ってさ、…森に似てて…きっと
お前が大人になったらこんな風になるのかなーって思って…。」
紅くなりながらそう話す滝川に精華もまた頬を紅らめた。
滝川はじっと精華の様子を見ている。許して貰えるかどうか心配して
いるのだろう。
「…あ、でもお前の話聞いてなかったのは俺が悪いんだし…ホントごめん!」
精華の反応がかえってこない事に不安になったのか再び謝る。勢い良く
頭を下げる滝川の耳にぼそぼそと小声が聞こえた。
顔を上げると真っ赤になったままの精華が怒ったような照れたような複雑な
表情をしている。
「…わかりました…許してあげます。…でも…。」
「でも?」
「未来の私じゃなくて、今の私を見て下さい。」
精華の言葉に瞳を何度も瞬かせた滝川だが、その言葉の意味を理解すると
嬉しそうに笑って見せた。
「ああ!」
星空は不器用な二人を祝福するように更に輝きを増す。
ようやく元の二人に戻ると互いに頬を染めたまま、星を見上げた。
寒さにかじかむ手はしっかりと繋がれたまま…。





<あとがき>
短い文字数で3人を登場させると結構厳しいですね(苦笑)
それでも大ちゃんは出したかったのですよ。何せ今私は
ノベルスの滝森に熱を上げているので大ちゃんは必須なのですよ。