「受賞騒動記」


 1999年3月25日の「芸術選奨文部大臣賞」の授賞式をもって、一連の受賞騒動が一段落しました。今年は正月早々の「宮廷楽団」問題のアップ以来、多忙のために追っかけ情報提供をずっとさぼっていましたが、この一段落を機に、受賞騒動の経過などをご報告します。

 今回、以前からここにご報告していた、映画「カンゾー先生」の音楽をやったことが、注目されました。やはり今村昌平監督はすごい存在なんですね。色々な新聞社の主催する映画賞で、監督賞、作品賞などの部門がほとんどノミネートされました。今村監督をはじめ、主演男優の柄本明さん、助演女優の麻生久美子さんはいくつものコンテストで受賞されました。昨年中に決まった報知新聞の賞では、小生はプレゼンテーターとなって、麻生久美子さんに花を渡しましたが、その時に「音楽賞」を受賞した人はいないのに気づき、日本の映画賞には音楽賞はないのだと思っていました。

 ところが、今年に入ってすぐに、毎日新聞社から、主催の「映画コンクール」の「音楽賞」を受賞したという知らせが、事務所に入りました。
 発表は毎日新聞紙上で1月中旬に行われるから、それまでは他言無用ということで、この「発表までは他言無用」というオキテは、そのあとの二つの賞にもついて回り、その期間、秘密を抱えるスパイのような奇妙な心境を味わうことになります。つまり、本人に内定の通知、メディアに発表、授賞式、という三つの時点があって、それぞれ、口をつぐむ時期が決められるわけです。

 本年1月には六本木の「スイート・ベイジル」に、毎月曜日に3回出ましたが、この時にも、「分かっているけど、言ってはいけない」状態が続きました。そいうわけで、最初に演奏した11日には、「カンゾー先生」のテーマをやる時に、「色々な賞を俳優さんがとっていて、めでたいことですが、音楽はどうなっているのでしょうか」などと、からむふりをしてアイマイなことを言うのが精一杯だったというわけです。あれで「何かあるな」と気づいた人がいたらすごい。
 毎日新聞紙上への発表は、16日頃でしたので、その次の出演日である18日には、楽屋で仲間と祝い、客席にも知らせることができました。客席には新聞紙上などで知った方もおられ、声援をいただきました。

 そうこうするうちに今度は「日本アカデミー賞」にノミネートされたという知らせが入りました。ノミネートされた段階で、5人の「優秀賞受賞者」に決定したわけです。ただし、授賞式の当日出席しているのが条件ということでした。その中から当日、一人が「最優秀賞」に選ばれるという段取りです。これがテレビで中継されるあの場面というわけです。
 これのノミネートの発表は一月中だったのですが、最後の出演日の25日にはまだ公にはできなかったのではないかという記憶があります。というのは、その日に、女優の高岡早紀ちゃんが、ご夫君の保坂さん、息子の虎太郎君、それにサキママともども、来てくれたのですが、終演後話した時に、ノミネートのことを言いそびれているからです。何しろ早紀ちゃんは、何年か前に、日本アカデミー賞をはじめ、ほとんどの映画賞を独占した女優ですからね。「後輩の末席に入れさせてもらったよ」とファミリー感覚で知らせてもよかったのですが、どこか気後れしたのかもしれません。音楽の話題はあまり芸能ネタにはならないという背景もあったかな。映画賞は今年は、取っても落ちても、ほとんど、北野武氏の話題になりましたね。

 授賞式の最初は、2月8日の毎日映画賞で、東京プリンスホテルでありました。
 皆と一緒に壇上に座り、次々に呼ばれては、トロフィー、賞状、賞金をもらいます。
 全員そろっての記念撮影もありました。トロフィーは大きくて重い金色の像で、これはもらいでがありました。ただし受賞のスピーチは、主演男優賞、女優賞、監督賞などにかぎられ、音楽係にはありません。これはだんだんと分かったことですが、日本映画の賞では、音楽は、撮影、音声、美術、などと並んで、「裏方技術集団」に含まれるわけです。スピーチなどする身分ではないわけです。
 盛大なパーティが行われ、そこで会った知り合いの映画関係者から、「アカデミー賞も大丈夫」などと言われました。しかし、賞としてはこの毎日のものはカンヌについで長い伝統があり、マジに重みのあるものだそうです。

 このときには「芸術選奨」のことを隠していた記憶はないので、知らせはまだだった筈です。この直後にそのことが知らされます。
 事務所に電話があり「差し上げたいが、受け取ってくれるか?」
という打診なのですね。
 これには少しびっくりして、
「どうしましょう」
「ジャズが国から賞をもらっていいのかなあ」
 などという会話がありましたが、ま、結局、くれるものはもらってしまえということになるんですね。バンドマンなんてものは。

 これの「他言無用」が新聞発表の3月18日まで続きましたから、これがいちばん長いスパイ心理期間でした。もっとも明日発表という前日には親戚に知らせましたけど。
 2年前に同じ賞を受賞している林英哲さんと話したことですが、この「他言無用」問題、嬉しさのあまり、内定中に喋りまくった人が、本当に取り消されたことがあっということでした。英哲さんも黙っていたのですが、発表一週間前にスピード違反でつかまり、これは取り消されるかもしれないと覚悟をしたということです。妙な心理になるものですよ。国の賞というものは。

