『祐一君……ボクのこと、忘れてください……』

それが俺の前に立った女の子の最期の願いだった。

俺が苦しまないように、そう願ったのだろう。

たまらずに抱きしめた俺の腕の中で、少女は泣きじゃくった。

『ホントはボク、もっと祐一君と一緒にいたいよ……』

そう泣きじゃくる彼女を、俺はただ抱きしめていた。

『ボクのからだ、まだあったかいかな?』

あたりまえだ、という俺の答えに満足げに微笑んで、女の子……あゆは、俺の前から、消えた。



「あゆっ!」

目覚めると、天井が見えた。

俺の部屋……正確には、俺が居候している水瀬家の、俺にあてがわれた部屋。

また同じ夢。

あゆが、俺の前から消えた時の、夢。

雪の季節がすぎて、春が訪れて……。

鯛焼きの季節でもなくなった今も、時々あの時の夢を見る。

『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』

緊張感のない声が目覚ましから流れる。

スイッチを切って部屋を出て、名雪を起こしていつものように食堂へと向かう。

いつものように秋子さんの作った朝飯を食べて、いつものように名雪と一緒に走って学校へ向かう。

その繰り返し。

変わったことと言えば、放課後の商店街であゆに会わなくなったことだ。

『祐一君!』

そう言って抱きついてきていたあいつは、もう居ない。

それ以外には何も変わっていないはずなのに、どこか色あせた毎日。

名雪や秋子さんに心配をかけたくなかったから、普通に振る舞っているが、一体どこまでそれが通じて

いるのかはなはだ妖しい。

そんな繰り返しの毎日の中の、ある日曜日のこと。

昼過ぎに目覚めた俺が廊下へ出ると、名雪も起きてきたところだった。

お腹が減ったという名雪と一緒に、昼食を食べに降りた食堂で。

『そうそう、祐一さん、今朝のニュースで言ってたんですけど……』

秋子さんに告げられたその事実は。

『そのときの事故で木から落ちた女の子……七年間戻らなかった意識が、今朝戻ったって……』

俺に。

『その女の子の名前がたしか……』

光をもたらしてくれた。

秋子さんに教えてもらった病院で、俺はあゆに再会した。

「あゆ!」

俺が開けたドアの向こうで

「お前、生きて……」

ベッドと医療機器以外に何もない四角い白い部屋の中で

「あ……」

あゆはその小さな体を起こして

「祐一君……」

涙で顔をくしゃくしゃにして

「おはよう、祐一君……」

俺を出迎えてくれた。



それから俺は、週に3〜4回、あゆのところへ顔を出した。

本当なら毎日でも行きたかったが、あゆの体力が回復していないこともあって、控えるように言われた

のだ。

「あ、祐一君、会いたかったよ」

「あゆあゆはまだよくならないのか?」

「うぐぅ……ボク、あゆあゆじゃないよ!」

「うぐぅ」

「うぐぅ、真似しないでよ……」

「……」

「……」

「悪かった、冗談だ」

涙を浮かべるあゆのあたまを、わしわしと撫でてやる。

「ボク、子供じゃないよ……」

「あの時も言ったろ、お前は子供なんだよ」

「……うん」

嬉しそうに目を細めるあゆ。

こんな他愛のないやりとりも、楽しいのだから不思議だ。



そんな日々を過ごすうちに、順調に回復したあゆの退院の日が決まった。

そのころには、秋子さんや名雪も時々見舞いに来ているようだった。

「よかったな、あゆ。退院したら好きなだけ鯛焼き食えるぞ」

「うぐぅ、もうすぐ夏だから鯛焼きは売ってないと思うよ」

「大丈夫、シベリアに行けば売ってるかも知れない」

「鯛焼きはきっと日本にしかないよ……」

「そんなことないかも知れないぞ。世界のどこかで今も売ってるかも知れない」

「そんなに言うなら、祐一君が買ってきてよ」

「よし、そこまで言うなら買ってきてやる。退院したら届けてやるから家の住所教えろ」

「……」

あゆが不意に黙り込んだ。

「どうしたんだ、あゆ?もしかして、眠りすぎで自分の住所忘れたのか?」

「……ボク、帰る家がないんだよ」

「え?」

「お父さんもお母さんもいないんだ……だから、きっと遠くの親戚の家に行かないといけないよ」

