裸足で駆ける








「なー、映さん」
「なになに?」

バスをいくつか乗り継いで、二人が着いた所は…。

「何で海なの?」
「さぁ〜、何でだろうね」

バス停から先を歩く彼女に問い掛けた質問の答えは用意されてなかった。

「えー、映さんが行きたいって言ったんじゃん」
「…Yesだね。行きたいって言ったよ」

バタバタと追い越さない程度に走ると隣に並ぶ。だけど彼女の瞳はずっと
海を見たまま、こっちを見向きもしない。

「…ちぇ」
「…子供みたいに拗ねてるの?」

ようやく自分を見た瞳は優しげに細められていた。細くて白い手が伸びてきて
自分の鼻をつまむ。

「ら、らりすんらろー!?」
「何言ってるのか、わかんないよー?」

あははと高い笑い声が誰もいない海岸に響く。ようやく開放された鼻を撫でながら
不機嫌そうに彼女から顔を逸らした。

「何だよ。…だいたい映さん、今日変だ」
「…そうかな?」

少し肌寒い風が横顔を撫で、小さな砂嵐が起きる。瞳を閉じ小さな嵐が行き去るのを
じっと待った。体に受ける風が弱くなると徐々に瞳を開き、彼女を探す。

「やっぱり、変」
「…嫌だな。どうして君にはわかるんだろ」

少し離れた場所で空を見上げる彼女の隣に駆け寄る。そして、優しい太陽の光に
照らされた頬に光る筋を見つけた。

「映さん…何があったんだよ」
「…これ、何か解る?」

潤んだ瞳がまっすぐと自分に注がれた。そして目の前に差し出されたのは
…一つの勲章。

「…一昨日の戦闘で…?」
「うん」

太陽の光に照らされたそれは優しく光を湛えたまま、また彼女の胸ポケットへと
仕舞われた。

「…変だなんて言ってごめん」
「いいよ、君は知らなかったんだから。だから仕方ないよ」

そう言って笑ってみせるその笑顔はいつもの笑顔より、切なく悲しげで。
辛うじての笑顔だった。

「…そんな簡単じゃないから…俺、何て言っていいかわからない」
「いいよ。君はそのままでいいから」

無理をしてるのは見ればすぐにわかる。でもこれ以上何て言葉をかけていいのか
わからなかった。

「…ごめんな、映さん」
「謝らないの。君が悪い事したんじゃないんだから」

どうにかしたい、そんな気持ちはあるのに何もしてあげられない自分が歯痒い。
今にも泣いてしまいそうな表情に自らもシンクロしていくような…そんな気分に陥る。

「俺、何も出来ないけど…」
「…そんな事ないよ。君はこうして私と居てくれてるでしょ?」

頷きつつも、無力な自分に唇を噛むと何か呟く。そして彼女の手を取ると
目の前に広がる海を指さした。

「せ、せっかく海に来たんだしさ…遊ぼうよ。な?」
「…本当に君は…Yesだね……ありがと」

少しだけいつもの笑顔に近づいた彼女に笑いかけると一緒に走り出す。

「うわっ!冷てー!」
「あはは、だってもう秋だからね」

砂浜を駆け、波打ち際に来ると打ち寄せる波飛沫に驚きながら笑い返す。

「…映さん何やってんの!?」
「見ての通り」

繋いでいた手を離すと靴と靴下を脱ぎ捨てる。そして冷たい海へ足を入れた。

「あ、何か気持ち良さそうかも」
「ま、ね。…一緒にやる?」

急いで靴下や靴を脱ぎ散らかして、打ち寄せる波の中へ足を踏み入れる。

「冷たいけど…」
「…気持ち良いでしょ?」

──さっきまでの事を忘れている訳じゃないけれど、今は何も考えたくないから。

「…っよっと!」
「あ、やったなー」

波を蹴りながら水飛沫をあげて、笑い声を響かせる。

「わわ、冷てーよ、映さん!」
「そっちが先にやったんでしょ?」

──胸ポケットのそれは、きっと悲しい顔なんて望んでいないから。

「あ、逃げた!」
「捕まったりしないよーだ」

人気の無い海に響くのはただ二人の笑い声。波打ち際を走りながら楽しそうな
笑い声がずっと響いていた…。




<あとがき>
滝川と映ちゃんというマイナーすぎる組み合わせでした。
台詞の少ない映ちゃんをどう喋らせるか、これが一番の問題だったのです。
ちゃんと映ちゃんに見えているといいのですが…どうでしょう?

いつもと違う変わった文章にしてみました。台詞の順番は必ず先手が滝川。
そして台詞の後は1、2行の文章。そしてまた台詞。
台詞の順番が決まっているとすこーし書きにくいのですが(苦笑)
たまにはこんな書き方も面白いです。

どこかで聞いた10のお題よりタイトルをお借りしました。
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