とらえてみせよう


「あ、待て、この野郎!」
顔のすぐ横を通り抜け逃げる相手を振り返る。普段とは違う俊敏な動きに驚きながらも追いかける為に走り出した。不意に視界へ映った親友の姿に気付くとその腕を引っ張る。
「た、滝川どうしたの!?」
「手伝え!」
「え、何を!?」
腕を放し平行して走りながら、何を手伝うのか手短に話す。
「わかった、捕まえればいいんだね」
「おう、石津に頼まれたんだけど、俺一人じゃ埒あかなさそうだし」
その言葉に速水が笑う。突然の笑顔に何かと視線をやる。
「じゃあ、頑張らないとね。滝川」
「……どういう意味だよ」

走りながらも速水の言葉に反論する。もちろんその言葉の指している意味は分かっていた。速水には何でも話してしまう自分だから、彼女をいいなと思っている事は当然知っている。だから……そういう意味なんだろう。
「どうも何もそのままだよ。良い機会じゃない」
「……」
案の定の言葉にどう反応していいか、わからない。もちろん自分も同じ事を考えて引き受けたのだけれど、他人に言われるとどうしても恥ずかしい気がする。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。……あ! 曲がった!」
その言葉に気持ちを切り替えると追っている相手を視界の中に探そうとする。校舎から校庭へ出るとプレハブ校舎の裏へと走って行く姿がはっきりと見えた。
「滝川! 僕、こっちから行くから!」
「おっしゃ! じゃ、俺はこっちだ!」
速水の言葉に大きく頷くと反対方向から間合いを詰めた。相手と視線が交わる。じっと目を見つめたまま、じりじりと足を進めた。向こう側にいる速水と目が合うと小さく頷く。そしてそれを合図に……。

「よっしゃ! もう、逃げるなよ。おい、速水。早く石津呼んで来てくれ!」
「うん、ちゃんと捕まえててよ!」
「わかったから、早くっしろって!」
土にまみれながらもしっかりとそれを胸に抱いたまま速水にそう返す。胸の中には大きな猫、ブータが抗議の声を上げていた。
「お前が逃げるから、俺までこんな目に合うんだからな」
頭を振れば、砂がぱらぱらと落ちる。そして耳に届く速水の声に顔を上げると彼の姿の後ろには萌の姿。手に抱えられたシャンプーに笑うとブータを見る。
「な、観念しろって」
しっかりと抱きかかえたまま立ち上がると、二人と合流する。
「じゃあ、僕はもういいかな? ちょっと用事あるから、手伝えなくてごめんね」
そう言って速水がその場を去って行く。多分、気を利かせてくれたんだろう。
「……ありがとう……」
「うん、どういたしまして。…って言っても殆ど滝川がしたんだけどね」
手を振って歩いて行く後ろ姿を見送ると残された自分と萌の間に沈黙が流れる。
「えーっと、じゃ、俺は手伝うから……さ」
「……うん、……ありがとう」

ほんの些細な事だけど、何かを頼まれるって事がすごく嬉しかった。 そりゃあ、ブータを捕まえろなんて内容だけど。

重要なのは『誰』に頼まれたか、なんだ。



<あとがき>
シャンプーを嫌がるブータを萌ちゃんがどうにか出来るとは、思えませんからね。滝川に頼んだのは正解だと思います。ただ、滝川本人も汚れているので洗濯物が確実に増えますが。実は密かに両思いだったりする二人でした。