ねぇ、もどかしいって思わない?
何がですか?
触れたいのに、阻まれてしまうの。
…?
この体よ。
体…?
だって貴方と私にとって体は『境界』でしょう?
───私はいつだって貴方と一緒でありたいのに…
窓から差し込む微かな陽光。覚醒し始めた自分には弱いその光も
強いものの様に感じてしまう。手でその陽光を遮りながら起き上がると、
洗面所に向かった。勢い良く流れる水をすくい、顔を洗い始める。
完全に眠りという世界から覚醒すると鏡の自分と向き合い、口を綻ばせた。
「…随分懐かしいですね」
鏡の向こう側にいる自分に話しかけるように独語する。
向こう側にいる自分には『司令』などという肩書きはない。
ただの『善行忠孝』である。
それも彼女と幸せな時間を過ごしている自分…。
「貴女は本当に面白いことを言いますね」
彼女の豊かで艶やかな黒髪を梳きながら、小さく微笑んだ。自分が髪を梳くその
感触を楽しむように彼女が目を細める。まるで猫のような仕草。小猫のような
そんな仕草がまた彼女への愛しさを深めさせ、幸せを実感する。
「そう?貴方はそう思わない?」
擦り寄る彼女を自分の腕に閉じこめると満足したように瞳を閉じる。
「今、貴女と私は一緒にあると思いますが…?」
「違うわ。そういう意味じゃなくて…」
視界に映った彼女はまっすぐ自分を見つめている。
「だって『今』は一緒でもずっと一緒なんて無理でしょう?」
「確かにそうかもしれませんが…」
頷こうとする自分に何度か首を振る彼女。その仕草で髪がさらさらと流れる。
「違う、そうじゃないの。こうしたらわかる?」
腕の中に居た彼女が抜け出し、数歩距離を取る。
「ね?私と貴方には『今』これだけ距離がある。さっきまでは距離なんて
無かったのに。『境界』と『境界』が触れ合っていたのに」
成程、『境界』さえいらないと言う貴女にはこの距離は大きく感じると…
そういう事ですか。
優しく目を細めると彼女に向けて両手を広げる。
「私は『境界』があった方がいいですね」
「どうして?」
「だってそうでしょう?『境界』があるから、貴女は『原素子』であるし、私は
『善行忠孝』なのですから」
自分の言葉に一瞬瞳を見開く。そして数呼吸後、花がほころぶように彼女に笑顔が
戻った。
「私と貴女が自分自身だからこそ、今こうして居るのでしょう?」
「…そうね。私が貴方だったら…変ね」
自分から彼女との距離を縮めるとまた腕の中へ誘う。
「…でしょう?」
優しく微笑むとまた猫のように擦り寄る彼女を閉じこめた…。
現実世界に覚醒し直すと自分の部屋から外へ足を踏みだす。
戸を開けたそこには…。
少女のような微笑みで自分を待つ彼女が居た。
『司令』という肩書きの自分と『整備主任』という肩書きをもった彼女は
未だ『境界』を保っている。
互いを感じる為に、『境界』が必要だと分かっているから……。
<あとがき>
久しぶりに善原です。ガンパレでポエムっちくな事を考えるのが、
どうやら私は好きらしいですね(苦笑)
お題に沿って物語を考え出すと一度は必ず善原ネタが出てきます。
ネタや一場面が浮かぶものの中々話としてまとまらないため今まで
日の目を見ていませんでしたが、今回は久しぶりに二人のお話に。
そして司令視点の方があまり悲しくない方向に話しを持っていける
ことが判明しました。今度からはこのテで行こう(苦笑)
モノカキさんへ30のお題より「境界」をお借りしました。