「じゃあ綾香、後はお願いね」

「それじゃ、行って来ますね。晶香ちゃん、綾香さんの言うことをよく聞いて、

お留守番するんですよ?」

「は〜い!」

私の横で、元気に返事した少女は来栖川晶香。私のいとこ。そして、私の前で

車に乗って走り去ったのは、私の母と叔母……晶香の母。

 そして、それを呆然と見送る私は来栖川綾香。晶香の子守を押しつけられて

しまった。

「人のこと無視して勝手に決めないでよ〜!」

私は走り去る車に向けて叫んでいた。



 今朝、叔母と晶香が訊ねてきたときいやな予感がしていた。案の定、母と叔母

が出かけることになり、私は晶香を押しつけられた、というわけだ。

 普段なら、使用人に任せるところだが、今日に限ってほとんどの使用人に休み

を取らせたため、家にいるのは私と姉さん、執事の長瀬と数人の居残り組だけで

あった。

 その姉さんと長瀬は朝早くに買い物に出かけたためいない。いない人の分まで

忙しい居残り組の使用人たちにも迷惑もかけられず、必然的に私におはちが回っ

て来たというわけだ。

「はぁ」

居間のソファーに座った私は、ため息をついた。

「綾香お姉ちゃん、どうしたの?」

晶香が私の顔をのぞき込んでいる。その顔は、幼い頃の私や姉さんにそっくり。

「え?あ、いえ、なんでもないのよ」

あわててそう言ったが、何でもないことはなかった。

 今日はエクストリームに向けて、葵や浩之たちと一緒に練習することになって

いるのだ。ところが、晶香を押しつけられて家から出るに出られない。

「はぁ……」

どうしたものかしら、と考えた末に、あるアイデアが浮かんだ。

「ねぇ、晶香、お姉ちゃんとお出かけしようか?」

そう言うと、晶香は嬉しそうに、

「うん!」

と頷いた。



 ピンポーン……

 呼び鈴を押す。しばらくすると、はーい、という声とともにドアが開いて、

浩之が姿を見せた。

「おはよう、浩之」

私が声をかけると、浩之は私を、次に私と手をつないでいる晶香を見て、

「…………」

バタン、とドアを閉めてしまった。

「ちょ、ちょっと!浩之!なんで閉めるのよ!」

すると、ドアの向こうからあわてたような声が聞こえてきた。

「お、俺には子持ちの女子高生の知り合いなんぞおらん!」

「ばか!あたしの子じゃないわよ!」

あたしがそう言うとドアが少し開いて浩之が顔をのぞかせた。

「じゃ、誰の子だ?」

「この子はあたしのいとこよ」



 「じゃ、子守押しつけられて、つれてきたのか?」

浩之の家の居間。事情を浩之に説明したところである。

「そ。それで、ちょっと頼みたいことがあって……」

横でジュースを飲んでる晶香を見ながら言う私。

「俺にやらせようってんなら、無駄だぞ。俺も練習に出るからな」

「わかってるわよ。わたしは、あかりさんにお願いできないかなって」

「あ、それ無理だ。あかりのやつ、親の実家に帰ってるから」

浩之の言葉に、呆然とする。そう言えば、今はお盆。帰省してて当然。

「ほ、他に心当たりはない?」

浩之に訊いてみる。

「志保は……だめだな。バイト料請求してくるだろうし。あと、レミィ

はアメリカに里帰り中。う〜ん、だめだ、心当たりなし」

「そんな〜。じゃ、連れていくしかないの?」

「いいんじゃねーか?べつに」

「ふぅ……」

ため息をつく私の横で晶香が言った。

「ねえ、お姉ちゃん、晶香がいちゃ、邪魔なの?」

「えっ?」

見れば、晶香が不安そうな顔をしてこっちを見ている。

「お姉ちゃん、さっきから晶香のことで困ってるみたいだから、晶香が邪魔なの

かなぁ、って思ったの」

