「雨、ふらないかなぁ…?」
プレハブ校舎前で青空を見上げていると後ろから小さな呟きが聞こえた。
後ろ振り返るとそこにはののみが空を見上げている。
「何で雨降って欲しいんだ?」
「あ、ようちゃん。あのね、ののみ、あたらしいかさ買ったの。だからね、
はやくつかいたいなぁっておもったのよ」
「ふーん。その気持ちは分かるけどさぁ、無理なんじゃないのか?
今日、すっげー晴れてるし。天気予報だって今日は晴れって言ってたらしいしさ」
大事そうに傘を握りしめているののみを見、すぐにまた青空を見上げた。
「てんきよほうは、あくまでよほうなのよ。ぜったいじゃないもん」
むくれたようなののみの表情に心の中でしまったと思う。別にののみの希望を
断つために話した訳ではなかったのに、自分の言葉は希望的観測を否定する
ものだったからだ。
「うん、まぁそうだよな…」
歯切れの悪い滝川の返事にののみは力一杯頷く。そんなののみの気持ちは滝川も
十分分かるつもりだった。
自分が小さいころ、やはり同じ事をしたからだ。
珍しく機嫌の良かった母親が自分にアニメのキャラクターのついた傘を買って
くれた時、毎日その傘を持ちながら家の外に出ていたものである。
早くその新しい傘を使いたくて、てるてる坊主を作っては逆さにつるした。
てるてる坊主の効果だったのか、それとも単なる気象現象だったのか、
わからないが次の日は見事に雨が降ったのである。が、その大雨に浮かれて
新しい傘を持って外に出たのはいいが、傘では防ぎようもない雨で、
全身ずぶ濡れになった。お陰で自分は次の日高熱を出した…という思い出がある。
「雨か…」
見上げた青空からは雨が降ってきそうな気がしない。それほど空は澄みきっていた。
ののみの方を見るとやはり一生懸命青空を見上げている。ふと滝川の頭にある案が
思いつき曇らせていた表情を明るいものに変えた。
「あった、あったぜ。雨が降る方法!!」
「ふぇ?ようちゃん?」
「東原はグランドの方行ってろよ。俺、準備してくる!!」
ののみが頷くよりも先に走り出す滝川。後に残ったののみが可愛らしく
小首を傾げるといつの間にか足元に来ていたブータに話しかけた。
「…いっちゃった…。ようちゃん、どうやって雨ふらせるのかなぁ?」
一方職員室に飛び込んだ滝川は一人机に向かっていた芳野に話しかけていた。
「芳野センセー、今日もう花に水やっちゃった?俺、今から水やってもいい?」
「滝川くんお花に興味があるの?嬉しいな。そうやって色んな事に興味が
あるのはいいことだもの。うん、戦争だからって、お勉強を疎かにするのは
良くないものね。そうそう、まだお水やってないから、滝川くんが水やりしても
いいですよ。…ってあら…?もう居ない…?」
芳野が自分の世界に浸りながら話している隙に滝川はさっさと職員室を出て
いってしまった。
「そんなにお花に興味があるのね。うん、良かった」
一人納得し鼻歌を歌いながらまた机に向かう。
ブータと一緒に歌を歌いながらグラウンドにきたののみ。既に花壇の方には
滝川の姿がある。滝川はののみの姿を見つけると手を降りながら大声で話しかけてきた。
「そこで傘さしてろよー」
滝川の声に頷くと新しい水玉の傘を開く。白とピンクの水玉の傘は太陽の光を受けて
眩しいくらいだ。すると突然傘の上にぱたぱたという水音が聞こえてくる。
驚いて滝川の方を見ると花壇の水まき用に設置されているホースから水を放出している
姿が見えた。
「ちゃんと傘ささねーと、濡れるぞー」
「うん!」
ののみは傘を持つ手に力を入れるとまた歌を歌いだす。足元にいるブータは
濡れまいと一生懸命ののみにくっついている。心なしかその目は滝川を
見て怒っているように見えなくもない。
「ねこさん、ごめんね。ののみが雨ふったらいいなぁってようちゃんに言ったのよ。
