死ぬかと思った…








「きゃー!」
「素子さん!?」
突然キッチンから聞こえた素子さんの悲鳴にゲームのコントローラーを
投げ出した。うわ、何かがちゃんがちゃんいってるし…。とにかく、
素子さんの様子を見に行かなきゃ。
立ち上がってキッチンの方へ足を向けようとした矢先、俺の頬の横を何かが
飛んでいった。…あれ、何か頬が熱い…って言うか、なんか…こ、これって…。
頬に手をやると何かを拭う。手に付いたモノを見ると、やっぱり納得。
そう、血だったんだ。そして後ろを振り向くと壁に突き刺さってるのは…包丁。
「…うわ…。」
思わず血の気が引いたんだけど、とりあえずは素子さんだ。包丁はそのままに
キッチンに行くと悲鳴を上げたまま、包丁を振り回してる。

…素子さん、それ怖いんだけど…。

そんな言葉を飲み込んで近づく。…包丁の攻撃範囲に入らない程度にな。
「何があったの?」
「…陽平くん!あ、あのね!」
俺の顔を見た途端、安心した顔を見せたんだけど…それはほんの一瞬で。
次の瞬間また包丁が飛んだ。俺の頬をすり抜けて今度は足下の床に突き
刺さってる。
「…うわ、…俺、死ぬかと思った…。」

本当に俺の足から5センチくらいの所に包丁が突き刺さってて…。そして
その横を黒い何かが走り抜けた。…あれ?黒い…って。
「陽平くん後ろ!後ろ!」
とりあえず台所の側にあったテーブルから新聞を手に取ると丸める。こういう
奴を退治する時は新聞だろ、普通。まったくいくら混乱してるからって、
素子さんは怖いよな。包丁はいくらなんでも無いよ。
「ほらよ!」
勢いよくたたきつけると部屋の中がシーンとなる。アレが逃げた形跡もない。
「へへ、やったかな?」
「陽平くんそのままゴミ袋入れて!何重にもよ!絶対私に見えないように
してね!絶対よ!」
必死な顔で俺にゴミ袋を渡す素子さんがなんだか可愛くって、滅多に
俺を頼ってくれないから、何だか嬉しくって。顔が緩んでしょうがない。
素子さんの言う通り見えないようにするとごみ箱に放りこんだ。

「はぁ…。」
「素子さん大丈夫?」
「うん、何とかね。あら?どうしたの?」
ようやく普段の素子さんに戻ると俺の頬の傷に気づいたらしい。
「あ、うん。さっき、素子さんが包丁投げてた時にかすっただけ。」
「え?私、包丁なんて投げてた?」
うわ…素子さん全然覚えてないみたい。隣りのリビングの壁とか見たら
びっくりするんじゃないかなぁ。
「ほら、ここにも包丁あるし。」
足下に突き刺さってる包丁を取ると素子さんが紅くなる。そして次に
頭を下げた。
「ごめんね。私、錯乱してたみたい。」
「ん、いーよ。別にちょっとかすっただけだし。」

何かいつもと雰囲気が違って嬉しい。こんな事言ったら素子さん怒るかな。
たまには俺だって頼ってもらいたいし。本音を言えば、いつでも
頼って欲しい。だけどさ、やっぱ子供みたいじゃん。自分で言うのもなんだけど。
だからたまにこういう事あると嬉しいんだ。

あ、でもさ。包丁は勘弁な。あれ、本当に怖かったんだ。
ほんと、死ぬかと思ったんだから。



<あとがき>
この台詞、本当はちゃんと戦闘中にしようかと
思ったんですけど、そうしたら補給車にいる素子さんと
タイムリーに話せないじゃないですか。なので、こんな
コメディーに変化してしまいました(笑)

1日1作で1週間、達成できたら自分で自分を褒めてあげたい7題・J
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