俺は忘れていた。

七年間、封印してきた記憶と、あゆに生きて再会できたうれしさで……あゆが、天涯孤独の身の上だと

いうことを。

「だから、祐一君ともお別れしないといけないかも……」

そう言って俯くあゆ。

俺は…………

「大丈夫、俺に任せろ!」

「え?」

「俺が何とかしてやる」

「でも……」

「心配するなって。俺が嘘つくように見えるか?」

「うぐぅ、祐一君、いっつもボクをからかってばっかりだから……」

「う゛……そうかもしれんが……今回は本気だ!」

「でも……迷惑じゃないの?」

心配そうに俺の顔をのぞき込むあゆ。

「俺だって……お前と一緒にいたいんだから……」

我ながら恥ずかしい台詞だ……

ちくしょう、退院したらあゆにおしおきだ。

「祐一君……嬉しいよ!」

あゆが俺にがばっと抱きついてきた。

「わ、こら、あゆ、危ないだろうが!」

そんなこんなで騒いでいると、

「あら……祐一さん、あゆちゃん、病院で騒いじゃダメよ?」

秋子さんがやってきた。

そういえば今日は日曜日。

秋子さんの仕事は休みのはずだ。

「秋子さん……」

恥ずかしそうに俺から離れるあゆ。

「あゆちゃん、元気そうでよかったわ」

いつものようににこにこしながら秋子さんはそう言った。

「もうすぐ退院なんですって?よかったわね」

「うん……」

あゆの返事には元気がない。

「……あゆちゃん、なにか悩み事でもあるの?」

「ううん、そんなことないよ」

「そう?ならいいんだけど……」

秋子さんはそれでもまだ心配そうにあゆを見ている。

やはり、この人に隠し事は無理だろう。

あゆが元気のない原因を知っている俺は、しばらく秋子さんとあゆのやりとりを黙って聞いていた。



帰り道、秋子さんと一緒に帰ることにした俺は、思い切ってあのことを相談してみることにした。

なんせ、いま一番頼りになるのは秋子さんだ。これが俺のわがままだって事も十分に承知している。

それでも、俺はあゆと一緒にいたかった。七年分の思い出を、すぐにでも作りたかったから。

「秋子さん、お話があるんですが……」

「なんですか?」

秋子さんは立ち止まって声をかけた俺のほうをゆっくりと振り返った。

「あの、あゆのことなんですけど……」

「あゆちゃん、どうかしたんですか?」

心配そうな顔をする秋子さん。

「あゆが退院したら、うちに置いてやってくれませんか?」

「……」

秋子さんは黙っている。

「あいつ……天涯孤独の身なんです。親戚とかはいるらしけど、遠くだって言うし、それに、俺もあゆ

も、離れたくないんです。もう、7年前のようには……」

秋子さんは黙って俺の言うことを聞いている。

「だから、お願いします、秋子さん!」

俺はそう言って秋子さんに頭を下げた。

しばらくして……

「了承」

え……?

「秋子さん……ホントにいいんですか?」

あまりにあっけない承諾に俺はかえってとまどってしまう。

しかし、秋子さんは……

「祐一さん、何を言ってるんですか……私ははじめからそのつもりだったんですよ?」

そう答えてくれた。

「あゆちゃんがひとりぼっちだって事は、私も知っていましたし……」

顔を上げると、にこにこしている秋子さんが居た。

「それに、どうもあの子のご親戚の方も、困っておいでのようでしたから」

そこでちょっと秋子さんは怒ったような、悲しそうな顔をした。

きっと、俺もあゆも知らないことをなにか知っているのだろう。

「それじゃ、あゆは……」

「もうあの子も家族も同然なんですよ?」

秋子さんにそう言われて、俺は嬉しかった。

俺は、ただ、黙って頭を下げた。



その日の夕飯のときに、秋子さんは名雪と真琴にあゆも一緒に暮らすことになったと告げた。

「だから、二人ともよろしくね?」

「またにぎやかになるね、嬉しいよ」

「真琴も嬉しい!」

二人とも快く受け入れてくれるようだ。

「祐一、よかったね?」

名雪がにこにこしながら俺に言った。

「あぅ、でも部屋はどうするの?もうないんじゃ……」

そう、たしかに、実際問題としてこれ以上部屋がない。

秋子さんはいったいどうするつもりなのだろうか?

