その日俺は、とても新鮮な気持ちで、一つのマンションの前に立っていた。

そこは、俺と、俺にとってとても大切な人たちが住む場所。

舞と、俺と、佐祐理さんの三人で暮らす、かけがえのない場所。

やっと約束を果たせるな、舞、佐祐理さん……



ぽかっ!

「痛っ!」

突然後頭部を衝撃が襲う。こんな事をする奴は一人しかいない。

「なにするんだよ、舞!」

振り向くと、そこには案の定彼女が立っていた。

「……祐一、早く荷物運ばないと、邪魔」

彼女……舞の指さした場所には、いくつかの家具や段ボールが積まれている。

このマンションに引っ越すに当たり、俺が水瀬家の自分の部屋から運んできたものだ。

「わかってるよ、んなことは……ったく、せっかくいい気分に浸っていたのに……」

「あははー、舞は嬉しくて照れてるんですよー」

ぽかっ!

今度は佐祐理さんにチョップ。

今年、俺はめでたく佐祐理さんや舞と同じ大学に合格、はれて三人で暮らせることになった。

一年早く大学に入ってアパートで二人で暮らしていた佐祐理さんと舞も、俺と三人で住むために

このマンションに一足早く引っ越してきていた。

そして今日、俺が最期の同居人として引っ越してきたというわけだ。

「あははー、でも、ホントに邪魔ですから早く片づけてくださいねー」

……確かに邪魔だろう。

マンションの部屋の入り口にこんな荷物積んでたら、部屋に入れない。

そりゃ、こんなところに置いた俺も悪いが……

「そう思うなら手伝ってくれ……」

ま、こう言えばこの二人のことだ、手伝ってくれるだろう。

「……はちみつくまさん」

「わかりました〜」

二人ともそこいらにある荷物を手に取る。

「さんきゅ」

一応礼を言う。すると、

「あはは〜、これ、重いですね〜」

佐祐理さんが箱を賢明に持ち上げようとしている。が、ぴくりとも動かない。

箱を見てみると、「本」と書かれていた。

「ああ、それは俺が運ぶから、軽いのを運んで……」

運んで置いてくれ、と俺が言い終わらないうちに、舞が佐祐理さんの側へ立つ。

「佐祐理はこっちを運んで。私がそれを運ぶから」

そういって自分の持っていた「服」と書かれた箱を佐祐理さんに持たせて、自分が本の箱を運ぼうと

手をかけた。

「いくら舞でも無理だってば……俺が運ぶから……」

しかし、舞はひょい、と抱え上げると、そのまま部屋の中に持って入ってしまった。

「…………」

「はぇ〜、舞って力持ちなんですね〜」

後に残されたのは呆然とする俺と佐祐理さんだけだった。

なぁ、舞……お前、魔物を倒すのに、技とスピードじゃなくて、力で押し切ったのか……?

