グレてやる…









「ねぇ、怒ってる?」

あーあ、怒らせちゃったかしら。ぷいっと横を向いたまま
口を開こうとしない陽平くんを覗き込むように前に回ってみるけど、
また背中を向けられてしまう。
でも、その態度が可愛くて余計に顔が緩むんだけど…陽平くん
解ってるのかな、そこの所。

「ねぇ、陽平くん?」

あ、また無視。もう、本当にどうしてこんな可愛い事するのかしら。
だから、さっきみたいにしみじみと言ってしまうのよね。

『可愛くて大好きよ』

だって、仕方ないでしょ。本当の事なんだもの。可愛い反応するから
ますます、からかいたくなっちゃう。言ったら拗ねるのもわかってるから、
だから言うのよ。

滅多に寄せない眉間にしわを寄せてる君が可愛いから。

子供扱いしてるつもりはないの。ただ、可愛い君が見たくって
言ってるのよ。だって君をからかってる時、君の御機嫌伺いをする時に
幸せを感じてしまうから。

こんな平穏に幸せを感じてしまうから…だから言うの。

「………やる…。」
「…え?」

私と目を合わせないまま、陽平くんが小さな声で呟く。

「グレてやる…。」
「…」

ちょ、ちょっと…それ反則よ。もう、本当にそんな反応されるとますます
君をからかいたくなっちゃうじゃない。
でも、ここで笑ったりしたら手が付けられなくなっちゃうし、可哀相だもの。
そろそろ本当に御機嫌とらなきゃね。

「俺が年下だからってさ…酷ぇよ…。」
「陽平くん、あのね…。」

膝を抱えてた陽平くんの手に自分の手を重ねようとしたら、急に立ち上がって
しまう。見上げると悔しそうに唇を噛んでる表情が目に飛び込んできた。

…ちょっと、やり過ぎたかしら…。

「素子さん、酷ぇよ…。俺、年だけは越せないじゃん。ずっと、一生
かかったって…そんなの無理だよ。…俺の考え方が子供っぽいのだって
解ってるけど…解ってるけど…仕方ないだろ。これが俺なんだし…。」

ああ、完全にからかい過ぎちゃったわね…。からかうってよりもこれじゃ、
いじめだわ。

「ごめんね、陽平くん。」

じっと唇を結んだまま陽平くんは何の反応もない。こんな風に思い詰めさせる
つもりはなかったの。だから、お願い…。
ぎゅっと瞳を閉じ、言葉を紡ごうとすると陽平くんの声が降ってきた。

「な〜んちゃって!」
「…陽平…くん?」

あまりにも明るい声に大きく瞳を見開く。眼前には嬉しそうな陽平くんの
笑顔がある。その笑顔は悪戯を成功させた子供のような笑顔だ。

「素子さん、心配した?」

ちょっと待って。状況が把握出来ないんだけど?これってどういう事かしら?
何でさっきまで泣きそうだった陽平くんがこんなに嬉しそうな顔して
笑っているの?私の心中を読んだのか、得意そうに笑って見下ろしてる。

「流石の俺だってやられっぱなしじゃ嫌だからさ…仕返し!」
「…。」
「へへ、結構上手かっただろ?」
「もう、本気で私は心配したのよ?」

ため息を吐きだしながらも、安心したように笑みを浮かべるしかない。
こんな嬉しそうな顔されたら、怒ることなんて出来ないもの。
それに元はと言えば、私がからかったのが悪いのだから仕方ないわ。

「本当にグレると思った?」
「うーん、グレるのはともかくとして、泣いちゃうかしらって
思ったわよ。」
「そんな簡単に泣かねーよ、俺。」
「そんな雰囲気って事。」

それにしてもこのままいってたら、『グレる』演技までしたのかしら?
それはそれで見てみたい気もするけど…。
…まぁ、今のままの陽平くんが一番だから、やっぱりグレて欲しくないわ。

「でもさ、本当にあんまり『可愛い』ばっかり言うと俺、グレちゃうからな。」
「はいはい。気をつけます。」
「『はい』は一回なんだろ?素子さんいつも言ってるじゃん。」
「はーい。」

たまにはいいかな?こんなやりとりも可愛らしくて…いいかもしれないわね?






<あとがき>
密かにこのお題シリーズは全部滝川サイドの台詞にしようと
思っています。…って台詞によっては滝川じゃないと言わなさそうな
台詞がある所為もあるんですけど(苦笑)

素子さんに仕返ししたら、きっとその後2倍返しされる気がしますけれど、
今はつかの間の天下(笑)を楽しませて上げたいですね。

1日1作で1週間、達成できたら自分で自分を褒めてあげたい7題・J
配布先:HiSoKa