あ、私そんなこと考えてなかった……

「お母さんも晶香を置いて行っちゃうし……お姉ちゃんも晶香のこと邪


魔みたいだし……」


みるみる晶香の目に涙が溜まっていく。

「あ、あのね、晶香……」

私はあわてた。私の言ってたことを、こんなに気にしてたなんて。

「晶香のお母さんは、お仕事に出かけたの。別に、晶香が嫌いだったりするわけ

じゃないのよ?お姉ちゃんも、晶香が邪魔なんじゃなくって、お姉ちゃんがご用

事済ませてる間、晶香が待ってるだけじゃ退屈なんじゃないかって心配してたの」

私がそう言うと、晶香は不安そうにこっちを見た。

「じゃあ、晶香おとなしくしてるから置いていったりしない?」

「もちろんよ!」

私は晶香に微笑んで見せた。

「よかった!」

晶香もにっこりと笑う。

「で、どうするんだ?」

今まで黙っていた浩之が口を開いた。私たちがその存在を忘れて話を進めていた

ことで少々不機嫌になってるようだ。

「あ、浩之ぃ、ゴメーン。この子も連れていくことに……」

そのとき、電話が鳴った。浩之は黙って席を立つと、電話に出た。

 二分ほどで戻ってきた浩之は、葵からだったと告げた。

「葵ちゃん、今日はこれなくなったって」

「え?なんで?」

「お袋さんが風邪ひいて寝込んだらしい」

「ふーん」

ということは。今日の練習はなし、か。

…………じゃあ、晶香を連れていく必要はなくなったって事?

「練習無いんなら、その子、どうすんだ?」

浩之が尋ねてくる。

「う〜ん……」

しょうがないから連れて帰るか……でもここまで出て来といて、帰るの

ももったいないかなぁ……

「ねえ、お姉ちゃん。晶香、おなか空いた……」

晶香が言った。

「そういや、俺も……あ、もうすぐ昼だ」

浩之も、時計を見て言う。

「なあ、お前ら、どうせ帰っても暇なんだろ?」

「え、うん。まぁ」

浩之に答える私。

「じゃあさ、せっかくだしどっかに食べに行って、ついでに遊んでこようぜ?

そっちの可愛いお嬢ちゃんも家でだらだらしてるよりそっちの方が嬉しいだろ

?」

「うん!」

晶香は即答した。確かに、たまにはいいかも……浩之と出かけるのも。

「いいわよ。晶香も楽しみみたいだしね」

「わーい!」

私の答えを聞いて、晶香ははしゃいで飛び上がった。
……内心、私も少しはしゃいでるんだけどね。





 「ねえ、ねえ、お姉ちゃん、おっきな風船が浮いてる!」

晶香が遠くに見えるアドバルーンを指さして言う。

「あれは、アドバルーン、て言うのよ」

「ふーん」

晶香はここに歩いて来るまでの間にも、あれは何、これは何、と尋ねてきた。

年齢的なものもあるが、普段こうして街を歩くなんてしないだけに余計いろんな
物が珍しいのだろう。その都度、私と浩之は晶香に説明していた。

「あ、お姉ちゃん、お兄ちゃん、晶香あれが食べたい!」

晶香が両手で私たちを引っ張って示したのは、

「え?こんな物が食べたいの?」

牛丼屋だった。

「だって、晶香食べたこと無いんだもん」

「そーか。食べたこと無いのか。じゃ、食べようか?」

そう言って浩之が晶香と並んで歩き出した。

「あ、待ってよ!」

私もあわてて追いかける。

「ねぇ、いいの?こんなとこでお昼すましちゃって」

浩之のそばでそっと聞いてみる。

「ん?あの子が食べたいってんだから、別にいいさ。一人でもどうせ似たような

もんしか食わねーからな」

そう言って晶香を見る浩之の瞳は、優しかった。

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