「週刊ポスト」インタヴュー

1997年12月15日に発売された「週刊ポスト」の「POST BOOK JAM!」コーナーに、山下さんのインタヴュー記事が載っていますが、実は丸ごと採用とはならなかった山下さんのオリジナル原稿というものが存在しまして、もったいないのでこちらでそれを紹介致します。雑誌に掲載されたものと読み比べてみるのも面白いかもしれません。


<山下さんオリジナル原稿>

演奏旅行に行く時は、必ず文庫本のカタマリを持って行きます。いきあたりばたりに買う冒険、スパイ、テロリストものなどそういうやつですね。読みおえたら捨てます。旅先では持っているスケジュールの紙一枚でも重いと感じる。使った演奏着もパンツも宅急便でどんどん家に送る。毎日脱ぎ捨てて最後はすってんてんの身体一つになって読む本だけ持って帰るわけですね。
もちろん筒井康隆さんの本にはこんなことはしません。原則として、斎戒沐浴を済ませ正座で読む(笑い)。これが基本ですけど、もっとも電車の中で読んで思わずケケケケケケなどと笑って回りが驚くという体験はすべての筒井ファンにはありますね(笑い)。そもそも、表現というのは何をしてもいいんだという一番大事なことをぼくに教えてくれたのが、筒井さんの作品だと思うんですね。
初体験は「SFマガジン」に載った「東海道戦争」でした。大阪と東京が戦争を始める。原因はマスコミとその背後で期待する大衆の潜在的願望だっていうんですね。みんなが喜んで参加してしまうという話です。湾岸戦争で現実となった戦争の劇場化という出来事をもう一九六五年にやっている。
何ということを考えつく人だと非常に衝撃を受けた。その日の国立音楽大学の学生食堂の光景を未だ覚えているくらいです。夏の暑い日でした。
その頃までには、SFが好きになっていたわけですが、そもそも読書歴というと、子供用の月刊漫画雑誌の「面白ブック」などからはじまっています。子供用の世界名作集なども読んだと思いますが、よくある、読書家の親の書斎に入り込んで古今の名作が全部頭に入った、などという環境ではありませんでした。
中学時代にはシャーロック.ホームズなんか読んだけど、高校に入って友人と話すと馬鹿にされて、鴎外、漱石を読めと言われた。あまり熱心ではなかったけど、漱石は「坊ちゃん」をはじめいくつか読んだかな。
やがて高校三年頃に「SFマガジン」が創刊されるんですね。これに夢中になった。火星人、原子力宇宙船、四次元、ロボット、時間旅行、未来の世界、地球の破滅、テレパシー、脳侵略、などなどの言葉にはぞくぞくしましたね。
最初はすべて翻訳物で、ロバート・A・ハインライン、アイザック・アシンモフ、レイ・ブラッドベリ、ロバートシェクリー、ジョン・ウインダム、A.C.クラークなどなど、早川書房のSFシリーズで出たこれら先駆者たちの本は全部買いました。つまりアメリカのものが主流で日本の作家はまだいなかった。ところがこれが出てくるんですね。
小松左京、星新一、そして筒井康隆と言う具合に次々にすごい作品を書き始める。「東海道戦争」もそうですが、そういうのに出会うたびに、ぼくの中で、やはり日本人の書くSFの方が面白いのではないかという確信が芽生えてきた。もう翻訳物はいらないとさえ思った。
ジャズでいえば、アメリカの巨匠のレコードより、今やっているヤマシタの方がよいと言うようなもので(笑い)、まあそりゃあモノが違うからそうはならないと言われればそうだけど、ぼくの中に起きた現象はそういうことだったわけで、日本のSFファンとしては非常に偉かったと(笑い)、自賛する所以です。
この数年後かな、色々なことがあって、ぼくの中の表現衝動が臨界点に達した。ええいやってしまえっていう感じでフリージャズを始めた。幸いなことに、その頃までに評論家の相倉久人さんの紹介で知り合っていた筒井さんが毎週のように聴きに来てくれた。業界ではほとんどの人が否定的だった我々の音楽を、認めて励ましてくれたんですね。 SF好きの体質は、子供の頃に小学校を三回、中学校を二回変わり、九州に行き、帰ってきた東京で言葉が違って失語症になったりという「異文化との接触、その恐怖とスリルと喜び」の体験からじゃないかとも思いますね、ジャズをやるなんてのも、文化人類学的実験に身を投じるようなものですからね。
筒井さんの作品中の音楽の描写も好きですね。「アフリカの爆弾」に出てくるタムタムのリズムがいかに正しいかを分析したこともあります。ああいう厳密さによって、作家としてさらには音楽家としての筒井康隆が信頼できて、非常に嬉しいのです。
筒井さんが断筆後に最初に発表したのは「邪眼鳥」ですが、あの作品全体に漂う妖しい情念のようなものに圧倒されて何かせずにはいられなくなった。胸騒ぎがして、とうとう「J・G・バード」という曲を作ってしまった。これがあの作品に対するぼくの音による感想なのです。この曲はぼくの新アルバムでラヴィ・コルトレーンが吹いていますし、コンサートではオーボエの宮本文昭さんに何度かやってもらった。
このようなファンですが、ぼくなど生易しい方かもしれない。ネット通信では毎日筒井さんをかこんでさまざまな話題が飛び交っています。読む側からも筒井さんに刺激を与え続けられる存在でありたいというのは、実はすべての筒井ファンがそうなのではないでしょうか。


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