「それなんだけど……ねぇ、真琴、貴方の部屋は広いから、あゆちゃんと二人で使ってくれない?」

そういえば、真琴の部屋は広かったな。しかし……

「あぅ〜……でも、部屋、ちらかってる……」

いっつも漫画を読んで何かを食べている真琴の部屋は、万年床の上に本やお菓子の袋が散乱している。

あゆも住むとなれば、片づけないといけないだろう。

「大丈夫、みんなで片づければすぐに終わるわ」

あいかわらずにこにことさらっと言ってしまう秋子さん。

「秋子さん、真琴が散らかしたんだから、真琴に片づけさせれば……」

俺の言葉に、あぅ〜、と反論する真琴。

「あら、どうせあゆちゃんの家具も運び込むんだから、模様替えもしないといけないでしょ?

 片づけはついでですよ」

「はぁ、まぁ、そういうことなら……」

俺の言葉に満足そうに頷くと、秋子さんは言った。

「あゆちゃんが退院したら、みんなで家具を買いに行きましょうね?」

「「はぁ〜い」」

名雪と真琴も異論はないようだった。



あゆを引き取る、ということを秋子さんと俺があゆに告げると、あゆは驚いたようだった。

「でも、秋子さんたちに迷惑なんじゃ……?」

寂しげに言うあゆに、秋子さんは優しく言う。

「迷惑なんて事は少しもないわ。あなたがうちの子になるとかえって嬉しいくらいよ?」

「秋子さん……」

「それにね、風邪をひいたとき、あなたが徹夜で看病してくれた事があったでしょう?あのとき、

 すごく嬉しかったの……あなたが本当の娘だったらどれだけいいかなんて考えたりもしたわ」

あゆは涙を浮かべて秋子さんの話を聞いている。

「だから……これからは、私があゆちゃんのお母さんになるの。いいでしょう?」

そう秋子さんが言うと同時に、あゆは秋子さんに抱きついて泣き始めた。

「うぐぅ……秋子さん……お母さん……」

あゆと、彼女を優しく抱きしめる秋子さんを残し、俺は病室を後にした。

今は、親子水入らずにして上げたかったから……。



あゆが退院した次の日曜に、俺達はあゆと真琴のための家具(さすがに部屋に備え付けのクローゼット

だけでは辛くなるから)を買いに街へと出かけた。

どんな家具にするかは、事前に真琴とあゆと秋子さんが病室で話し合って決めていた。

真琴とあゆは、もう昔からの友達みたいに仲が良かった。

特に、鯛焼きと肉まんの話をするときは……。

「それでだな……」

俺の横から声が聞こえる。

「なんで俺達までいるんだ?」

横には見慣れた顔があった。

「よう、北川。こんなところで会うなんて奇遇だな」

俺はにこやかにその男……北川に話しかけた。

「お前が呼びつけたんだろうが!出かけるから一緒にこいって!」

「それでお前は自分の意志で来たわけだから問題ないじゃないか」

「荷物持ちだなんて聞いてない!」

「そりゃ言わなかったからな」

言ったら来なかっただろうし……

「俺だけならまだしも、美坂や栞ちゃんや川澄先輩や倉田先輩や天野さんまで騙して……」

俺に詰め寄る北川。

「あら、私は名雪にちゃんと家具を買うから、って聞いたわよ?」

と、香里。手には名雪と二人で小さな本棚を抱えている。あゆの机の上に置いて教科書(一応中学三年

生から行くことになった)を立てて置くらしい。

「わたしは、この後のお料理を手伝って欲しい言われました」

食材の入った買い物袋を下げているのは栞だ。

「……暇だったから」

「祐一さんのお誘いでしたし〜」

二人で組立式の棚の入った箱を抱えている舞と佐祐理さん。

「真琴と出かけられるなら……」

真琴と二人で真琴の選んだテーブルセットを持っている天野。

「というわけで、今更わがまま言ってるのはお前だけだぞ」

「くそ〜、今に見てろ……」

馬鹿でかい箱をかるった北川(ちなみに中身はあゆの机)は、涙を流しながらも荷物を運んでいた。

あわれなやつ……。

「お前が言うな!」

「ごもっとも……」