そんな事を考えさせられた。



「なんとか片づきましたね」

リビングにお茶とお菓子を持って佐祐理さんがやってくる。

「お、佐祐理さん、ありがと」

「後で今夜の夕食の買い物に行かないといけませんね〜。ね、舞?」

「はちみつくまさん」

「というわけで、スーパーまで運転、よろしくお願いしますね、祐一さん」

「事故起こすかもしれないからやだ。なんせ初心者だからな」

受験が終わって暇だったから、俺はさっさと車の免許を取った。

車はこっちにいるころに親父が乗っていたのをもらった。

まだ免許をとって日が浅いから、自信はないけど……

「大丈夫ですよ、信じてますから。ね、舞?」

「祐一なら大丈夫……」

二人にじっと見つめられて、俺が断れるはずもなく……



三十分後には三人で仲良くスーパーに向かってドライブしていた。

俺が運転して、舞と佐祐理さんは後部座席に仲良く並んでいる。

「……どうしてどっちも助手席に座らないんだ?」

「え?何か言いましたか?」

「……?」

「いや、なんでもない……」

ちょっと寂しかったりする。

「気持ちいいよね〜、舞?」

「鳥さんになったみたい……」

窓を開けて吹き込んでくる風に身を晒している二人。

春だしなぁ……天気もいいし。

バックミラーで楽しそうな二人を見ながら、つくづくこの二人と知り合って良かったと思う。

……みんな、心に大きな傷を持っているけど、それさえも癒してしまえる、そんなふうに暮らしたい。

とか考えているうちにスーパーに着く。

「それじゃぁ、佐祐理達は行ってきますけど……祐一さんはどうします?」

「ん〜……俺はそっちで時間つぶしてるわ。済んだら呼んでくれ」

そう言って俺はゲームセンターを指さした。

「……わかった」

「それじゃ、待っててくださいね〜」

二人は仲良く店の中に入っていった。



十数分後、クレーンゲームでいくつかのぬいぐるみを稼いだ俺が駐車場に戻ると、まだ二人はいなかった。

やっぱり買い物にはいろいろと時間がかかるものらしい。

缶コーヒーを飲みながら二人を待つ。

「あ、祐一さん、お待たせしました〜」

手を振りながら佐祐理さんがこっちにやってくる。舞は当然その後ろにいる。

「言ってくれれば、荷物、取りに行ったのに……」

二人が両手に持っている重そうな袋をそう言ったのだが、

「……大丈夫」

「あはは〜、これくらいなら佐祐理も平気ですよ〜」

「そう?ならいいんだけど……無理しないで言ってくれてもいいんだぜ?」

「……持てなかったら手伝ってもらう」

「そのときはお願いしますね?」

まかせとけ、と言ってから、荷物を積んで家に車を走らせる。

その帰りの車の中。

「あ、そうそう。祐一さん、今度の土曜日空いてますか?」

「ん?空いてるけど……なんで?」

唐突な佐祐理さんの質問に俺は正直に答えた。

「えっとですね……大学で新入生歓迎のダンスパーティーがあるんですよ。それで、祐一さんにもぜひ

 出席して欲しくて……ね、舞?」

「……また祐一と踊りたい」

舞のそう言う声が聞こえる。おそらく顔を少し赤くしてるんだろう。

「佐祐理が実行委員をしてるんです。祐一さんが入学するからやってるんですよ〜」

嬉しそうに佐祐理さんが言う。よっぽど楽しみみたいだな……。

「わかった。行くよ」

「よかったね、舞。祐一さん、来てくれるって」

「…………」

「あ、そうそう、もちろん佐祐理と舞も行きますから、しっかりエスコートしてくださいね〜」

「お姫様二人のエスコートとは、光栄ですよ」

佐祐理さんと俺はくすくすと笑った。舞も、俺と佐祐理さんにしか解らない表情でかすかに微笑んでいる

だろう。

「楽しみだな……」

そう呟いた俺は、まだ、そこで待っているものを知らなかった……。





確かに勘違いした俺が悪い。

佐祐理さんにどんな服着て行けばいいか聞いたとき、「普通でいいですよ〜」とか言われた気もする。

しかし、今、目の前に広がるパーティーの会場は、俺や舞の予想とは違っていた。

「あ、祐一さん、舞、こっちですよ〜」

白のブラウスにスカートと言った格好で準備をしていたらしい佐祐理さんがこっちに手を振っている。

「あの〜、佐祐理さん、ダンスパーティーですよね……?」

「はい、そうですよ。それが何か?」

「……高校の時と、違う」

ぽつり、と舞が呟く。

そう、「新入生歓迎ダンスパーティー」というのは、俺や舞が高校の時に体験したようなものではなく、

どっちかというとディスコ(死語)っちゅーか、クラブみたいな感覚のものだった。

佐祐理さんが準備委員会をしているくらいだから、それなりのものを想像していたのだが……甘かった。

よく考えれば、普通の大学であんなダンスパーティーをするわけがない。

ようするに、コンパだ。

「ま、これはこれで楽しそうだし、いいか……」

「はい、楽しんでくださいね〜」

「…………」

気持ちを切り替えて楽しむことにした俺、にこにこしている佐祐理さん、黙っている舞。

舞の様子が気になりはしたが、そうこうするうちにパーティーと言う名のどんちゃん騒ぎが始まった。



