創立20周年記念誌
抜粋版

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ごあいさつ

アンサンブルリベルテ吹奏楽団 団長 越川 博

本日は、創立20周年記念第24回定期演奏会ならびに20周年記念式典に、師走の大変お忙しい中、ご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
現在私共は、社会人を中心に85名で活動をしております。本団は、諸先輩方が築きあげてこられた精神を継承し、団員相互の親睦と音楽技術の向上を目指し、地域文化に寄与することを目的としています。
ご承知のように、近藤久敦先生を15年前から指導者としてお願いして以来、吹奏楽コンクール等で数々の賞を受賞し、特に全国大会に於いては7回出場し6回の金賞を受賞するまでに成長することができました。
20年間を振り返ってみますと、過ぎ去りし日々はとても短く感じられるものですが、私にとっては良い思い出と共に、仕事から帰るとリベルテ音楽事務所と化した自宅で、現在も格闘の毎日ですから、とても長く感じております。
最初の5年間は、理想と目標に向かってアットホームなとても楽しい時期だったと思います。そして次の5年間は徐々に意識革新を行い、練習に来ても楽器ケースを開かずおしゃべりを楽しむ団員を罵倒し、遅刻者・欠席者に目を光らせ「風邪をひくのは自己管理ができていない」「会社は休んでも、リベルテは休むな!」等々。また、この頃からハッタリのリベルテを自称し、がむしゃらに活動してきました。当時、急成長バンドと言われ、10年目の快挙で初出場ながらいきなり全国大会で金賞を受賞してしまいました。
10周年を迎える頃からゲストと共演を試み、「質」の時代を迎えました。特に5年程前から「脱コンクール」を提唱してから肩の力が抜けたせいか、安定した大人のサウンドと音楽性が出てきて、聴いている私がビックリするほど成長したように感じます。思えばハッタリで背伸びをしていたバンドがいつの間にか成長し、地に足がしっかりつくまでになったと思います。
今のレベルをいつまで持続できるかわかりませんが、25周年、30周年記念で皆様にまたお逢いできるのを楽しみに活動を続けていきたいと思います。
最後に、20周年を迎えるにあたり本日まで御支援いただきました皆様方に団員一同深く御礼申し上げます。今後とも御指導御鞭撻の程よろしくお願いいたします。
アンサンブルリベルテ吹奏楽団 幹事長 今給黎 文夫

本日は、アンサンブルリベルテ吹奏楽団創立20周年記念演奏会、並びに20周年記念式典にご来場頂きまして、誠に有難うございます。
1980年発足以来20年間当団が存続し続けているのは、初代団長をはじめ様々な方々の支えがあったからだと思っております。
当団も20周年という節目を迎え、この一年間を振り返りますと、生涯忘れることができない思い出の年となりました。コンクールに於いて昨年で3年連続全国大会出場(金賞受賞)を果たし、本年は名誉ある休暇を頂いたことにより、レコーディングをはじめ7月にはスペインバレンシア国際音楽コンクールでの招待演奏、山梨(甲府)での記念演奏会を行い大変好評に終えることができました。これもひとえに多くの方々の多大なるご支援があったからだと思います。団員一同とても感謝しております。
今後も、団長を中心に団員相互が協力し励ましあって25年30年と演奏活動を続けて行きますので、皆様のより一層のご理解を賜りたくお願い申し上げます。
最後にアンサンブルリベルテ吹奏楽団をここまで見守っていただいた関係各位の皆様に、厚く御礼申しあげます。

ご祝辞

アンサンブルリベルテ吹奏楽団 常任指揮者 近藤 久敦

月日が経つのは早いもので、このバンドがもう発足して20年が経過したとは嘘のようです。私がこのバンドと出会ったのは、1986年ですから今から14年前、このバンドのメンバーで、私が指導をすでにしていた埼玉大学吹奏楽部のOBの山崎君より「まだまだ人数もいないし上手くないのですが、やる気だけはあるバンドを指導してもらえませんか」というお話がきっかけで、このバンドとおつき合いをするようになったのです。実際やってみると、全く話しの通りでした。しかし、メンバーのやる気がすぐに実を結び、4年後の90年には全国大会に初出場出来るまでに成長しました。この前向きなやる気が現在のリベルテの活動の源となっており、常にほかの団体がやっていないことを取り入れようという精神が、このバンドをここまで成長させる大きな鍵となったわけです。
多くの初演作品を世の中に生み出し、世界各国からの多彩なゲストとの共演など様々な試みがなされてきた中、最近5年間での活動は、私にとっても特に印象深いことばかりです。
今年はそんな活動の節目の年になりましたが、これからも常に前に向かって、出来れば日本の吹奏楽界でのリーダーシップを取れるバンドに成長することを目標として、これからも活発に活動していきたいと思っています。

