言うんじゃなかった…








──何気無い一言が命取りなんだよ。


そう言えば速水がそんな事言ってたなー…。
なんて悠長な事言ってられない!汚名返上、名誉挽回…
えっと合ってるよな?芳野センセーこれで合ってる?
…じゃなくて!素子さんだよ、素子さん!
今は目の前の素子さんが重要なんだよ。一人でブツブツ言ってる暇
なんかない。

…背を向けてるのは俺のさっきの一言を怒ってるからに違いないんだから。

「あのさ…!」

声をかけたのに、こっちを振り返ることなく洗面所の方へ歩いていって
しまう。ああ、やっぱりすごく怒ってる。と、とにかく謝るしかない!

「素子さん、ごめん!」

うわー、やばいよ。完全に無視だ。これは相当怒ってるに違いない。
ど、どうしよう…。考えたって良い答えが出るわけないし、
ひたすら謝るしかない。
もう一度声をかけようとすると目の前の素子さんがぴたっと立ち止まる。

──も、もしかして許してくれんのかな?

くるりと振り向いた素子さんは無表情で…そして急ににっこりと笑った。
や、やばい。この笑顔は絶対…。楽天的な俺だって、この笑顔が意味するものが
わかる。

「で?陽平くんは何処まで付いてくるの?」
「え?」

気づくと素子さんと俺は脱衣所に居る。脱衣所って事は目の前に風呂が
あるわけで…。え?あれ?

「それとも一緒に入る?」

そこまで言われてようやく頭で理解する。素子さんはお風呂に入るんだって。

「ご、ごめん!」

脱衣所から慌てて出るとドアを後ろ手に閉める。顔が熱くって仕方ない。
俺、もしかしてまたヘマしちゃった?
ため息を着くとポケットに手を突っ込みながら、リビングに戻る。
テレビの前であぐらをかくと盛大なため息をもう一度吐きだす。

「言うんじゃなかった…」

後悔したって仕方ないかもしれないけど、つい口に出してしまう。
散々速水にも注意されてたんだけどな、俺。
思った事をすぐに口にするから、こういう事になるんだよ。

解ってても、直さなきゃ意味ねーんだけど…。

「素子さん…。」

あぐらをかいたまま、後ろに倒れると、天井を睨む。
頭の後ろで手を組むところんと横向きになった。

こういう時って何か丸くなったりしない?
そんなの俺だけ?

部屋の中に響いてる時計の音とテレビから流れる音。妙に静かな部屋に
どうしたって落ち着かない。何度も寝返りをうつ様に転がりながら、
素子さんにどうやって謝ろうか考える。

まぁ考えたって、やっぱり何にも思いつかないんだけど。

何度か転がった後、また天井を見て、ため息をついた。
そして一度目を瞑るとすぐに天井を見た…いや天井を見る筈だった。

俺の視界に映ったのは天井なんかじゃなくて、いつもの素子さんが笑ってる。

「も、素子さん?!」
「おっきなため息ねぇ?」

がばっと体を起こすと反射的に正座になる。謝らなきゃいけないんだけど、
何故かお風呂に入った筈の素子さんの様子がおかしくって、思わず謝罪の
言葉ではなない言葉を先に口にしてしまう。

「お風呂入ったんじゃなかったの?」
「あら、私そんな事言った?」
「だ、だって、俺に一緒に入る?って聞いたじゃん。」
「それは言ったけど、別にお風呂に入る為に浴室に入った訳じゃないんだけど?」

よく見てると別に素子さんの機嫌なんて悪くない。
あれ?じゃ、あれって何だったんだろう……。

「じゃあ、何しに?」
「カビ取り用の洗剤を流しに行ったのよ。」
「カビ取り…。」

じゃ、素子さんは怒ってないって事か?俺…何焦ってたんだろ…。

「…所で、陽平くん。」
「ん、何?」
「さっきの話の続きなんだけど。」

え?も、素子さんの笑顔が…さっきのヤバイ笑顔に…。
心なしか俺、部屋の角に追いやられてる気がするし。

もしかして…俺、逃げ道なし……?


やっぱり言うんじゃなかった…あんな事…。





<あとがき>
さて、滝川は何を言ったんでしょう?
毎日書くという事であまり深く追及せずにお話を書いています(苦笑)
それに文章量も普段の半分くらい(以下かもしれないです)
追及しだしたら、こんな量では終わりませんし、適量かな?

多分滝川はこの後いじめられます(笑)ええ、間違いなく。
口は災いの元という言葉を身をもって体験することでしょう。

1日1作で1週間、達成できたら自分で自分を褒めてあげたい7題・J
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