まぁ、準備委員会の人たちはともかく、参加者には新入生が多いこともあって、会場は早速ナンパ野郎の

巣窟となっていた。

純粋に楽しむ奴もいるだろうが、ナンパ目当てで来る奴も多い。

これからの大学生活、可愛い女の子と過ごしたい、って気持ちも分からないでもないが……

「……どうなっとるんじゃ、これは」

舞と佐祐理さんに多数の男が群がっているのだ。

そりゃ、二人とも可愛いが……ちょっと側を離れた隙にこれだ。

それでも、佐祐理さんのおかげで二人とも男どもの魔の手から逃げ切っていた。

「おい、二人ともすごい人気だな〜」

半分呆れるような口調で二人に話しかける。

「あはは〜、でも、大丈夫ですよ。ちゃんと断ってますから。ね、舞?」

「……祐一としか、踊らない」

事実、俺としか踊ってないけど。

それにしたって、断ってるって……

「そんなコトして大丈夫なのか?」

心配になって訊いてみるが、佐祐理さんは、みなさんいい人達ばかりですから、と笑って答えた。

そりゃ、下手にしつこくして嫌われたくはない、といったところだろうけど……

「ねぇねぇ、君たち、新入生?」

そんなことを考えていると、一人の男が声をかけてきた。

「可愛いじゃん。よかったら、俺と踊らない?」

見るからに軽薄そうな男だ。

「すみません、佐祐理たちは準備委員ですから……」

「……ごめんなさい」

佐祐理さんと舞がそう言って断るが、その男は引かなかった。

「え〜、別にいいじゃん。みんな楽しんでるんだしさぁ……準備委員なら新入生の俺にサービスしても

いいんじゃないの?」

そう言ってこともあろうに舞の方へと手を伸ばす。

さて、黙っていられるのもここまでだ。

「悪いが先約があるんでな」

俺は舞とそいつの間に立ちふさがった。

「なんだよ、おまえは……」

「彼女の連れだ……っつーか、知り合いだ。あんたには悪いけど、諦めてくれ」

俺の言葉にそいつは、ふーん、と俺と舞を見た後、こう言った。

「じゃあ、こっちの彼女はフリーってわけだよな?」

そして、今度は佐祐理さんの肩に手を回す。

「な……」

「…………」

「え、あの〜……」

俺はあっけにとられ、舞は険しい目でそいつを睨み、佐祐理さんは困った顔をしている。

「お前はそっちの子がいるんだからいいだろ?」

そう言って佐祐理さんの肩を抱いたまま俺達の側を離れていく。

「おい、ちょっと……」

待て、と言おうとして、最後まで言えなかった。

「……佐祐理を連れて行ったら、許さないから」

舞が目にも留まらない速さで佐祐理さんとそいつの前に立ちふさがり、手刀を構えていたからだ。

「やめろ、舞!」

「舞!」

「……女のくせに俺とやろうってのか?」

俺と佐祐理さんの制止の声を後目に、そいつも挑戦的な目で舞をにらみつける。

佐祐理さんを、どん、と突き飛ばし、構える。

見ると、少しづつ人が集まりだしている。

それに、やつの仲間らしい連中もその中にいるようだ。

まずい、このままだと、あのときの舞踏会の二の舞になる……そう考えたそのときだった。

「何をしているのかな?」

その声とともに一人の男が俺達のところへ近づいてきた。

「久瀬さん……」

佐祐理さんの少し驚いたような声。

そう、久瀬だった。

高校時代、佐祐理さんを生徒会に引き込むために、舞の退学騒ぎを画策した張本人……。

予期していなかった奴の登場に、俺も少々動揺している。

ますます不味いことになった。

こいつが同じ大学で、なおかつこんなところに現れるなんて。

「ふむ……」

俺達を一瞥して、久瀬は言った。

「君たちはつくづく騒ぎを起こすのが好きなようだね」

久瀬の一言に、舞は無言、俺と佐祐理さんは僅かに顔をしかめた。

いちいち嫌みな奴だ。

「とはいえ……今回は彼らじゃなく、君に原因があるようだが?」

しかし、はじめから自体を見ていたのだろうか、舞と対峙しているその男に久瀬は言葉を向ける。

「……だったらどうするってんだ?この女の代わりにやるか?」

こっちには仲間もいるんだぞ、と言いたげに久瀬にも挑発的な言動を送る。

しかし、久瀬は何も感心がないようにその視線を受け止める。

「いや、僕にその気はない……」

男の目に、久瀬に対する侮蔑の色が浮かぶ。

「しかし、君たちでは川澄さんには束になってかかっても勝てないさ。そこに彼女のナイトもいるようだ

しね」

俺の方を見て意味ありげに口の端をつり上げる。

「ば、馬鹿にするな!いくらなんでも女一人に……」

「負けるわけがない、かい?そう思うのならやってみることだ。結果は自ずとでるさ」

久瀬は以前に身をもって舞の強さの片鱗を体験している。だから久瀬にはわかっているのだろう。

舞の強さが。

やつがぎり、と歯をかみしめる音が聞こえる。

「もっとも、佐祐理さん……倉田さんに手を出すなら、僕も黙ってはいないがね」

その瞬間、今まで無関心に見えた久瀬の目に、ものすごい気迫が満ちる。

かつて戦っていた魔物……それと同種の気配、殺気を帯びている。

