自転車に乗って、君と






青い空の下、待ち合わせをした公園のベンチに座りながら
入口をじっと見つめる。きっと時間ギリギリに彼は飛び込んで
くるだろう。だって、いつも彼は同じように現れるから。

『ごめん!寝坊しちゃって、待ったよな…本当にごめん。
…でもさ、俺、何か嬉しいな。こんな風にお前に待っててもらえるのが
…あ、ごめん、反省はしてるんだけどさ』

なんて言って笑いながら自分の隣に座る。その瞬間がとても好きだった。
一人で待つことなんて別になんて事ない。
だけど彼は…一人を誰よりも恐がるから、だから自分はいつも
時間よりも早く待ち合わせ場所に行く。

だって彼がそれで安心するのだというならそうしてあげたいから。
彼がいつも笑って自分に幸せを感じさせてくれているように
自分も彼に何かしてあげたかった。

一人になるのを恐れて大勢の人の輪に居続けようとする彼と
大勢の人の輪が苦手で、いつも一人になりがちだった自分が
こんな風に言葉を交わすだなんて、初めて会った時は想像も出来なかった。

休日に二人並んで公園に行ったり、静かなところで過ごす事もあれば
彼の好きなゲームセンターに行く事もあった。本当は人の多い所は
苦手なのだけれど、彼とこうして二人でいるようになってからは
少しだけ平気になってきた様な気がする。もちろんそれは彼と
居る時だけなのだけれども。

ともかく待ち合わせ場所で色々考えながら彼の登場を待つ。
眩しい笑顔で彼が現れるだろう入口を幸せそうに見つめながら…。

そして待ち合わせした時間より5分過ぎた頃、公園の近くを風のように
通り過ぎた自転車の少年が居た。風というよりもそれはもはや弾丸と
言っても過言でないスピード。走り抜けた少年は──辛うじて少年だと
分かったのだが──通り過ぎてからしばらくするとブレーキを
軋ませ、辺り一面に高音を響かせると再び入口へと姿を見せた。
弾丸のような早さで駈け抜けた少年はまさに自分が待っていた彼であった…。

自分の想像通り彼は第一声を一字一句間違える事なく話し、
いつもと同じく明るい笑顔で申し訳なさそうに自分を見る。
そこから先はどんな恋人達も交わすであろう会話をし、彼と共に当初の
予定通り、高い丘へとやって来た。桜の大木があるこの丘は二人の
お気に入りの場所だった。街が見下ろせるこの丘にある桜は今年の春、
二人で花見をした場所でもあった。静かで人も少なく絶好の穴場だった
この場所は二人でのんびりとお弁当を食べながら過ごすにはもってこい
である。

お弁当を食べ終わった後、街を見下ろしながら彼が楽しそうに話しかけてくれる。
他愛のない話だと、人は言うかもしれない。毎日学校で顔を合わせているのに
同じ教室の前と後ろという席だから、大抵の事は一緒に見聞きしているのに
楽しくて仕方なかった。

彼の側に居るから幸せを感じる──

微かに笑みを浮かべると淡い青空をまっすぐと指さした。
「え?何?」
「…虹が…」

特別な日だから、きっと神様がプレゼントをくれたに違いない。

「…滝川…くん」
名前を呼ぶと嬉しそうに笑ったまま、彼が振り返った。瞳をキラキラさせた
彼に言いたい言葉がある。
「誕生日…おめでとう…」
「…うん、サンキュ」

誕生日に何が欲しいかと聞いたら、彼は頬を赤らめながらこう答えたのだ。
『別に?俺、お前と一緒にいれたらそれだけでいいや。だってそれって
最高じゃん。誕生日を一番大切な人が祝ってくれるって、最高だろ?』

だから、彼の大好きな甘い卵焼きをたくさん詰め込んで、二人で過ごせる
この場所に来た。何もいらないと言ったけど、それではあんまりだから、
せめてお弁当は大好きなものをたくさん、デザートだって作って、
うんと豪勢なものにして…。

しばらく虹を見ていた彼が、不意に立ち上がった。
太陽を背に彼はこちらに手を差し出すといつものように笑う。

「な、自転車に乗って、もっと遠くの公園に行ってみない?」

空になったバスケットを左手に、彼の手を右手に。
自転車の置いた場所へと歩き出す。

自転車なんて普段乗らないけれど、彼となら何でも出来る気がしたし、
どこへだって行けると思う。だから、差し出された手に戸惑う事なんてない。

「知ってる?向こうの町にある公園、すっげー大きい桜の木があるんだけど、
不思議な事に今頃になって桜の花が咲いてるんだってさ。今から
そこに行こうぜ?…へへ、お前桜見るの結構好きじゃん?だから良い提案だと
思うんだけど」

こちらの歩調に合わせながら照れている横顔を見ると頷きながら
笑顔で返す。

「…ありがとう。…でもね…」

言葉の最後までを聞こうと彼がじっと見つめる。本当は見つめられるのは
好きじゃないけれど、彼ならそれも構わない。

「貴方となら…どこに行っても…楽しい…」

数秒の沈黙が流れた後、彼の自転車の置かれた場所に辿り着いた。
そして繋いでいた手に少しだけ強い力が伝わってくる。

「…うん、俺もお前となら…どこだって楽しいよ」

真っ赤に染まった顔を見せないようにと背を向けた彼は自転車の鍵を
取り出し、チェーンを外す。そして自転車に跨がるとまだ赤く染まったままの
頬で振り返ると手を差し出した。

「…行こうぜ」
「…うん」

空になったお弁当箱が入ったバスケットを渡すと後部座席にそっと座ると
彼がペダルを漕ぎ出す。風を切りながら、ただ彼の背中の体温を感じる。

「なぁ、石津」
「…?」

風を切りながら、彼がぽつりと自分の名前を呼ぶ。

「俺、本当に今日ほど楽しい、幸せだって思った誕生日ないから」

風とともに彼の声が流れてくる。

「…だから…ありがとう…」

自転車に乗って、貴方と何処まで行こう?
きっと何処までだって行ける筈。

行ける所まで行こう。

君となら、貴方となら…何処に居たって楽しいと思うから…。




<あとがき>
か、会話が少ない…。そして今更誕生日ネタを持ってきました。
いろいろ申し訳ない気持ちで一杯です。滝川のメインCPであるにも
関わらずかなり滝萌はご無沙汰してたのですよね。
アンケートでいつも頂いているのに申し訳ないです。
これからはもう少し間を明けないでネタを消化できたらな〜と(汗)

滝萌の滝川は大抵照れずに大胆な事が出来る事が多いのですが、
今回は珍しく照れまくってますね…おやや?

桜の季節に5のお題より「自転車に乗って、君と」をお借りました。
配布先:Imaginary Heaven