戦闘中の情報は全て指揮車へと集まる。オペレーターを務める瀬戸口と東原はその情報を
逐一司令である善行に伝え、命令が最前線へと送られる。指揮車の狙撃手として搭乗
している以上、自分にも情報はすぐに耳に届く。
「壬生屋機、ミノタウロス撃破!」
戦況を逐一知らせる声へ集中する事はない。ただ脳内へ入ってくる情報を音として認識し、
指揮車付近の索敵を目視で行う。最前線ではないとはいえ、指揮車もまた前線に位置
している。油断は禁物だった。味方の戦果報告に若干の気を取られていると、東原が
突然声をあげる。その声に反応してレーダーを見ていた瀬戸口が焦りを声に含ませながら
善行を振り返った。
「敵、増援現れました!中型幻獣ばかりの編成です!」
思わず振り返ると、善行の眉が若干動く。戦線の維持が難しくなってきたのだろうか、
彼の表情に迷いが見て取れる。
「…3番機を増援の方へ」
若干の間の後、善行が冷静沈着ないつもの司令としての仮面を被り直す。
「速水・芝村、聞こえたか!増援が現れたポイントへ急行しろ!」
パイロットたちの応答の声を聞いて、スコープを覗く。何も映し出されることがないと
思っていたそこに、大量の小型幻獣が姿を現し始める。声にならない声をあげると
振り返った。自分の挙動に瀬戸口、東原が気付くとレーダーを見て声を張り上げる。
「敵、増援に取り囲まれています!小型幻獣ばかりの編成ですが、数20を超えています!」
「まだ、ふえてるのよ!25…27…30…35!!」
「…加藤さん、後退出来るところまで後退して下さい」
「了解っ!!」
急激にはしる緊張感にスコープを覗きながら、引き金を引く。ないよりはまし、といった
攻撃だがそれでもと引き金を引き続ける。そして覗いたスコープには大量の小型幻獣が
迫ってきていたが、不意にその幻獣の中で爆発が起こった。
「補給が終わったのか、滝川!…よし、これなら何とかなるか?」
「ああ、時間稼ぎするから、早く!」
「ようちゃん、がんばってなのよ!」
「わかってるって!んじゃ、ま!撃墜数稼ぐとしますか!」
「滝川くん、油断しないように。いつもと様子が違います」
「了解!」
補給を終えた2番機が駆けつけたのが幸いとなり、指揮車への追っ手が少なくなる。
幻獣囲まれたのは初めてではないが、気持ちのいいものではない。ふと耳を澄ませると
奇妙なノイズが聞こえてくる。ジャミングの所為で通信に影響が出ているのだろうと
思ったその時。瀬戸口の声が硬く響いた。
「補給車から通信!スピーカーを切り替えます!」
心なしか瀬戸口の表情が渋いものに見えた。そして指揮車全体に聞こえるスピーカーへ
切り替わった瞬間、整備主任のヒステリックな声が響く。その声は焦りから普段の理知的な
彼女とは全く違うものになっていた。
「2番機を早くこちらへ戻して!!」
「…どういう事ですか。まさか、そちらに幻獣が…」
「2番機は軽い応急処置しか済んでないの。あのまま長時間の戦闘は無理よ。負担が
大き過ぎて危険なの!」
指揮車が幻獣に囲まれたと知って、とりあえずという事で彼が一端戻ることを許した
らしい。だが、あくまでも仮の処置として許可しただけで、長時間の戦闘に
耐えうるだけの修理はしていない応急処置の状態なのだ。小さく聞こえた善行の舌打ちに
顔が顰められる。スコープに見えるのはいつものように戦闘を続ける2番機の姿があった。
確かに言われてみれば、その動きは生彩さを欠いているように見える。ギリギリのところで
幻獣の攻撃を避けているのはそれだけ機体能力が低下しているからなのだろう。
「壬生屋!そちらが片付いたら、こちらへ戻れるか?」
「…はい!あと少しでそちらへ向かいます!!」
「僕たちもあらかた片づけたらすぐに戻ります!」
スピーカーから漏れ聞こえる声に手が微かに震える。戦闘中に被弾することは今までも
あった。現にこの戦闘中にも一度被弾して補給車で修理を受けている。それでも今までは
何とかなって来ていた。でも今回は自分の中で何かが追い立てるようにして恐怖を
連れて来る。
──俗に言う嫌な予感だ。
心が騒ぐのを無理に押さえ込みながらスコープを覗いたまま、祈るように胸の前で手を
組んだ。1番機や3番機が救援に駆けつけた頃には2番機は既にボロボロで立っているのも
やっとという様。幻獣たちが姿を消し、戦闘終了となったその時まで震える自分を何とか
奮い立たせていた。そして、コクピットから滝川が姿を現したのを見つけるとハッチを
開き救急パックを引っ掴んで駆け寄る。
「……たき、がわ…くん…っ!」
