初陣を終え、先程まで死と隣り合わせであった戦場、そこで相棒である
士魂号を見上げていた。滝川は視線を地面へと落とすと、大きく息を
吐き出し乱暴に髪の毛を混ぜ返す。
初陣の戦果は芳しくない─
一番機を駆る壬生屋は被弾箇所も多く、士魂号の損傷は大きく撃破数も
多くはないが、中型幻獣を撃破している。また三番機は複座型特有の
武装であるミサイルを有効に使い、初陣としてまずまずの戦果を上げていた。
位置取りに失敗し、ビルを壊しそうだった自分とは大違いだ。再び大きく
息を吐き出すと空を見上げる。
先程まで広がっていた灰色の重苦しい雲はそこにない。そこにあるのは
真っ青な澄んだ空であった。夏のようにぎらつくこともない優しい太陽の
光が降り注ぎ、先程までの戦闘が夢なのではないかと思う程穏やかな
空が広がっている。
ふと脳裏に浮かんだヴィジョン。
助けようとして助けられなかった人の最期の表情。
──逃げ遅れた民間人を助けることが出来なかった。
士魂号から離れると、瓦礫の方へとゆっくり歩き出す。
自分がキメラをもっと早くに撃破していれば、助かったかもしれない。
自分がもっと早くに気づいて保護していれば、助かったかもしれない。
もしもという仮定を繰り返し、後から後から押し寄せてくる後悔の念に
足取りは重くなるばかりだ。そして足下に転がっていた何かに気づくと
それを拾い上げた。黒く焦げたそれは最早原型を留めていない。それでも
滝川にはわかったのだ。これが自分が好きなアニメのキャラクターグッズ
だということが。
キメラが放った攻撃を受けたビルは崩壊する寸前だった─
アサルトライフルを連射してもシミュレーターのように全弾を命中させる
ことは出来なかった。所詮シミュレーターはシミュレーターで実際の戦場は
容易でないことを思い知らされる。細かに動きながら次こそは着実に
相手を仕留めようと再びアサルトライフを構えようとしたその時だった。
目の前のビルの非常階段に親子が居ることに気づいたのである。
泣いている息子を抱きしめながら母親は懸命に逃げようとしていた。
親子を保護するのを優先するか、それとも現在見えうる限りの幻獣を
駆逐してから保護するか…判断に迷った。そして、その判断が遅れたが為に
目の前で2人の命は消えていった。
見上げた空は青く、何処までも青く澄んでいる。
自分に何が出来ただろう。初陣のひよこっ子に何が出来ると言うのか。
それは詭弁だ。ただの言い訳だ。自分が学兵だとしても、一般人から
してみれば軍人という身分にあるのだ。彼らを守るべき盾。それが軍人だ。
どんなに憧れたパイロットになれたとしても、自分は何も変わっていない。
一緒に訓練を受けた他のパイロットたちより遅れをとり、目の前にいた
2人の命を救うことも出来なかった。
何も変わっていないのだ。
自分は、自分でしかない。
「…くしょう…っ」
手の中にあった黒焦げのグッズが粉々に砕け散る。風が吹き、灰が
辺りへ散っていく。青空を見上げながら大きな瞳からこぼれる涙を
拭いもせずに叫び声を上げた。
「畜生ーーーーっ!!」
瓦礫となったビルの前に膝を付くと何度も拳を地面へ叩き付けながら
畜生と幾度も呟いていた…。
<あとがき>
滝川単品のSSというのはかなり珍しいかもしれませんね。私が書くとついつい
カップリングものになりがちですし…。滝川の初陣はどうも戦果が悪そうな
イメージです。