彼が閉所恐怖症だと知ったのは薄暗い、今にも雨が降りそうな
…そんな日の事だった。
仕事開始時間から2時間経った頃に彼が運びこまれた時、善行が口にした。
彼は閉所恐怖症なのだと。
不思議だった。
だって、昼間見た彼は笑顔で、闇を抱えているようには見えなかったから。
何かを恐れているようには見えなかったから。
自分とは違う世界の人間なのだとそう思っていた。
彼の寝顔を眺めながら、ただ首をかしげる。
貴方は…何に脅えているの?
闇が恐いの?
それとも…。
自分の考えに驚くと困惑したように視線を伏せた。
何故、彼の事を気にするのか、自分でもわからない。
ただ…ただ、彼が自分とは違う世界の人間ではないと…そう思った。
彼もまた…闇を抱えた一人の人間なのだと。
「…今は…ゆっくり…休んで…」
閉じられた瞳が開く事はなかったけれど、呟きはきっと届くとそう思いながら、
そっとブランケットをかけ直すと自分の仕事へと戻る。
視界の端に捉えた彼にどこか安心感を抱きながら、ただひたすらに仕事を続けた。
誰かを身近に感じた事。
その寝顔に安堵感を覚えた事。
そして…自分もまた彼のように努力するという…勇気を貰った事。
それは初めての事だったから。
誰かと一緒に居て安堵感を覚えたのは初めてだったから…。
とても不思議な気持ちになった。
「…不思議な人…」
その呟きにはまだ恋慕の色はない。
何かに脅えて逃げるのは止めにした。
だから、勇気を持って踏み出すの。
彼がそうしたように。
私も…そうする。
…闇にとらわれないように。
私は…歩き出すの。
沈黙の中、仕事をするこの空間。
この時が彼に捕らわれ始めた瞬間だったのだと後に思い起こす事となる。
<あとがき>
相変わらずのポエム調の滝萌です。ちなみに「とらわれる」は滝川と
闇にかけてあります。全くの正反対のようで一番身近に居るのが
2人の立ち位置だと、私は思います。