「あれ、そう言えば随分静かだね」
「お、確かにそうだな」
食べ終わった弁当を片付けながら首を傾げた速水に瀬戸口が同意する。2人の
視線の先にはやはり食べ終わった弁当を片付ける滝川がいた。
「何がだよ」
何を意味して静かだと言われているのかわからず眉を顰める滝川に瀬戸口が
楽しそうに笑う。
「おーおー、余裕だね」
からかうような口調にますます滝川が口を尖らせた。
「流石に彼女を持つとお前さんでも変わるか」
「はぁ?」
「駄目だよ、そんな言い方したら」
笑いながら瀬戸口を嗜めると速水がごめんね、と軽く頭を下げる。そして顔を
上げると壁にかかったカレンダーを指差し、笑った。
「ほら、今日バレンタインデーでしょ?滝川ならもっとはしゃぐかなーと
思ってたんだ。だからちょっと落ち着いてるのは意外で…ごめんね」
「ああ、そういう事か…。別にいいって。それぐらいで怒ったりしねぇよ。
まぁ、師匠の言い方は何かヤな感じだけど」
反省の色もない瀬戸口にそう言うと今度は滝川が笑う。その笑いは何か悪戯を
思いついた時にする表情だ。何処か勝ち誇ったようなそんな雰囲気に速水が
首を傾げると滝川が食堂の入り口を指し示す。
「確かに師匠はたくさん貰えると思うけどさ。何処かの誰かさんが
『許しません!』とか『不潔です!』なんて言いながら全力で追いかけて
来るんじゃないの?」
言い終わった滝川の声に甲高い声が重なる。
「成敗!!」
「げっ!?」
素早く椅子から立ち上がると空の弁当箱を速水へ投げ、窓枠へと手をかける。
「速水、それ俺の席に置いておいてくれ!」
ひらりと窓から外へ出ると凄い勢いで走り出す。鬼しばきを構えた壬生屋が再び
甲高い声を上げると逃げた瀬戸口を追うべく走っていく。嵐が去った後のように
静かな食堂には速水と滝川が残され、互いの顔を見ると笑いあう。
「ふふ、楽しそうだね」
「師匠は怖いだろうけどな」
弁当を持って立ち上がると教室に戻ろうと歩き出す。
「でも、本当に今日落ち着いてるんだね」
「…あーどうだろうな。別に落ち着いてる訳じゃねぇよ」
「そう?」
「ああ、確かに楽しみなんだけどさ…うーん、どっちかって言うと緊張してる」
意外な言葉に速水がきょとんとすると滝川が髪の毛を混ぜ返しながらあさっての
方向を見る。滝川がそういう仕草をした時は大抵照れている時だ。何を照れる事が
あるんだろうかと次の言葉をじっと待つ。
「確かにバレンタインデーなんだけどさ、今日ってアイツの誕生日なんだよ。
でさ、誕生日プレゼントは用意出来たんだけど喜んで貰えるかなって思って…」
「何だ、そういう事?心配する必要なんてないじゃない」
「何でだよ」
笑いながら答える速水に眉を寄せる。
「どうして?だって滝川だったら嬉しいでしょ。好きな人が自分のために
一生懸命プレゼントを選んでくれたんだよ。それだけで嬉しいって思わない?」
「……そ、そりゃ、俺だったら嬉しいけどさ」
滝川は自分自身、女心に疎い事を自覚していたし、目の前に居る親友程機転がきく
タイプでない事もわかっていた。だから自分が選んだプレゼントが気に
入って貰えるか、心配なのである。もちろんそれでも自分なりに女の子の…
いや彼女の好きそうなものを選んだつもりだったが、心配である事にはかわりない。
自分だったら嬉しくて何でもいいが、果たして彼女も同じ気持ちだろうか…。
そんな不安だけが募る。
「石津さんだって同じだと思うけどなぁ。…大丈夫、心配することなんてないよ」
「そ、そうか?」
「そうそう、もっと自信持ちなよ」
明るく笑う親友に釣られて笑いながら自分の席へとつく。こっそり後ろの席に座る
彼女を盗み見すると教室へと入ってきた教官を確認して前へと視線を戻した。
授業が終わり、それぞれ自分の持ち場へとつく。本日の天気は雲一つない晴天。
よって幻獣が出現することはないだろうと推測出来た。それは単なる希望でも
あったが、幻獣が出現するのはいつも分厚い雲が空を覆った時だった。あながち
間違いでもないだろうと思いながら自機の調整をしていると、そのすぐ傍で
やはり自機の調整をしていた速水が滝川に手招きをしていた。何かと思い
作業する手を止めると速水は笑いながら小声で話し出す。