まだ佐祐理さんになにかをさせたいのか、それとも別の理由かわからないが、本気のようだ。

「佐祐理さん……」

俺が視線を送ると、意図したことがわかったのか、佐祐理さんが俺の側へとやってくる。

やつは、久瀬と舞の両方から睨まれてさすがにひるんだようだ。

仲間らしき連中も、これ以上騒ぎを大きくしたくないらしく、手を出してこない。

やがて、準備委員会の人たちがやってきたらしく、そいつらは「覚えてろ」の捨てぜりふを残してその場

を去っていった。



その後すぐにお開きとなったこともあって、気まずい思いを残したまま俺達は会場を後にした。

佐祐理さんは本来なら片づけなどが残っていたらしいのだが、騒ぎのことを知った準備委員会の人たちが

心配して、大事をとって早く帰宅できることになったそうだ。

久瀬の方はというと、とりあえず礼を言った俺達に、

「勘違いしないで欲しいが、僕は君や川澄さんがどうなろうと知ったことではない。ただ、倉田さんが

巻き込まれることに黙っていられなかっただけだ」

そんなことを言った。

佐祐理さんは、困ったような、複雑な表情をしていた。

そんなわけで、俺達は車で家路についている。

しかし、どこか重い雰囲気に包まれて三人とも無言だった。

「ちょっと寄り道していいか?」

俺の突然の提案にも二人は黙って頷いた。



「はぇ〜……綺麗なところですね〜」

「……本当に奇麗」

車を降りたとたんに、佐祐理さんも舞もホントに驚いている。

ここは俺が一人で夜中のドライブで……眠れない夜なんかによくやる……見つけた場所。

街からは少し離れている丘の中腹にあるせいか、星がよく見える。

人が来そうにない公園なのによく整備されていて、休むことなく噴水が作動し、夜はライトアップされ

ている。

「こんなところ、よく見つけましたね〜」

「いや、ちょっとぶらついてるときにね……」

「……ありがとうございます、祐一さん。さっきのことを気にしてここに連れてきてくれたんでしょう?」

佐祐理さんが俺に言った。

やっぱお見通しか……。

俺は照れながら頷いて言った。

「やっぱさ、二人が落ち込んでるのって見ていたくないしな……それに、結局さっきは二人を助けられな

かったし……」

「……私は気にしていない」

「佐祐理も気にしていませんよ?」

二人とも、俺に責任はない、と言いたいのだろう。

「でも、俺がちゃんと俺達のことをあいつに言えなかったからあんな事になったんだし……」

それに、久瀬……あいつのことも気になっている。

ここに来たのは、二人に楽しんでもらうことだけではなく、俺自身が気分転換したいと思ったからだ。

ただ、嫌なことから逃げているだけかも知れないが、今のまま考えていてもいい結果は得られないだろう。

「久瀬さんのことですか?」

「……あの人のことも、気にしていない」

そう言った二人の顔は、どこか楽しそう……というか、俺をからかっているかのような顔だった。

「あいつが同じ大学だなんて知らなかったからな……てっきりもっと上の大学に行ったんだと思ったんだ

けど」

二人の顔を見ながら苦笑する俺。

そして、二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。

「な、なんだよ……」

「祐一さん、久瀬さんが私たちと同じ大学にいるわけ、知りたいですか?」

「へ?」

「私たちは知ってるんだよね、舞?」

こくり、と頷く舞。

「……佐祐理、祐一には黙っていよう」

「そうだね〜」

楽しそうに笑いあう二人。

……二人とも、ちょっとひどいぞ。

「……祐一、知りたいの?」

舞が俺の顔をのぞき込んで尋ねてくる。

「知りたい」

「どうしても?」

再度の舞の問いに、頷く。

「久瀬さんはですね……祐一さんと決着を付けるんだって言ってました」

佐祐理さんが、くるりとこちらを振り返って言った。

「佐祐理のことを、絶対に手に入れてみせる、だそうですよ?」

「あいつ、まだそんなことを……」

「……祐一の考えてるような理由じゃない」

怒りで固めた俺の拳に、舞がそっと自分の手を重ねる。

「……あの人は、佐祐理を自分のものにする、祐一より幸せにしてみせる、って言ってた」

「は、はい?」

久瀬が言ったというその言葉の意味。

それを理解して怒りが吹っ飛んだ俺は、どうにも間抜けな顔をしていたらしく、佐祐理さんも舞もくす

くす笑っているようだ。

「それで、祐一さんはどうするんですか?」

「へ?どうするって……?」

「佐祐理を、久瀬さんに渡しちゃうんですか?それとも……?」

悪戯っぽい顔で佐祐理さんが俺の方を見る。

まったく、答えはわかってるだろうに……

「佐祐理さんが望まない限り、俺は佐祐理さんを離しはしない……当然、舞だってそうだ。だって、約束

しただろ?ずっと三人一緒だ、って」

「あはは〜、そうですよね〜。ちょっと恥ずかしいですけど……」

佐祐理さんが嬉しそうに笑って、俺の腕に抱きつく。

舞も、反対の腕に抱きついている。ちょっと顔が赤いのは気のせいか?

