Qラリー 8月号

 

湖北ワインデイング走りまくり!

滋賀県余呉町 天女の衣掛柳〜
西浅井町 賤ヶ岳 約80km
走行日 7月15日 天候 曇


  梅雨空のうっとうしい天気の中スタートする。湿度が高く、走行中はメッシュジャケットのおかげで快適だが、停車すると一気に汗が噴出してくる。
 国道43号を走り、西宮インターより名神高速道路に乗る。高速道路は空いていて調子よく飛ばしていく。
 米原JCTで北陸自動車道に入り、飛ばしたせいか1時間ちょっとで木ノ本インターに着いた。
 高速を下りて国道365号に入る。国道を途中で左折して余呉湖に向かう。田んぼの中に道をしばら
く走ると前方にCP1天女の衣掛柳が見えてきた
 ここは2年くらい前にQラリーで来たことがあって、そのときは秋で周りの田んぼも既に稲刈が終わっていて、そのせいか人気も少なくて、すごく寂しい感じがしたが、今回夏に来てみても、人が少なくて同じように寂しい感じがした。
 Qチェック後、余呉湖畔を走りOPT1菊石姫と蛇の目玉石に向かう。OPT側の余呉湖の水面は、波ひとつ立っていなくて、あたりも非常に静かで、天気も曇っていて、もやがかかっているせいか、神
仙郷にいるようで、ふと振り向くと天女が立っていそうな雰囲気のところだった。
 再び国道365号に出て北に進む。国道と平行して
北陸道が走っている。柳ケ瀬を過ぎてしばらく走って旧の北陸線廃線跡の道に入る。入ってすぐのところに交互信号があって、青信号をしばらく待ってから、柳ケ瀬トンネルに入る。一車線のトンネルで、途中で大きくカーブを描いていて、いかにも廃線跡のトンネルといった感じの道だった。
 廃線跡を抜け国道8号に入り、少し走ると国道161号と合流する。交差点から少し村中に入るとOPT2敦賀運河(疋田舟川)遺構があった。
 運河のそばは工事中で、埋め立てられたせいか、川幅が狭くなっていた。
 Qチェック後国道161号を南に向かう。この国道161号は西近江路と呼ばれる古街道で、織田信長が柴田勝家に命じて北国街道を整備するまでは、京と北陸を結ぶメインルートとして上古以来の古
い歴史を持ち、古代三関のひとつ愛発の関も置かれていたという。
 愛発の関は山中という村の辺りにあったらしいが、今ではその辺りには産業廃棄物処理場があって、昔の面影は少しも残っていなかった。
 産業廃棄物処理場も我々の生活をする上で必要不可欠な施設だが、何もこんな由緒のある地に作らなくてもよさそうなものなのに。
 少し走ると道端に「親鸞上人 有乳山旧跡」と書かれた碑があったが、興ざめた気分がして少し悲しい気分がした。
 県境の辺りのスキー場を過ぎて、少し走ると在原口のバス停があったが、とっさに右折することができずに、行き過ぎてしまう。Uターンして県道533号に入った。
 細い道をしばらく走ると在原業平の墓の看板があって、バイクを降りて歩いて墓に向かう。少し歩いた山中に在原業平の墓があった。
 在原業平は伊勢物語の主人公として、また日本第一の
美男として有名な人だが、この名も知れぬ山中に墓が残っているのは、少し可哀想な気がした。
 茅葺屋根の民家が残る在原の集落を抜けて、県道287号に出た。一直線のメタセコイヤの並木道が続いている。並木道を過ぎた辺りにCP2マキノピックランド
があった。
 Qチェック後国道161号に出て、海津で県道557号に入り、琵琶湖畔を走る。この辺りには3月にツーリングで来たことがあって(詳細はこちら)、そのときには道端に雪も残っていて、海津大崎の辺りも人気がまばらだったが、さすがにシーズン中で、湖水浴やウインドサーフィンしている人で賑っていた。
 さちQをチェックするために大浦の丸子船の郷資
料館に向かう。資料館の中に入ってQの看板を探したが解らず、係りの人に聞いたら資料館の外に看板があった。
 県道513号で琵琶湖畔を快走する。しばらく走ると道路脇にCP3の丸子船があった。Qチェック後、再
び湖畔を快走し、奥琵琶湖パークウェイに入る。
 Qラリー8月号のハイライトともいえるアップダウンとコーナーの連続する道で、少しばかり気合を入れて走る。
 途中のつづらお展望台でしばらく休憩する。あいにく曇っていて景色は楽しめなかった。
 奥琵琶湖パークウェ
イを抜けて国道8号に入り、最終CP賤ヶ岳を目指す。
 最終CP賤ヶ岳には4時頃着いた。バイクを停めて、リフトで山頂に登る。思っていたよりも急峻な山で、急斜面をリフトに乗って登っていくと、標高が高くなったせいか、まわりの空気がひんやりとして気持が良かった。
 リフトを降り歩いて山頂に向かう。山頂に向かう道の途中には、賤ヶ岳合戦の死傷者の霊を弔う石佛があって、激戦の跡を偲ぶことができる。
 山頂より余呉湖を臨む。賤ヶ岳の合戦では、秀吉軍はこの山の斜面を駆け下りて退却する柴田勝政隊を追撃したという。静かな湖畔のこの地で、天下分け目の合戦が行われたということが、信じられないような景色だった。
 再び木ノ本インターより北陸道に乗って、そのまま高速で西宮インターまで突っ走って、家に帰った。

  

 

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