「今なら僕たちの他に誰も居ないしチャンスじゃない?」
「…何の?」
「もう、鈍いなぁ。石津さんの所、行きたいんでしょ」
ほら、早くしなよと言いながら背中を押す速水を困惑気味に見る。
「もうすぐ仕事時間も終わるし大丈夫だよ」
「お、おう」
親友の後押しに感謝しながら鞄を掴むとハンガーから走って出て行く。辺りは
もう真っ暗で星が瞬いていた。寒い空気を吸っては白い息を吐き出し、鞄の中から
小さな箱を取り出す。自分が選んだプレゼント、彼女は喜んでくれるだろうかと
思いながら走っていると目の前にはもうプレハブの校舎がある。速度を緩め、
整備員詰め所の前で深呼吸すると一人頷く。意を決して瞳を閉じると一歩踏み出し、
彼女の名前を呼んだ。開かれた視界には彼女が居る。
「…滝川…くん?」
薄暗いような灯の中で彼女は椅子に座りながら作業をしていた。救急箱の中を
チェックしていた手を止めると、後少しで終わるものの未だ仕事時間中に
現れた滝川を不思議そうに見ている。
「あ、あのさ」
「?」
「こ、これ!」
後ろ手に隠していた小さな箱を彼女へと差し出す。白い箱にかけられた
赤いリボンが入口より入り込んだ風に揺れた。
「今日、誕生日なんだよな?だから…誕生日プレゼント」
差し出された小さな箱を受け取ると萌は嬉しそうに、小さく笑った。その様子に
安堵しながら滝川もまた笑う。
「…改めて誕生日おめでとう」
「…あり…がとう…」
照れくさそうに笑った滝川は萌の傍にある椅子に腰掛けるとプレゼント指差し
開けてみてよと言う。その言葉に頷くと大事そうに机に置き、リボンを解く。
小さな箱を開けると中には小さなブローチが入っている。ブローチと滝川を
見比べると再び萌が微笑んだ。
「気に入った?」
頷く萌に肘をつきながら滝川が笑う。少し前まで彼女がこのプレゼントを喜んで
くれるだろうかと不安になっていた気持ちは微塵もない。
「そっか、良かった」
「?」
ぽろりと漏らした本音の言葉に萌が首を傾げると照れくさそうに髪の毛を
混ぜ返す。
「いや、お前が気に入ってくれるかどうか心配だったんだ」
「…心配…しなく…ても…いい…の」
今度は萌の言葉に滝川が首を傾げる番だった。
「滝川…くん…が…くれた…もの…だもの…嬉しい」
「…サンキュー」
速水が言っていた言葉通りで嬉しかった。自分も彼女から貰えれば、
それだけでも十分過ぎるぐらいに嬉しい。だから自分と彼女が同じ
気持ちだと知って、これ以上にないくらいに嬉しかった。
「な、今日は俺がお前に何か奢るよ」
椅子から勢いよく立つと向かいの萌へと手を差し出す。差し出された手に
そっと手を重ねると微笑む。
「よし、じゃあ行くか」
繋がれた手が温かくて…それが今自分が幸せであると物語っているようだった。
ふと思い出して鞄から箱を取り出すと彼へと見せた。
それを見て笑った彼を見て、もっと幸せな気分になるとお互いに笑って
手を繋いだまま部屋を後にする。
どうか、願いを叶えて下さい。
彼の笑顔をずっと見ていられますように。
そう願いながら空を見上げる。隣の彼もまた空を見上げていた。
繋がれた手に少し力を込めると彼女がこちらを見た。きっと幸せっていうのは
こういう何気ない瞬間なんだと思う。笑って見せると彼女もまた小さく
微笑んでくれる。少し前の彼女なら笑みを浮かべる事もなかったのに
近頃の彼女は時々こうやって笑うようになった。そして再び空を見上げた。
瞬く星たちは今日、こうして自分たちを見下ろし、明日もまた見下ろして
いるだろう。ただ見守るだけの星だけど、願いをかけてしまう。
どうか、願いを叶えて欲しい。
ずっと、自分が隣にいれますように。
見上げていた視線を戻すと止めていた足を動かし、歩き出す。
自分たちの願いを心に秘めて。互いの願いが同じものであると
気付かないままに…。
<あとがき>
書き上がりましたよ、ようやく。ええ、本番(2/14)から一ヶ月以上も
かかってようやくですよ(笑)よくよく考えたらこのサイトのバレンタインSSで
滝萌って今まで書いてなかったんですよね。メインカップリングなのに
これまた珍しい。…というかこのSSも全然バレンタインものじゃないです。
メインは萌ちゃんの誕生日ですもんね。