そんなこんなで公園の中を見て回った後、再び車のところに戻る。

ここからはちょうどライトアップされた噴水も見える。

近くにあるベンチに三人で座って、噴水を眺めている。

「のどかわきましたね〜」

「はちみつくまさん……」

「そうだな……何か買ってくるよ」

「あ、待ってください……佐祐理が買ってきますから」

俺が立ち上がろうとすると、佐祐理さんが制止し、そして駐車場の向こうの方にある自動販売機に走って

行ってしまった。

「……祐一」

「なんだよ」

「今日のパーティー……楽しくなかった」

「そりゃ、あんなことがあったからなぁ……」

苦笑して舞の方を見ると、舞も俺を見ていた。

「わたしは……あのときみたいなのダンスパーティーの方がよかった」

「高校の時みたいなのか?」

舞は無言で頷く。

「そりゃ……俺だってなぁ……舞と佐祐理さんのドレス姿、見たかったし……」

ぽかっ!

舞のチョップが飛ぶ。照れてるんだろう。

「……んじゃ、今からあのときみたいな……んって訳にはいかないけど、ダンス、やるか?」

「…………?」

舞は、わからない、といった顔をする。

「ちょっと待ってろよな……」

俺は、車の中に上半身を突っ込み、カーステレオを操作する。

流れ出す音楽。

踊ろう、舞」

俺はそう言って手を差し出す。

「・・・・・」

舞も黙ってその手を取る。

俺達はお互いを抱きしめるように踊り出す。

スポットライトは車のカーライト。

曲はカーステレオから流れてくるスローテンポのブルース。

そして舞台は人気のない夜の公園。

それに合わせて、決して上手とは言えない足運びでゆっくりと踊る。

「・・・祐一」

呼びかけられ、足下から舞の顔に視線を移す。

「・・・あのころみたい」

「なにが?」

踊りながらも笑顔で舞に問いかける。

「誰もいないところで、二人っきり・・・」

夜の校舎、二人で魔物と戦った頃・・・・二人が出会ったばかりの頃。

「そうだな・・・・」

俺はのどこか昔を懐かしむように。

「でも・・・・・佐祐理さんだって時期に帰って来るぞ。ここには魔物もいないしな」

そして、優しく子供を諭すように。

「それに、あの頃みたいに、舞は一人で苦しまなくてもいいんだ……俺も、佐祐理さんもいるんだから」

安心したように、舞は俺に体を預けて。

「・・・・・うん」

光の中、噴水の水の音と、カーステレオから流れる曲をBGMに

して、いつの間にか踊りを止めて、二人はいつまでも抱き合っていた。

「あれ〜、何してるんですか、二人とも?」

「え、あ、いや……その……」

抱き合っているところに佐祐理さんが帰ってきた。

手に三本の缶を抱えている。

「……ダンスしてた」

舞が何事もなかったかのように答えた。

「ダンス?」

「……そう」

ナイスフォロー、舞!……って言っても意識してないんだろうけどな(^^;

「いいな〜」

「……佐祐理も祐一と踊ればいい」

「いいの、舞?」

こくり、と頷く舞。

「じゃ、お願いしますね〜、祐一さん?」

「はいはい、かしこまりました、お姫様」

苦笑しながら、もう一度同じ曲を流す。

「お姫様は佐祐理じゃなくて舞じゃないですか?」

ぽか!

「あはは〜、舞、痛いよ〜」

舞と佐祐理さんの漫才(?)を聞きながら、舞達の元へ向かう。

「ほら、佐祐理さん」

手を差し出す俺。

その手を取る佐祐理さん。

それを、楽しそうに見つめる舞。

星空の下、三人だけのダンスパーティー。

俺の、大切な家族。

踊り疲れて、三人でベンチに座る。

左右の肩にそれぞれ、舞、佐祐理さんの頭の重み。

「二人とも……これから、よろしくな……」

二人の髪を梳く。

俺は、何があっても、絶対に守ってみせる。

二人の寝顔に、俺は誓ったのだった……

                                       Fin





































次の朝、そのままベンチで眠ってしまっていた俺達三人は、仲良く風邪を引いたのだが、それはまた別の話。