もやがかかったような視界。真っ白な視界にぼんやりと人影が浮かぶ。
そう、今、自分は夢を見ている──そう納得すると夢の中の自分が
頷き、一歩一歩人影の方へと歩いていく……。
ようやく誰なのかわかる程度の距離になると、形の良い眉を潜めた。
一人だと思っていた人影は二人で、恋人同士だった頃の自分と彼が
目の前にいる。向こうからはこちらの存在がわからない様で、近づいても
楽しそうに笑う笑顔に何の変化もない。
「もう、からかわないで」
「からかった覚えはありませんよ」
これは思い出。私の記憶──
そのまま二人は笑いながら、歩いていく。過去の自分の後ろを歩きながら、
複雑な想いを持て余したように視線を泳がせた。
そして気がつくと過去の自分たちが目の前から消えている。
首を傾げていると今度は後ろから声が聞こえた。
「この眼鏡、度が入ってないわ」
「あ、貴女はいつの間に…。ええ、度は入ってませんよ。
所謂、伊達眼鏡ですから」
髪の長い自分と今より幾分若い彼──
振り返るとやはり楽しそうに会話をしている。今、現在の自分と彼との
関係からは想像出来ない程、この時の二人は世間一般の恋人同士だった。
少し離れた場所から二人は何処かへ姿を消し、また違う所から
声が聞こえてくる。
「…君は…あ、いや、すまん。 ああ、今後とも頼みますよ。
信頼してます。 よろしく…ええと、素子じゃなくて、原百翼長」
「お久しぶり。相変わらず…」
今に限りなく近い過去の会話。あの時を事を思い出すと胸が痛む。
自分の口から紡がれる言葉に耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。
聞きたくない…。
何て私もあんな事を言ってしまったのかしら…。
わかってる…今でも好きだから…。
だから…。
「…風邪をひきますよ。こんな所でうたた寝なんて」
ハンガー1階にある整備主任用のデスクでうたた寝をしている彼女に
向かって、小さな声で呟く。起きる様子もない彼女にため息をつくと
自分が羽織っていたコートをかけてやる。
「気づいたら…嫌がられてしまいますかね…」
そんな考えに自嘲の笑みを浮かべると寝顔を覗き込んだ。整った顔が
少しだけ悲しそうに歪んでいるのに気づくと自らの眉を顰める。
「…素子…」
顔を上げ、姿勢を直すと瞳を閉じた。過去を思い出せば、いつだって
最初に蘇るのは彼女の笑顔だった。
「すみません…貴女からあの笑顔を取り上げおきながら…」
長く豊かな黒髪をばっさりと切ってしまった彼女の髪を
優しく撫でると
「…私はまだ…貴女を愛しているのです…」
小さく呟き、その場を後にした……。
<あとがき>
企画SS3作目はガンパレより善原でした。ハッピーで明るいとは
違うものがあってもいいかな〜という事でこのお二人に
ご登場願った訳です。
甘い二人も好きですが、こう切ない二人もすごく好きなのですよ。
やっぱりこの二人も好きです〜(笑)