仕事時間に整備主任である原がここを訪れることはない。 少なくとも今までそんな事はなかった。仕事時間以外であれば、 洗濯物や救急箱の事で何度か訪れることもあったが、それでも他の 小隊員に比べるとその回数はかなり少なかった。なのに何故、今日は ここを訪れる気になったのか。整備員詰め所に入ってきた原は椅子に 腰掛けると何故か笑って座るようにと言う。意味が分からず首を 傾げていると静かにもう一度座るようにと言った。 一度誤解から何人かを巻き込んで辛い目にあった萌としては またなのだろうかと思って手が震えてしまう。それでも黙って頷き 彼女の向かいの椅子へ腰を下ろした。 「単刀直入に聞くわよ」 真剣な顔の原にもしかしたら仕事の事なのだろうかと次の言葉を待つ。 「当然だとは思うけど、クリスマスは出掛ける予定が入ってるわよね?」 「…?」 原の意味する所がよくわからず首を傾げる。クリスマスは明日。 出掛ける予定を何故聞かれるのか。また何故予定が入っているのが 当然なのか。そして原が何故それを気にするのか。 「もしかして、滝川くんに誘われてないの?まさかでしょ?」 急に心配そうに身を乗り出す原に首を左右に振る。もしかして自分たちを 心配をしてくれているのだろうか、と思いながら恐る恐る口を開く。 「…今月の…初めに…約束…しました…」 「もう、驚かせないでよ。いくら滝川くんがオクテでもこういう イベント事は好きそうだから欠かす訳ないわよね」 安心したのか胸を撫で下ろし椅子に座り直す原。 「…あの…明日…?」 「で?何処に行くの?」 こちらの問いにもお構いなしに原は話を進めようとする。何となく 答えなければ先程のようにまた繰り返すことになるのかと思い 素直に答える。 決まっている予定は映画を見に行くことだけだ。 後は決まっておらず滝川曰く『そん時決めればいいよな』らしい。 その事を伝えると原の顔が少しだけ険しくなった。 「待ち合わせは何時なの?」 「…10時…」 「10時からね…。映画の上映時刻は…そうね、その時間なら 12時台って所かしら」 ブツブツと呟く原に再び首を傾げる。 「…いい、石津さん。これから言うことはよーく聞くのよ?」 突然真剣な表情になった原がまっすぐとこちらを見る。視線を 合わせるのはあまり好きでないので微妙に俯きながら頷く。 こういう時の原には逆らわない方がいい事を萌は知っていた。 「こういう特別なイベント時、男の子もね夢を見てるの。 女の子が夢を見るように向こうだって、頭の中でシミュレーション してるものなのよ」 熱弁を振るう原にとりあえず頷く。何が言いたいのか、まだわからないが 話は長くなりそうだ。 「例えばクリスマスに手を繋いで歩きたいとか、そんな些細な事も 予定に入っていたりするわけ。あ、貴女たち手ぐらい繋いだこと あるわよね?…ああ、そうそう先月の博物館に行った帰りに 繋いでたわね」 奥様戦隊中に見たことをすっかりばらしてしまっている。まさか 見られていたとは思わなかった萌は頬を染めて俯いた。 ここから10分に渡って原が様々な案を提案し、勝手にプランを決めると にっこり笑ってこう言った。 「お互いクリスマス、楽しみね」 |