ちなみに、秋子さんとあゆと名雪は服やら日用品を買いに行った。

「相沢君、北川君、つぶれそうよ……?」

香里が呟く。

「どういうことだ?」

「言葉通りよ」

振り向くと、必死で箱を支えている北川が居た。

「……しょうがねぇか」

北川に近づき、後ろから支えてやる。

「ほら、しっかりしろよ」

「相沢……お前……」

「あゆの机が壊れたら困るじゃないか」

そっけない俺の言葉に、何かを期待していたらしい北川がるるる〜、と涙を流す。

しかし、あまりに可哀想だな……

「家についたら、香里の料理が待ってるぞ」

まぁ、栞も手伝うんだから、香里も手伝うだろうし……

「よし、急いで行くぞ、相沢!」

現金な奴……

とにかく俺達は途中で名雪達と合流して家に帰った。

「祐一、意地悪だよ……」

とは、北川の顛末を聞いた名雪の弁である。

……まぁ、いいとしよう。(なにがだ)



「あぅ〜、祐一、どいて〜」

「真琴、こっちくるな!」

「こら、相沢、俺だけに持たせて逃げるな〜!」

「うぐぅ、あぶないよ〜」

「あはは〜、気をつけてくださいね〜」

「……ねこさん」

「真琴、これはどこに置きましょうか?」

帰り着いた俺達は、料理組と家具設置組に別れた。

家具設置組は、真琴、俺、北川、あゆ、佐祐理さん、舞、天野だ。

ちなみに、今の一連の会話は、本棚を動かそうとしてよろけた真琴を俺が避けたところ、北川が

一人でタンスを支える羽目になり、それを見たあゆがおろおろして、佐祐理さんがいつもの笑顔で

みんなに注意し、舞はぴろを見つけて夢中になり、天野がマイペースで置物の位置を真琴に尋ねている

ところだ。

ちなみに佐祐理さんは舞が心配で料理組でなくこっちに来た。

「よし、あゆのベッドはここだ」

「そんなところじゃ眠れないよ……」

俺がタンスの上にベッドを組み立てようとしたところ、あゆから抗議の声が上がった。

「なにぃ、うぐぅと煙は高いところが好きじゃなかったのか!?」

「うぐぅ、そんなこと言わないよ……」

「うぐぅ」

「うぐぅ、真似しないでって言ってるのに……」

涙目になるあゆ。

「あー、もう、お前はすぐ冗談を真に受けるんだから!」

「祐一君はホントにやりそうだよ……」

「…………そんなことないぞ」

「今の間は何?」

「どうでもいいから……だれか……助けてくれ……」

見ると、北川が未だに一人でタンスを支えていた。

「おい、舞……」

ぴろを撫でていた舞に手伝うように言う。

「……ねこさん」

「舞、お片づけが終わったら、好きなだけ遊んでいいからね?」

「……解った」

佐祐理さんの言葉に頷いて舞は立ち上がった。

「か、川澄先輩、早くしてくれ……」

息も絶え絶えの北川。

「……動かないで……場所がずれるから」

「……へ?」

北川の間抜けな声と同時にすちゃ、と音がして、舞が剣を構える。

「今、片づけるから」

「…………」

あたりを沈黙が支配する。

「片づけるの意味が違う!」

俺は思わず舞にぺし、と突っ込んでいた。

「お、お前ら……いい加減に……」

北川が何か言いかけたそのとき、『くきっ』という盛大な音が響いて北川とタンスが倒れたのだった。




そのあともいろいろとあったものの(様子を見に来た名雪がぴろを追いかけ回したり、おやつに大量の

アイスクリームが出てきたり)、なんとか部屋も片づいた。

そして、待望の『月宮あゆ退院記念&引っ越しパーティー』が始まった。

秋子さんを中心に、栞、香里、名雪が作った料理の数々。

いろんなジュースと、何故かある(おそらくは一部の人間のために用意した)鯛焼きと肉まん、それと

何故かビールとワイン。

俺達はみんな楽しく過ごした。

「俺は楽しくない……」

腰を痛めてソファーに寝そべっている北川は……まぁ、哀れだが。

「ちくしょー、なんで俺だけ……」
そんな北川に近づく一つの影。

「なにしけた顔してるの?」

「美坂か……」

香里か……何する気だ?