アンサンブルリベルテ吹奏楽団 副指揮者 西山 彰洋

アンサンブルリベルテ吹奏楽団が、20周年を迎えるという記念すべき年に、副指揮者として携わるようになり、早数ヶ月が過ぎようとしております。
この数ヶ月の間に団の方は、スペインへの演奏旅行を始めとする多くの行事をこなし、その内容も充実したものとして結果を残しております。ハードスケジュールの中、団員のみなさんが毎回の演奏に純粋に取り組んでいる姿には感心しました。
私自身、この団と携わる前までは一人の聴衆でしかなかった訳ですから、今まで20年の間の輝かしい実績を考えると、近藤先生を始めこれに携わってきた方々の努力は、並大抵の事ではなかったのではないかと思います。今年で20周年を迎えバンドの実力も衰える事もなく、更に研きのかかる時期に入ろうとしています。これを機に次なる目標に向かって発展していく事に大きく期待しております。
作曲家 飯島 俊成

川口市・アンサンブルリベルテとの縁は、リベルテが「吹楽V」に出演する際、「枯木のある風景」を書いたが始まりです。当時、まだ吹奏楽の作品をあまり書いていなかったにも関わらず、指揮者の近藤久敦先生、リベルテの皆が作品を委嘱して下さったことは、今の私があるための、とても大きなきっかけとなりました。
以来、演奏会やコンクールで多くの作品を取り上げて頂いてきました。「夢の花・・・、幻の花・・・」「トスカ」「威風堂々」・・・近藤先生とリベルテが世に送り出して下さった作品です。また今年7月のスペイン演奏旅行では得難い経験をすることもできました。
私は近藤先生とリベルテに育てて貰った、どれだけ多くのことを教えて頂いたことか、この数年間の自分を振り返った時の実感です。
また作曲をする時に、どこのパートにどんな人がいて、こんな音を書いたらきっとあんな顔をして演奏するだろう・・・そんなことを想像しながら作品を書き進めるのはとても楽しいものです。私は、近藤先生+リベルテを私のホームグラウンドと思い、また、そう思えることは作曲家としてとても幸せなことです。
アンサンブルリベルテ吹奏楽団 初代団長 青木 誠

創立20周年おめでとうございます。近年の皆様の輝かしい栄冠とご活躍は、執行部の皆様の御尽力もさることながら団員一人一人の情熱の賜であると思います。今後とも一層の精進を重ね末永く楽団の繁栄が続きます事をお祈り致します。また、私事ではございますが、この楽団の設立に関われた事、演奏者としても在籍出来た事に誇りと喜びを感じております。
思い起こせば、音楽の深い探求、演奏技術の向上、団員相互の親睦、地域社会への貢献を目的として、昭和55年5月15日に団員十数名で設立総会を開催し「川口アンサンブルリベルテ吹奏楽団」の第一歩が記されました。実に一年の準備期間を設けた難産での誕生でした。発足当時は様々な問題を抱えておりましたが、当時も今も団員一人一人の情熱が問題解決の力の源であると感じております。 初めて参加したコンクール(小編成部門:金賞)では、最低音楽器がバリトン・サックス一本という極めて変則的な編成であったことも今では懐かしい思い出です。そしてなにより近藤久敦先生という才能と良き理解者との出会いがこの楽団の現在の地位を築いたと言っても過言ではないでしょう。 近藤先生には新ためてこの場をお借りし御礼申し上げます。今後とも永く繁栄が続きます様、陰ながら応援いたしております。
アンサンブルリベルテ吹奏楽団 第二代団長 山崎 浩史

