ハンガー内の整備主任用デスクの前でじっとパネルを 見ていた。ちょうど一番機の整備をしていた田代や遠坂は 自分たちが何かしただろうかと少々脅えながら仕事を 進める。岩田は時折奇声を上げながら整備していたのだが、 原の視線に気付くとスキップをするような足取りで彼女の デスクへと歩み寄った。そして何か口を開こうとした瞬間、 ハンガーに大きな音が響いた。原がノートで顔面を 叩いたのである。更に崩れた岩田を踏み越えて原が ハンガーを出て行く。 「ノォォォ〜」 ハンガーに奇妙な悲鳴が響いたが、整備班の面々はそれを 無視した。何故なら我らが班長の機嫌が悪そうだと悟った からである。いらない反感を買わぬように岩田を放置した。 もっとも放置されても岩田なら大丈夫だろうという妙な 安心感があった所為でもあっただろうが。 ハンガーを出た原はいつもよりも幾分歩幅を大きくして 歩いていた。グラウンドを横切る最中大声が何か聞こえて いたが、無視した。お陰で真面目な雰囲気が一転して 気まずい雰囲気になったのだが、原は気付いていなかった。 失意状態の相棒を見て、ため息をついた来須は再び 走り込みを始める。こんなやりとりは初めてではない。 そして相棒の立ち直りの早さにもすっかり慣れてしまって いるので放置することにした。どうせ10分後にはまた 「もーとーこーさーーん!」 等と大声で叫び出すだろうことを来須は知っていたからである。 グラウンドはずれに指しかかった所で向こう側から 速水が歩いてきたのが見えた。 「まだ仕事時間じゃないんですか?」 「あら、速水くんこそ三番機を芝村さんに任せたままでしょ?」 にこにこ笑いながら会話が続く。 「そう言えば滝川くん、最近自炊してるって聞いたんだけど」 「自炊って言っても簡単なものだけですよ。どんなに言っても 包丁だけは触りたがらないんですよね。だから卵焼きとおにぎり ぐらいしか作れなくて」 まるで自分の子供が料理を覚えたかのように話す速水に思わず 笑みがこぼれる。 「そう。でも良いことね」 「ええ、掃除とかもちゃんと出来てるかチェックするように してるんですけど、今のところは大丈夫ですよ。これから ちゃんとそれが習慣として身に付くといいんですけど」 完全にこれでは親友という関係よりも親子、それも母親と息子 といった関係だ。少なくとも同い年の少年二人の間で行われて いる事柄ではない。 「それにしても原さんがそんなに滝川の事を心配してくれる なんて思いませんでしたよ」 「あら、そう?」 「ええ。少なく一パイロットして気にかける内容でもないですし」 鋭いところを突くなと思いながら笑って誤魔化す。速水は勘が 良く、ささいなことでも気が付く。 「何かあるんですか?」 「そうね、あるかもしれないわね」 なまじ全部隠してしまうよりも隠し事があると言ってしまった 方が詮索してこないだろうと踏む。速水の場合、パートナーで ある舞と親友である滝川に関する事には恐ろしいぐらいに 鼻が効き、彼らのためには労力を厭わない。が逆にそれ以外の 事に関しては彼ら程の執着を示さない。 「そうですか。…あ、そう言えばクリスマスも明日ですね」 「イブは今日だけどね」 どうやら自分の保護すべき二人には害がないと判断したのか 世間話に戻す速水。 「あはは、そうですね。本当の本番は明日なのにみんな今日が 本番とばかりに思ってますよね。変な感じしますよ」 「本当にね。…じゃあ、速水くんもちゃんと三番機の調子見て あげてね」 「はい、じゃあ失礼します」 速水がハンガーに行くのを見送るとプレハブ校舎へと足を 進めた。誕生日のような一日は過ごさないよう、原は 自ら周りを固める決心をしながら。 |