動けないきみ


大きな笑い声が辺りに響いていた。そして、その笑い声に舞はキッと睨み返す。
「何がおかしい!」
紅潮させた頬で睨んでも、滝川は一向に笑うのを止めようともしない。寧ろ更に笑っているように見えた。
「ええい! いい加減にせぬか!」
「だ、だって……ハハハッ……これが笑わずにいられるかっての!」
お腹を抱えるように笑う滝川に再び怒鳴り返すが、やはり笑いを収めない。
「たわけ! そなたはおかしくとも私は不愉快だ!」
額に張り付く前髪をかき上げ、ありったけの声をぶつける。すると涙目にもなっている滝川は一瞬笑いを収める。
「わ、悪ィ。でも、さ……プフッ……だ、駄目だ。止まんねー!」
再び笑い始めてしまった滝川に諦めたとばかりにため息をつく。そんな舞のため息に気付くと流石に滝川は何とか笑いを収めながら、彼女を見て、手を差し出した。
「悪かったってば……。な、ほら、手ぇ出せよ」
「……フン……これくらい一人で十分だ」
差し出された手から目を逸らすと嵌まってしまった穴から、足を抜き出そうとする。

「無理だって、そこドロドロで滑るって」
「五月蝿い!」
滝川の言葉にぴしゃりとそう言い返すと懸命に力を入れる。ずるりという感覚とともに今度は反対の足が滑り……結果、尻餅をついた。
「あーあ、だから言っただろ」
「五月蝿いと言っている!」
「素直じゃねーな……ったく」
もう、だとかブツブツ言いながら舞の手を取る。
「ほら、とりあえず靴脱げって」
「何故指示をされねばならんのだ…」
「お前、さっきから俺の言葉信用しないから、余計泥沼に嵌まってるじゃん」
「……ぐっ……そ、それはだな…」
普段なら有り得ないが今回ばかりはすぐに反論出来ない。珍しいことだが、明らかに滝川の言葉は正論だからだ。

「だーかーらー、俺を信じろって。どうせ靴下も汚れてるだろ?今更だしさ、脱いじまえよ」
「裸足で靴を履けと言うのか」
「別に履けなんて俺、言ってないんだけど? ……つーかいいから、早く脱げって」
ずっと手を取ったままなのが恥ずかしいのか、ぐいっと引っ張る。
「ば、ば、馬鹿者! 引っ張るな!」
「もー、だったら早くしろってば」
バランスが崩れて、倒れる寸前に滝川に支えられる。近くなった距離にますます頬を赤らめると顔を上げて睨みつけた。
「急かすな、馬鹿者!!」
「馬鹿、馬鹿言うなって」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」
至近距離のまま怒鳴り合っていると、ふと視線を感じる。ついでに、今まで怒鳴り合っていたから聞こえていなかったが、何人かの声も聞こえてくる。嫌な予感を覚えながら、声のする方を見るとデジカメを構えた善行・ほっかむりをした若宮、そしてにんまりと笑った原が居た。

「白昼堂々抱き合うなんて破廉恥な」
「青春ですなぁ……」
「周りが見えないほど……なのね?」
明らかに茶化しているその台詞に舞はますます頬を染め、声を張り上げた。
「ば、馬鹿者! 何を見ているか! 散れ!」
「へ?」
舞の声に滝川が三人を振り返る。野次馬に気付いた滝川は一瞬顔を強張らせると次の瞬間、舞を抱きかかえた。所謂お姫さま抱っこである。舞の靴を何とか手にすると赤くなったり、青くなったりと無言で走り始めた。

「た、滝川、何をする!?」
「ば、ばっかやろー! 見られてるなら、そう言えよ! ……くそー! 絶対明日ヤバイからな! あーもうっ!」

怒鳴りながら走り去る二人の後ろ姿に奥様戦隊の笑い声が校庭中に響いていた……。



<あとがき>
シリアスの後にはコメディで笑いを。馬鹿、馬鹿言い合う二人がすごーく好きだったりします。しかし、この滝川、頑張ってますな。照れずにお姫さま抱っことは(笑)