アンサンブルリベルテ吹奏楽団、20周年本当におめでとうございます。まずは、団長の越川君をはじめ、団員の皆様に敬意を表したいと思います。
また、近藤先生をはじめ、多くの方々の御支援、そして、団員の御家族の御理解があったからこそ、リベルテはこんなにすばらしいバンドになったんだなあと、元団員の一人として、感慨もひとしおです。私が在籍していたころの方々が、まだバンドの中心として活躍されていることも、とてもうれしいことです。
私自身も、リベルテで、自分の人生のひとときを本当に楽しく過ごさせていただきました。コンクールを目指した夏の暑い日の練習、楽器運び、練習後のみんなとの食事、長ーい総会、ボーナスをつぎ込んで買った打楽器などなど、今となっては、楽しい思い出です。
一緒に時間を共にしていただいた団員の皆様には、この場を借りて、ありがとうございましたと申し上げたいと思います。
今後のアンサンブルリベルテ吹奏楽団の御発展、そして、団員の皆様の御活躍を心から御祈念申し上げます。

メッセージを頂戴した方々

秋山 紀夫 様:元 武蔵野音楽大学 講師森山 征夫 様:十二月田中学校 校長新井 良朗 様:元 十二月田中学校 教頭
MALTA 様:サックスプレイヤー小貝 俊一 様:レコーディング エンジニア中山 喜雄 様:株式会社 河合楽器製作所
林 紀人 様:警視庁音楽隊長鈴木 博 様:後援会員御前 千代子 様:後援会員
松本 佳和 様:川口市議会議員酒井 正幸 様:全日本吹奏楽連盟 理事長平野 廣海 様:西関東吹奏楽連盟 理事長
小菅 正夫 様:川口市民音楽協会 理事長柴崎 一男 様:後援会員川端 興 様:後援会員
海老原 十九三 様:後援会員 前川口市民会館館長真島 俊夫 様:作曲・編曲家生沢 広次 様 川口地区吹奏楽連盟 理事長
田代 芳之 様:株式会社ダク天野 正道 様:作曲家鈴木 明 様:後援会員


おもいで

金子 康雄 Horn 80年入団(創設メンバー)

リベルテとともに20年、準備期間を入れると21年、余談ですが越川団長との付き合いは23年になります。リベルテの名前は、「自由」(ラテン語?)から付けたものです。今では珍しくありませんが、創立当時は「○○市民吹奏楽団」というような漢字バンドばかりでしたので、少しばかり目立っていました(カタカナバンドと呼ばれたりもしました)。
初めての練習は、1980年5月11日(日)・川口芝東中?の音楽室だったと思います。10人位の編成でニューサウンズの「ベンジーのテーマ」をやりました(犬が出てくる冒険ものの映画)。それはもうスゴイもんで中学生にも聞かれたくないような演奏でした。譜面があればもう一度ちゃんとした演奏をしてみたいものです。それからしばらくは20人前後の団員で活動を続けていましたが、越川氏が入団し、大学の知り合い関係から多くの方が入団することになり現在の基礎ができたように思います。当時は、埼玉大学・駒沢大学・亜細亜大学のOBの方が大勢いらっしゃいました。
あっという間の20年、もうすぐ四半世紀、まだまだ頑張りますのでご協力お願いいたします。

小倉 佳之 Oboe 89年入団

1989早春 大学のバンドを引退後まもなく、亜細亜の先輩でもある団長よりお誘いを受けていた『リベルテ』見学のため、戸田市文化会館での練習に参加した。 練習室のドアを開けると、母校や他大学の顔見知りの怖い先輩方も何名か見え、緊張しながらの基礎練習。初めて配られた楽譜が序曲「ピータールー」。近藤先生がアレンジを終えたばかりのこの楽譜に、いのちを吹き込む最初の瞬間であった。
曲名はおろか作曲者の名前すら聞いたこともないままにGの音が小さく鳴り響く。美しい第一主題がゆっくりと流れた後、ピッコロとオーボエだけの第二主題。ピッコロ奏者は大学の大先輩、お互いに気を使いながらの演奏で久しぶりの再会を楽しむ。田園風景を思わせる平和な場面に突如として現れる打楽器と金管の不協和音。早いテンポに、初見ではまず出来そうに無い木管のパッセージに脱落者が多数。
その後、静けさが戻ると何故か団員の視線を強く感じる。なんと直後にオーボエの大ソロ、知らなかったのは私だけ。この時が"リベルテ思い出のソロデビュー"でした。その年の定演・コンクール以降、'9110周年記念定期演奏会、今年の20周年記念定期演奏会及びスペイン演奏旅行と大切な節目にこのソロを吹かせていただき、越川団長・近藤先生及びリベルテに関わったすべての方々に感謝いたします。これからも世界一のバンド目指して日々精進していきましょう。

