昼休み、昼食を終えた萌は洗濯物を取り込みに屋上へと向かっていた。
頭上に広がる雲一つない青空に少しだけ気分も明るくなる。洗濯物を
入れるカゴを手に階段を上ると微かに、本当に僅かに微笑んだ。そして
屋上に着くと風にはためく洗濯物を見る。そこで自分の視界内に
不思議なものを見つけた。小隊員たちが靴で歩き回る屋上の床…つまり
このプレハブ校舎の屋根に寝転がった姿に首を傾げる。こんな所で
寝ては制服が汚れてしまうのに、と思いつつも萌はそっと物音を立てぬ
ように物干し竿の方へと歩いていく。安らかな寝息を立てる滝川に萌は
少しだけ微笑むと洗濯物を取り込み始めた。
春の陽気は確かに眠りを誘う。けれども人が来るであろうこの場所で
しかも本来寝る場所ではない屋上で寝ている滝川は無防備に寝顔を
晒している。警戒心も何もない開けっぴろげなその様子に萌は
戸惑いつつ、不思議な感覚にとらわれた。普段から「笑う」ことに
あまり縁のない萌が自然と「微笑む」ことが出来るのだ。
自然とこぼれた「微笑み」はそこでただ寝ている滝川からもたらされた
もの。何故、彼を見ると「微笑む」ことが出来るのか萌にはわからない。
だけれども──
雲一つない快晴の下、無防備に寝ている滝川は確実に萌へ笑顔を
もたらしている。それが何なのか、萌はわからなかったが、
わからない何かをずっと考えるのを止め洗濯物の入ったカゴを
持ち上げる。
この時生まれた感情がどういう名前のものか萌はまだ知らない。
再び僅かに微笑んでみせると小さな声で昼休みが終わることを
そっと彼に告げた。
<あとがき>
2人がまだ仲良くなる前の話です。短く、だけどお題をクリア出来るよう
言いたいところだけを抜き出すとこれくらいですかね。
…ところであの屋上で寝てしまう滝川は結構大物ですか?(笑)