 それでこのスパイ心理期間に「日本アカデミー賞」の受賞式と最優秀賞の発表があったわけです。もう、錯綜しまくって、一体自分はなんの賞を今もらいにきているのか、などと一瞬分からなくなったりします。
 アカデミーでの「裏方技術集団」の最優秀賞は、第一部の食事中に決まります。「カンゾー先生」は、最多の12部門にエントリーされていて、同じテーブルに優秀賞受賞者がずらりと並んでいて、次々に呼び上げられるわけです。舞台上で、5人がアイウエオ順に表彰され、小さなトロフィーと賞状と賞金をもらいます。それから、並んで立っていると一人の名前が呼ばれて、その人が喜ぶというわけです。
 美術、脚本、照明、録音、などなど、次々に舞台に上られましたが、次々に残念な結果でした。でも、たとえば録音の紅谷さんなど、もう14回もエントリーされ、そのうち4回も最優秀賞を取っているということで、「こうなるとなかなかくれよらんのですよ」と申される余裕にはびっくりしました。「まるで、王、長嶋ですね」と思わず言ったものです。

 そのうちに自分の番が来ました。他の4人と一緒に表彰を受け、横一列に並び、プレゼンテーターである前回受賞の大貫妙子嬢の声を待ちます。それは「久石譲」という名前を告げ、小生の受賞はなりませんでした。
 思いもしなかったことですが、ああしてわざわざ並べられて、落とされる、というのは、非常に悔しいものですね。約一時間ほど、腹を立てておりました。
 しかし、やがて同じテーブルから、麻生久美子嬢が、さらに柄本明氏が名前を呼ばれて立ち上がる頃には、すっかり忘れ、大きな声で祝福をしながら拍手をしておりました。
 ちなみに、これらの主要な賞は食事後の第二部で、一度表彰を受けた5人の人たちはいったん席に戻り、そこで緊張の面持ちで一人の名前が呼ばれるのを待つという演出です。
食後なので、テーブルには水差しとコップしかありません。これはどう見てもミスボラしい。北野監督が舞台でのインタビューで毒づいていた所以であります。

 その北野氏も、今村監督も監督賞を逸しましたが、前回チャンピオンの今村監督が受賞者の名前を呼ぶ役でした。あれ、封筒の中に自分の名前を見い出す可能性もあったわけですね。
 その時に、北野氏も文部大臣賞の受賞を知っていたわけで、その心中はどうだったのでしょうか。小生の場合、「あれがもらえるんだから、今日の所はいいや」と思ったかというと、そうではないんですね。なんだか、余計クヤシイわけですよ。「あっちがもらえているのに、なんで、こっちが駄目なんだよ」というようなことで、実にもうその欲というものは、イヤシく、イヤラしい。とくに小生の場合など、いきなり今年だけ乱入してきた映画の部外者の癖にしてからですね、実に図々しい。図々しいったらありゃあしないの口 です。

 さて、んなわけで、一週間後には文化庁からの発表となりました。
 はじめて、最初からメディアに名前が出た受賞発表でした。
 事務所や自宅に次々に祝電や、花がとどけられました。
 これは、嬉しいものですね。
 実はこの発表前に記者会見がありました。その日になるまでは、出さないという約束のものです。
 レコード会社でやりましたら、活字メディアが10社来てくれました。
 申し述べたことは、

  1. 山下達郎と間違えているかもしれない。間違いだと言われる前にいただいてしまいます。
  2. 「大衆芸能部門」というジャンルの最初の受賞者は、三遊亭圓生さんというのは、実に光栄。
  3. しかしよく考えると、敬愛する落語の師匠たちと、ジャズマンが同じ賞を争うのは、申し訳ない。ジャズはもちろん「大衆芸能」だから、いまさら「音楽」部門に入れろというのは色々大変だろうから、「大衆芸能」の中の音楽賞として新しい分野を考えていただけないか。
  4. ジャズを大学で教える経験から、この音楽の素晴らしさを再発見した。
  などなどです。
 あと、言えばよかったとムラマツマネジャーと話したのは、「これで、<お前にはピアノを貸さない>と言われることが、なくなるのではないか」というセコイ話でした。

 賞をもらっていながらイチャモンをつけるということにもなってしまいましたが、これは3月25日、芸術院会館での授賞式のあと、宴会でスピーチをたのまれた時に、そこでも言ってしまったことです。いやあ、とんでもない奴にやったと国は後悔しているかもしれない。
 でも賞をもらったんだから、余計おとなしくはならないぞ、っていう筋はありますよね。
 かつて筒井康隆さんが、ノーベル賞をもらった大江健三郎さんに、これでもうどんなむちゃくちゃをしてもいい、それを期待している、という意味の事を言ったと思います。
 それですよね。
 これを肝に銘じております。

 これからも、妙な錯覚はしないように注意して頑張ります。

 というわけで、とりあえずの、受賞騒動のご報告でした。


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