谷口 進也 Clarinet 90年入団

早くも入団して11年が経とうとしています。就職とともにリベルテに入団し、もうそんなになるのだなあと思います。でも行き帰りに乗るバス停の順番は未だに覚えていません。(ほとんどうとうとしていることが多い。)
吹奏楽コンクールでは何度か全国大会に行くことができました。県大会・関東大会へ向けての土・日の練習は時間を取られ、最初の頃は、もうやめたい、できればコンクールのときだけやめたい、なんて思ったことも何度かありました。でもやはり楽器を吹くのが楽しかったのでしょうか。今は、とりあえずやめたいとは思わなくなりました。
リベルテではいろいろ楽しいことがありました。様々な場所での依頼演奏、特にサッポロビール祭での演奏は楽しく、また行ければ・・と思っています。あとは演奏会、コンクールでいろいろなところに行くこと、などはもちろん楽しいイベントですが、そのほかにアンサンブルも大切な活動でした。アンサンブルコンサートやコンテストに向けての小人数での練習は、仲間との交流も深まり、充実した時間でした。
今までに多くの団員が入れ代わりました。最近は、自分がいつまでこのままリベルテで演奏していられるのか・・・ということを考えたりしながら続けています。

堀越 巌 Eng.Horn 90年入団

リベルテの仲間から"がんちゃん"と呼ばれるようになってから10年になります。入団時の1990年はリベルテが初めて全国大会に出場した年です。それまではコンクールとは無縁の環境で過ごしてきた私は同級生のOboe O氏の「楽器を持って遊びに来いよ」の一言で練習に参加するようになり、訳もわからず札幌まで行ってしまった覚えがあります。
以来、趣味であって遊びでないこのバンドの魅力にはまり、編成にも恵まれEnglish hornで活躍させてもらっていますが、やはり入団当時の狭い会議室をビリビリいわせる大音量と整理された和音の中に身を投じる快感は今でも印象に残っています。
それこそ私生活では色々ありました(失業、入院、手術等)が辞めようと思った事は一度もありません。スペインの市民楽団にいたカッコイイお爺さんプレイヤーが将来の目標です。これからも、いつまでも"English hornのがんちゃん"であり続けたいと思いますので、皆さんどうぞよろしくおねがいします。

高橋 信也 Horn 86年入団

私がリベルテに入団したのは、中学を卒業して間もない頃でした。
当時のメンバーには、越川現団長をはじめとする中学の先輩諸氏が数多く在籍していたのが縁で、ある日練習に見学へ行きました。練習後、晩飯をおごってやるというのでついていったら…オーダーしたものが目の前に置かれ一口したとたん「ハイ!入団決定!!」こうして契約金スパゲティボロネーゼ(当時480円)中卒大型ルーキーとして極○の道…もとい、リベルテライフが始まったのです。あれから15年…(あ、今オフFA宣言しよかな?)気がつけばもう人生の半分以上リベルテに在籍しています。
振り返ってみると、リベルテの活動を通じて、実にたくさんの人たちと出会いました。(最愛のパートナーもその一人です)
また、非常に多くの貴重な体験を通じそこから多くのことを学びました。私にとってリベルテとは、ある意味学校のようなものです。これから先、いつまで吹けるかわかりませんが、"卒業"することなく"進級"(決して留年ではない)し続けていきたいと思います。少なくとも上級生だけど同クラスの金子氏より先に卒業するわけには…。