「石津?」
息を切らせて走ってきた自分を見て首を傾げていた。コクピットはパイロットを守るために
出来ているため、彼自身に大きな怪我は見られない。それでもおでこからの出血があり、
恐らく内部計器等の破片で怪我をしたのだろう。救急パックを開きながら唇を噛んだ。
先程まで自分を襲っていた恐怖が和らぎ、彼の声が安堵感をもたらしている筈なのに
手の震えは止まらない。
「…どうしたんだ?」
左右に何度も首を振りながら、溢れ出ようとする涙を堪える。手当てに集中しながら
先程までの恐怖を忘れようと努めた。
「滝川、大丈夫?」
「全く、無茶をしおって…」
「はは、大丈夫だって!」
3番機のパイロットたちもコクピットから出て来ると滝川の元へと集まってくる。
指揮車のハッチからは瀬戸口が顔をのぞかせていた。
「お前さん、今日の戦果でシルバーソードとゴールドソードだな」
「お、マジ!?へへっ、頑張った甲斐があるってもんだぜ!」
手当てを終えると立ち上がった滝川がそう言って嬉しそうに笑う。トレーラーが到着し
整備員達が降りてくる。その中には当然整備主任である原の姿もあった。
「滝川くん、私ちゃんと言ったわよね?」
「…あー…あはは…はい」
「全く…他の2機の救援が間に合ったからよかったものの…。あんなことしてたら、
命がいくらあっても足りないわよ」
滝川の態度に呆れた後、他の整備員へ指示を出すべく背を向ける。速水と芝村の二人は
士魂号へと戻っており、トレーラーへの積み込み作業へ移っていた。
「命、か…」
そう呟いた滝川は先程までの笑顔から一転、表情を暗いものへと変えた。そして自分の
見上げる視線に気付くと苦笑いをしてみせる。
「ま、でもパイロットって士魂号と違って、いくらでも替えがいるからさ」
滝川らしくない台詞に何度も首を振る。せっかく堪えていた涙が今の台詞で堰をきって
しまった。止まらない涙を拭いながら声を紡ぎ出す。
「…そんな…こと…言わ…ないで…」
「石津?」
涙に気付いた滝川が膝を折って顔を覗き込もうとする。
「…替え…なんて…いないもの…」
整備員達が滝川を呼ぶ声が聞こえた。士魂号をトレーラーに移す作業を始めるために呼んで
いるのだろう。すぐに行くという滝川の声が頭上に響き、そして次に戸惑ったような声が
聞こえてきた。
「…あ、あのな…」
いやいやをするように何度も首を振りながら、差し出された手を掴む。
「…命は…重い、の…」
「…石津…」
「…お願い……が…ある…の…」
これから彼にお願いすることは我が侭だとわかっている。
でも、口にせずにはいられない。
せっかく彼という人を知り、優しさに触れることが出来たのに、今更彼のいない
世界を考えることは出来ない。考えたくない。
ゆっくりでもいい、一緒に頑張ろうと言ってくれた彼が、自分にとってどれだけ大切なのか
計り知れないほどだった。
「…滝川…くん、貴方は…貴方の為に…生きて…」
「…俺のため?」
「…うん…そして…一番の…我が侭…聞いて…欲しい…の…」
「何?」
「…何より…私…の為…に…生きて…。…生き…続けて…」
彼の言葉にどれだけ救われただろう。
彼がいる事にどれだけ感謝しただろう。
自分がこんなにも彼に依存している事に気付いて涙が止まらなかった。
彼がくれた言葉、『一緒に頑張ろう』を胸に頑張ってきた筈なのに。
肩に彼の手が置かれ、手のひらが2回優しく跳ねた。
「うん、わかった」
優しい声に恐る恐る顔を上げると頷いた。
「俺は俺の為に、そして…お前の為に生きるよ。生き続けるさ。…だからさ…」
頬に伝う涙を拭った滝川が優しく笑うと胸の中でもやもやしていた恐怖がすぅっと消えて
いった。替わりに温かい感情が幸せを運んでくる。
依存じゃない。誰かを大切に思う心は依存と呼ばない。
それはきっと…。
「笑ってよ」
頷き返すと、ゆっくりと瞳を閉じ深呼吸をすると笑ってみせた。
「うん、やっぱり石津は笑った方がいいや」
後ろから整備員達の急かす声が聞こえてくる。
「わかってるってー!!」
差し伸べられた手を助けに立ち上がると緩やかに吹きつけた風に空を見上げる。
空は暗かった雲が消え、優しい春の青空が何処までも広がっていた…。
<あとがき>
久しぶりの戦闘描写に筆が遅くなりました。もっとこう、うまく書けたらいいなと
戦闘シーンを書く度に思います。今回の2人は既に付き合っている状態で恐らくゲーム
終了間際の5月頃のお話ですね。故に滝川も若干オケの影響があります>戦果
capriccioさまの三六五題より「私の為に生きて」をお借りしました。