つまずいた身体


「……ふぅ……」
訓練の手を止めると額に滲む汗を拭う。左手の多目的結晶からの時間の情報を引き出すと、訓練を始めてから既に四時間も経っていた。
「あー、何か腹減ったかも……?」
そう口にするとお腹の虫がぐーと主張する。あまりものタイミングに一人笑うと立ち上がり、歩き出す。
「あ、あれ?」
何故だか、視界が揺れている。否、視界が揺れているのではなく自分がフラフラしているのだ。
「マズいな…味のれんまでもつといいんだけど……」
千鳥足のような状態で歩き出すと床のアチコチに張り巡らされたコードに足をとられる。

そして……がしゃーんという大きな音と同時に尻餅をついてしまった。
我ながら空腹で倒れるなんて、格好悪いなと思いながら頭をかく。幸運な事にハンガーに誰も居なかったから、からかわれずに済んだが、これで誰かいたら、大変なことになっていただろう。

速水が居れば心配そうに駆け寄ってくるだろうし、茜が居れば言葉はそっけないものの、やっぱり心配してくれるだろう。最も最悪なパターンは新井木に見つかった場合だ。それをネタにどれだけ馬鹿にされるにわかったものじゃない。誰もいない事にほっと胸をなで下ろすと、急に影が落ちて来た。

「何やってるんだ、お前さん」
「……師匠?」

人が居たんだと思うと恥ずかしい気持ちが沸き上がってくる。笑いがながら誤魔化すと、慌てて立ち上がり、あちこちの埃を払って見せた。
「焦りなさんな。別に俺は言いふらしたりしないから」
「……へへへ……師匠サンキュ」
そう瀬戸口が言ってくれても、やはり気恥ずかしいのには変わりない。そして再び腹の虫が盛大に自己主張する。
「これまた盛大だな……」
「う、……だって、だってさぁ……さっきまで訓練してて、腹減ってるのに気付かなくってさ……」
言い訳をする為に言葉を続けようとすると、ぽすっと頭の上に何かが置かれた。
「師匠?」
頭に乗せられた何かを押さえながら見上げると瀬戸口は苦笑いをして、肩をすくめる。

「やるよ。腹減ってるのに気付かないくらい、集中してたんだろ?」
頭に乗せられたものはどうやら食べ物らしい。頭から下ろすと確かに袋に入ったそれには『メロンパン』と書かれている。
「本当はののみにやろうかと思ったんだがな……お前さんの頑張りにご褒美って所だな」
「師匠……」
「ほら、食っとけ。整備の奴等に見つかると取られるぞ? 特に新井木とか……」
「わー! 食う、食う!」
慌てて袋から取り出すと口へ運ぶ。甘さが体に染み込むように行き渡るような感じだ。そんな様子に瀬戸口は満足そうに頷いている。
「じゃあな」
「え? 師匠、行っちゃうの?」
「何だ、居て欲しいのか? ……小さい子供じゃあるまいし」
「……べ、別にそういう意味じゃ……」
からかうような口調に口を尖らせると瀬戸口が吹き出す。
「ほら、少しでも体力回復したなら、石津の所でも行ってこい」
不思議な言葉に残りのメロンパンを口に放り込むと、首を傾げる。

「ここ、擦りむいてるだろ?」
そう言いながら瀬戸口が右手の手のひらを見せる。つられるように自分の右手の平を見ると……確かに血が滲んでいた。
「すげー、師匠そんな所まで見てんの?」
「当たり前だ。そういう細かな気配りがお嬢さん方の心を掴むんだぞ?」
「マジ? わー、俺も気を付けなきゃだよな!」
感心したように言うと再び瀬戸口がからかうような口調で言葉を紡ぐ。
「まぁ、お前さんにそれが出来たら苦労しないだろうがね」
「何だよー、わかんねぇじゃん」
「はいはい。ほら、石津が帰らない内に消毒して貰って来いよ」

口を尖らせたまま、ハンガーがから出ようとして、ふと振り返る。
「何だ?」
「サンキュ、師匠! 助かった」
「ばーか、あれくらいだろ?」
「ん、じゃーな」
「はいはい、ついでにデートの約束でも取り付けてこい、不肖の弟子よ」
「う、うっさいな〜」

あかんべーをしてハンガーから出て行く。口の端についたメロンパンの砂糖をぺろりと舐めると笑って、ハンガー入口にいる瀬戸口に手を振った……。


<あとがき>
気がついたら、文章が長くなっているような……。ついでに内容があるような、ないような……。あはは、日常の一コマってことで。 保父さんのような瀬戸口と欠食児童滝川ですね、これじゃ(笑)