星野 清悟 Trombone 90年入団

私がリベルテに入団したのは、大学卒業目前の平成2年1月でした。
入団の理由は、知っている先輩が多かったということもありますが、私自身、埼玉大学で出場した札幌での全国大会でリベルテの演奏を聴き、そのサウンドの美しさに感動したことでした。入団した当時は、自分が今まで経験したことがないようなレベルの中で演奏できる喜びで、毎週の練習に行くことが楽しみでした。特にポップスの演奏はとてもノリがよく、「ボレロ・イン・ポップス」など演奏していて燃えに燃えた記憶があります。
演奏会では、毎回多彩なゲストに来て頂き、とても刺激になりました。特に入団2年目の時のリード先生は、高校時代に多くの作品を演奏したこともあり、お会いする前からドキドキでした。リード先生がリハーサルのため川口市民会館に現れた時は、まさに後光がさしているように見えてしまいました。この時の演奏会は、リベルテ最初で最後?の2回公演ということでも印象に残っています。それ以外でもマルタ先生は、ともすれば忘れてしまいがちな、心から音楽を楽しんで演奏する喜びを再び思い出させてくれました。
コンクールでは、毎年毎年よく練習したもんだなあと思いますが、特に平成9年の所沢の全国大会が印象に残っています。この時は前年西関東で銀賞だったということもあり、地元での全国大会にぜひ出場したいという気持ちが強く、パート練習もかなりやった記憶があります。そのかいがあって全国の12分間は、自分でも楽しんで演奏できました。録音を聴いても自分の演奏のベストだと思います。
以上、特に印象に残っていることを書いてみましたが、リベルテでの10年間は、本当に充実してあっという間でした。これからも純粋に音楽を愛する仲間たちと、活動を続けていければいいなと思っています。

外山 薫 Clarinet 90年入団

私が入団した当時は、団長よりも誰よりも"お局様"と呼ばれるお姉さま達が絶大な影響力を誇っておりました。当時ClaパートリーダーだったI氏がひたすら低姿勢でお局様達に接していたこともあり、大学生になりたてだった私がリベルテに入団して一番最初に覚えたことは「お局様達のご機嫌を損ねちゃいけない」ということだったと言っても過言ではないでしょう!
私が入団した年は、リベルテが初めて全国大会に出場できた年でもあります。無事に金賞をいただけたことや、会場が地方(札幌)で開放感があったことも手伝って、大会後の打ち上げはものすごい盛り上がりでした。そして私は新たな衝撃を受けたのです。なんと中森明菜の唄を振付きで熱唱している男性がいるではありませんか! お局様達は「Gちゃ〜んっ!」とさかんに黄色い声援を送っています。「すごいバンドに入っちゃったなぁ…」というのが当時の正直な感想です。
私も今ではすっかりバンドの色に染まり、入団10年を数えます。気が付けばお局様達はみんな引退なさって、恐ろしいことに当時のお局様より年長になってしまいました。ここ数年内に入団してきた人々が私に対して丁寧なのはなぜか。感慨深いものがあります。

木村 聡 Percussion Harp 90年入団

この楽団に入団したのは、当時 大学の先輩が何人か所属していてハープのエキストラとして参加したのがきっかけでした。その時は、他の一般バンド(NWO)に入団していましたが,リベルテは『これからうまくなりそうだな』と思い入団しました。
同世代の仲間も出来、実は練習よりもその後の飲みや食事を楽しみに通った頃がありました。その仲間はよく飲みよく食う奴が多かったので、いつもテーブルにのりきらず最後の会計でブッ飛ぶことがありました。今思うと一番充実して楽しい時だったような気がします。その仲間も諸般の事情で少しずつ去っていき、練習に身を入れ始め打楽器アンサンブルを積極的にやりました。毎年いろいろなCDや演奏会で曲や譜面を探し、取り組んでいました。一般バンドとしては珍しく打楽器の所有が充実していて、練習環境には満足しています。全国大会等でいろいろな地方へ行けたのも良い思い出になりました。北海道・佐賀・愛媛 そして2000年にはスペイン、これからも世界各地、旅行?したいです。人生生活も団内で結ばれ、二人で音楽を続けています。
この20年間、リベルテにとっては大きく様変わりしました。これからも活気ある素晴らしい音楽を奏でられるバンドになって行けたらと思います。