だからようちゃんをおこらないで」
ののみの言葉にブータは渋々頷く。ののみは機嫌よさそうに新しい傘で水を
弾いていった。勢いよく放出される水で辺りにいくつもの水たまりが出来ている。
段々泥濘んでくる足元に気をつけながら、ののみはまだ歌を歌っていた。
「東原ー、足元、気をつけろよーー!」
「うん…あっ!?」
滝川がののみに気をつけるようにと言った矢先。足元の水たまりに足を滑らせる。
ブータがとっさにののみのクッションになるように滑り込んだが、水たまりに
入り込んだ一人と一匹はびしょ濡れだ。
「大丈夫か?」
水を出したままのホース掴み滝川がこちらに走ってくる。
「ようちゃん、はしったらあぶないのよ」
「どーってことないって、こんなモン…ってわぁーっ!?」
ののみが注意を促したにも関わらず、滝川もまた水たまりに足を取られ派手に
滑り込んだ。しかも手に持っていたホースが天を舞い、二人と一匹の頭上から
大量の水が降ってくる。
「ようちゃん、だいじょうぶ?」
「んー、あー、平気平気」
泥だらけの顔で笑う滝川にののみが笑う。唯一ブータだけは目が笑っていない。
「しっかし、ヤバイよなー。こんな所見つかったら、何言われるか
わかったモンじゃないよな」
泥だらけの制服に泥濘んだグラウンド。どれをとっても怒られるのは明らかだった。
後の処理のことを考えると嫌になる滝川の制服の袖をののみがひっぱる。
「ようちゃん、にじ、にじがみえるのよ!」
ののみの声に上を見上げると微かに小さな虹が見えた。ホースの水を天に向けると
その虹は徐々色濃くなる。
「えへへ、にじ、きれいだね」
「そうだな」
頭上から降ってくる水をしのぐようにののみが自分の傘の中に滝川も
入れてやる。ののみと滝川に挟まれた形になっているブータは抜け出したくても
抜け出せない格好になってしまっていた。
「ののみっ!?」
突然の声にののみと滝川が振り向く。泥だらけの二人と一匹に瀬戸口の表情が
一瞬凍った。
「まぁ、ののみさん、滝川くんまで…」
「こらっ!滝川、グラウンドで何やってるんだ!」
若宮や壬生屋まで後ろから走ってきている。速水はくるっと身を翻すと大きな声で
タオルを持ってきて等と叫んでいた。
「滝川ー!お前がついていながら、ののみに何させてるんだ!」
瀬戸口が滝川に詰め寄る。クラスメート達が現れた時点で怒られるのを覚悟
していた所為か、苦笑しながら頭を掻いて誤魔化していた。タオルを手にした
壬生屋はののみを立たせ髪の毛をふいてやっている。
「風邪を引いてしまいますよ。ほら、ちゃんとふきましょうね」
「たかちゃん、おこっちゃめーなのよ」
「あのね、ののみ」
速水が様子を見ながら滝川にタオルを渡す。速水も速水で小声で滝川を
窘めているようだった。
「ようちゃんはわるくないのよ。ののみが雨ふったらいいなっていったの」
「でもな…?」
「にじもみれたし、ののみはようちゃんにかんしゃしてるのよ」
「虹?」
突然変わった話題に瀬戸口が首を傾げる。ののみはそれに頷くと足元にある
ホースを天に向けた。
「うわっ!の、ののみっ!」
近くにいるクラスメートたちの頭上に雨のように水が降ってくる。そしてその頭上を
指してののみが笑った。
「これで、みんないっしょなのよ。にじ、きれいだねぇ…」
あまりにも嬉しそうなののみの笑顔に一同はしばし毒気を抜かれたが、その後我に返り、
ののみと滝川はたっぷりのお説教をもらう羽目になった…。
<あとがき>
3本浮かんだうちの一つののみちゃんのほのぼのネタが日の目を見ました。
ののみちゃんが中心になっているので、滝川はあくまで脇役です。
久しぶりにののみちゃんの台詞を考えるとどうも勘が鈍っていて…。
難しかったです(泣)
この話の中で一番損な役ってブータかな…(苦笑)
モノカキさんに30のお題より「雨」をお借りしました。