「はい、これ、食べなさいよ……」

そう言ってさらに盛られた料理と、飲み物の入ったコップを差し出す。

「あ、ありがとう……」

ふ〜、あっちはあっちでやってるな。

しばらくすると、みんな酒が入ってにぎやかになる。

「きゃはは〜、舞〜、変な顔〜」

「……佐祐理の顔も、赤い」

「真琴もどうですか?」

「あぅ〜、気持ち悪いよぉ」

「ねこー、ねこー」

「こくこく……おいしいです」

……にぎやかというより、どんちゃん騒ぎだな。

北川は香里になんか無理矢理飲まされて死にかけてるし。

「祐一君……」

ふとみると、あゆが横に来ていた。

「どうした、あゆあゆ、飲み過ぎたか?」

「ボク、お酒飲めないよ……」

「お前はお子様だからな……」

ぽん、と頭に手を乗せて撫でてやる。

「うぐぅ……お酒臭くて、気持ち悪いんだよ」

「ちょっと外に出て風に当たったらどう?」

秋子さんが横から口を挟む。

「じゃあ、ちょっと出てきます」

「はい、遅くならないようにね」

俺はあゆを引っ張って、秋子さんの声に送られて外へ出た。



「涼しいね……」

「まぁ、まだ夏にはなってないからな」

近くの児童公園で、俺達は風に当たっていた。

「ほら、祐一君、ジャングルジムだよ!」

ジャングルジムを見つけたあゆは、それに走り寄って上り始める。

「祐一君もおいでよ!」

頂上に腰掛けたあゆが手招きする。

「子供じゃあるまいし……」

苦笑する俺に、あゆは言う。

「そんなに高くないから怖くないよ」

俺が高所恐怖症だって事、覚えてたんだな、こいつ。

「ばーか、別にそんな高さなら怖くねぇよ」

俺はそう答えて登った。

俺より頭一つ分くらい高いだけなんだからな……

あゆの隣に腰を下ろす。

「さすがに二人で座ると狭いな」

「祐一君もボクも、もう子供じゃないからね」

「お前はまだ子供だよ」

「うぐぅ、祐一君、ひどいよ」

俺を叩こうとして腕を振り上げたあゆが、不意にバランスを崩す。

ゆっくりと後ろに倒れるあゆ。

「あゆ!」

俺は叫んで、あゆの腕を掴んだ。

あゆも、後ろのパイプに反対の手をついた。

「うぐぅ……びっくりした……」

「びっくりした、じゃないだろ、ばか!」

俺は、思わず怒鳴っていた。

「後先考えないで……だから子供だって言うんだよ、お前は!」

一瞬浮かび上がった、再びあゆを失うんじゃないかという不安と、あゆが無事だった安心感から、声を

荒げてしまった。

「うぐぅ、ごめんなさい……」

あゆは、俯いて涙ぐんでいた。

それをみて、俺は少しばつが悪くなった。

元はといえば、俺がからかったからなのだ。少し言い過ぎた。

「まったく……お前は、ずっと眠ってたんだから……7年前のままなんだぞ?」

「うぐぅ……」

「だから、子供のままなんだ」

俺はあゆの後ろに座り直して、後ろからあゆを抱きしめる。

「祐一君……」

「俺がそばにいないと、お前、また失敗するから……だから、俺がそばにいてやるから……」

「うん……」

「だから、お前も俺を不安にさせるようなこと、しないでくれよ……」

「うん」

「じゃあ、約束だぞ」

「うん、約束、だよ!」



雪の降っていたこの街で

再会した俺達の見ていた

悲しい夢は終わりを告げ

今、新しい季節とともに

新しい道を歩き始める

俺と、この少女の交わした

新しい約束とともに……



「ねぇ、祐一君?」

「何だ、あゆ?」

「大好き、だよ!」