坂本 学 Percussion 89年入団

「平成とともに12年目」になってしまいました。
学生のときの知り合いや先輩がいたということで、平成元年に入団しましたが、その当時は今のリベルテの様相を想像する事はできませんでした。戸田文化会館練習室での練習は、ティンパニの代わりに"ロートタム"か"ドラムセットのタム"(あっマルチタムの時もありました)。しかし、これらの楽器に始まり殆どの楽器(なぜかチャイムが個人所有、有難うございますAさん)が個人所有品、ある事自体が感謝で文句なぞ言えません。そんなある日、「おまえらを全国大会に連れていってやる!」と団長の一言。いつのことやらと思っていたその翌年、いきなり全国大会初出場 金賞受賞、その後はご存知のとおり。
その間、団員の皆様にご迷惑をかけながらも、コンクール・団内の活動に限らず、多数の貴重な体験をさせていただきました。これらは団長、近藤先生、団員をはじめとする、公私に関わる皆様のご理解・ご協力なくしては有り得ないものです。
これら関係各位に感謝するとともに、これからもご迷惑をおかけするかもしれない事をお詫び申し上げます。〜 物流が天職の金物プレイヤー 〜

小谷津 明日美 Clarinet 91年入団

リベルテに入団して早数年の年月が経ちました。初めて見学に来た日のことは昨日のように覚えています。
ここで告白なのですが、実は見学に来た当時はリベルテに入団する予定ではありませんでした。初見学の後、挨拶をするときに団長が「今度入団することになった小谷津さんです!」と紹介して下さったので、結局「・・・よろしくお願いします」としか言いようがなく、次週も練習に来ることになりました。でも今から思えば、リベルテに入団して本当によかったと思います。
ここでは、たくさんの仲良しの友達が出来たし、全国大会には何度も出場して、金賞を受賞することが出来ました。ここまで長い間リベルテを続けていられたのも、よい仲間に出会えて楽しい時間が過ごせたからだと思います。
今までの中で1番の思い出は、佐賀の全国大会で金賞をもらった時のことです。私がリベルテ3年目での初金賞だったのでとても心に残っています。
大会後の飲み会も、とにかく大騒ぎでその時のことは今でも楽しい思い出です。・・・よねっ、千鳥の ゆりさん!(内輪にしかわからない内容ですみません)
これからもリベルテを続けていられる限り、楽しく過ごしていきたいと思います。

芳村 祐典 Trumpet 95年入団

私がリベルテに入団して、そろそろ6年になります。その間バンド全体としては勿論ですが、パート内でも随分とメンバーが入替わりました。
気が付けば私も古い方から数えて2番目です。私の入団当時のリベルテは既に練習場所も固定していたし、コンクールの成積や演奏会のスタイル・知名度などもある程度安定してきていた様に思います。考えてみればそんな状態がもう6年も続いている訳で、それもただ状態を維持するにとどまらず、春に行ったCD録音や夏のスペインツアーにおける海外進出など、新しい試みにも積極的に挑戦し続けています。
人員不足や場所確保・運営資金などの問題により吹奏楽団としての体裁を保つ事自体で手いっぱいのバンドもたくさんある中で、これはすごい事だなぁと改ためて感じます。
当然個別に考えればリベルテにも多くの問題があり、改善すべき点もたくさんあります。しかし総合的に音楽面・運営面がこれだけバランスのとれたバンドはあまりないんじゃないんでしょうか。言うまでもなくこれはバンド内外の、今まで運営にかかわってこられた多くの方々の苦労や努力を抜きにしては語れない事です。
20周年という節目の年を迎えるにあたり私たち1人1人がその点を再認識し、更なる飛躍に向け邁進できればと思います。

田村 由佳里 Alto Saxophone 98年入団

この度、20周年を迎えるリベルテより私は2つ、3つ年上です。そんな「年下」のリベルテに支えられて私も大きくなりました。
スペインで見たフラメンコダンサーのホセ、彼の踊りには「強く生きなくちゃ」の想いを強くさせられました。現地の水には体調を崩し、騙された、と頭の中で繰り返しながらも「強く生きなくちゃ」の想いを一層強くしました。帰路に就く飛行機の中で、見知らぬ外国人に両隣を挟まれ、圧迫されながらも「負けるもんか、強く生きなくちゃ」と不安をかき消すように心の中で繰り返しました。
こんな機会をくれたリベルテに感謝しています。そして3年目の今、団員の皆様の暖かい御心に触れ、ようやくリベルテに馴染んできた今日この頃です。


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