| ◆ 京都河原町周辺(京都市中京区) |
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「大村益次郎卿遭難之碑」
明治2年、蔵六は長州藩控屋敷にて尊攘派刺客に襲われ、
一命はとりとめたものの、その後、敗血症を発症、
片脚切断の手術を行ったが、悪化し死去。
地下鉄京都市役所前駅下車徒歩数分。
木屋町通り西側、高瀬川対岸。
(2000.5.3) |
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「兵部大輔従三位大村益次郎公遺碑」
蔵六が刺客に襲われた長州藩控屋敷のあった場所。
刺客は薩摩藩の息のかかった長州派・神代直人ら、と
言われている。
地下鉄京都市役所前駅下車徒歩数分。
木屋町通り東側。
(2000.5.3) |
| ◆ 京都霊山護国神社(京都市東山区) |
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「大村益次郎之墓」
京都河原町で刺客に襲われ、落命した蔵六の墓。
故郷である長州・周銭司にも墓がある。
京阪本線四条駅より徒歩15分。護国神社山道を東へ。
神社内の墓域下層部にある。
(2000.5.4) |
| ◆ 靖国神社(東京都千代田区) |
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「大村益次郎之像」
東京・靖国神社参道に蔵六の像がある。
蔵六は戊辰戦争終了後、軍隊の洋式化に尽力し、
日本陸軍の祖とも称えられえている。
この像は上野彰義隊討伐の采配を揮う姿とされる。
JR市ヶ谷駅より徒歩15分・地下鉄九段下駅より徒歩10分。
靖国神社参道の東広場中央。
(2000.5.13) |