太陽の笑顔






本日分の作業日誌を書き終わり、顔を上げると机の上に置かれた時計が
1時という時間を指し示していた。伸びをしながら立ち上がると日誌を
手にハンガー2階を見上げる。まだ人が居るらしく作業音が聞こえてきていた。
階段をゆっくり上りながら、同居人はもう帰っただろうか。ちゃんとお風呂に
入っているだろうかと考えていると士魂号の背面に頭を突っ込んでいる
パイロットを一名発見した。どうやら彼以外はみな自宅に帰っているようだ。

5121小隊のパイロットは4名。うち男子は2名である。彼らの足元を見ただけで
判別することは容易だった。ハーフパンツ仕様であれば滝川、スラックスであれば
速水である。目の前のパイロットはハーフパンツにスニーカーである事から滝川と
簡単に断定出来る。

まさか同居人がまだ仕事をしているとは思わず、軽く驚きながらそっと近づく。
集中しているらしくすぐ傍に近寄っても全く気付いていないようだった。
「わっ!」
「おわっ!?…な、何!?…って素子さんかぁ…あーびっくりした」
頭を引き抜いて大きな目を何度も瞬かせる仕草にくすくすと笑った。既に規定の
時間は過ぎている事とハンガー内に誰もいない事から自然とリラックスした
ムードが漂っている。
「どうしたの?今日はもう帰ってるかと思ったのに」
「え?あーううん、別に。ちょっと2番機の調子見てただけ」
へへへと笑う彼にじんわりと胸が温かくなる。以前の自分の恋人はこんな風に
笑顔を見せる事なんてなかった。もちろん以前の恋人がこんな人懐っこい笑顔を
見せたら笑うか、引くだろう。当時の自分も今の自分も。そんな笑顔想像が
つく筈もない。

こんな人懐っこい笑顔は目の前にいる彼だけで十分だ。無邪気で少し能天気で
単純で子供っぽい彼の人懐っこい笑顔が何よりも好きだった。そんな風に
笑われるとついつい手が伸びてしまう。
「ちょ、ちょっと!?素子さぁん、た、タンマ!」
誰もハンガーにいないのをいい事にぎゅっと抱き寄せる。子供やぬいぐるみを
抱くようなそんな軽い気持ちのハグだ。もちろん愛はある。だが、それとは別に
込み上げてくるどうしようもない好きや可愛いという気持ちを表現するには
これが一番。好きはともかくとして可愛いなんて単語を出そうものなら、
笑顔から一転拗ねてしまう。もちろんそんな所も可愛いのだが。
「もー、ここ、ハンガーだって事忘れてるだろ」
解放されても真っ赤に染まったままの頬を膨らませて、怒る所も可愛いのだが、
これ以上からかっては可哀想だと素直に謝る。すると途端に機嫌を直す単純な所に
再び胸が温かくなる。

「もう帰るの?んじゃ俺も帰ろっかな」
「そうよ、早く帰って寝ないと明日は早いんだからね」
「知ってるよ。映画、何時からだったっけ?」
話しながら工具を終うとカバンを頭に引っかけ立ち上がる滝川に合わせて日誌を
抱え直す。
「9時の朝一番よ。7時半には起こすからね」
「えー、早過ぎない?」
「何言ってるのよ、ご飯食べて支度するのに時間かかるでしょ?」
「俺、そんなに時間かかんないじゃん」
「あら、陽平クンは全然起きないからそれくらいから声を掛けてないとね」
「えー…俺、ギリギリまで寝たい…」
「だーめ。別に今から帰ってすぐ寝れば大丈夫でしょ?」
「…だって、もうすぐでクリアなんだよ」
もうすぐでクリアとは滝川が今遊んでいるゲームの事である。終盤まで来ている
らしくここ2、3日はゲームのし過ぎで寝不足気味だった。

「陽平クン、約束忘れてない?」
前に回り込むと絆創膏の貼られた鼻を軽く摘む。眉を寄せ、視線だけで抗議する
滝川にもう少しだけ強く鼻を摘んだ。
「ゲームで夜更かしは駄目って言ったでしょ?」
「うー…でもさ、ちょっとだけ、な?ちょっとだけだから」
目の前で手を合わせる滝川に大袈裟にため息をつく。上目遣いにこちらの反応を
伺う様子は何処か仔犬が飼い主の機嫌を読む仕草に似ている気がした。
「ちょっとって?」
「30分!」
「…仕方ないわね…」
「やった!素子さん、サンキュ!」
今にも飛び跳ねそうな様子にくすくすと笑うと頭の中で新市街地にある一軒の店を
思い出す。
「つけたら似合いそう…」
「へ?何が?」
「…こっちの事」
首を傾げる滝川とは他所に頭の中にあるのはショーウィンドウ内にある猫耳に
並んだ犬耳であった…。



<あとがき>
本当はもう少しほのぼの(甘々?)予定だったんですが、最後の数行が
全てを壊したような気がします(笑)でも敢えてこのままで。
ここ最近恰好良い(比較的)滝川ばかりだったので可愛い&あほたれ滝川分を
補給すべく、原滝になりました(苦笑)