Aラリー2003年
4月号 Part-2


伊賀上野周辺、忍者と今昔探索コース


三重県上野市 芭蕉の森〜
上野市 鍵屋の辻 約75km



走行日 3月20日 晴れ
 約2ヶ月ぶりにバイクのエンジンを始動、念入りにウォームアップをした後、出発する。
 武庫川より阪神高速に乗り、西名阪、名阪国道と乗り継いで、大内インターで下道に下りて、しばらく行くと、1CPふるさと芭蕉の森公園があった。
 ふるさと芭蕉の森公園は、上野市街地を一望できる小高い丘の上にあり、園内の小道をたどると、季節の草花や樹木とともに松尾芭蕉の句碑があって、散策とともに俳諧の世界を味わういことができる。
 国道163号に入り東に進む。国道422号との交差点のそばにOPT1遊水スイスイ館があった。
 遊水スイスイ館は、木津川水系の洪水の被害を防ぐために設けられた、上野遊水池集中管理センターの一角にあって、集中管理センターの機能について、マスコットの星丸やカーボ、クータン、ウルンがわかりやすく案内してくれるという。
 県道56号上野大山田線に入り、川沿いの道を快走する。
 県道をはずれ少し入った山中にOPT2百地城跡あった。
 百地城は信長の野望にも登場する有名な伊賀流上忍、百地三太夫の城跡で、建物は天正伊賀の乱で残っていないが、今でも土塁や堀跡が残っていて、当時の様子を伺うことができる。
 再び県道56号に戻り、北に進む。
 国道163号との交差点を越え、今度は県道2号伊賀青山線を進む。
 名阪国道の高架を越えて、国道25号に入る。
 国道25号を少し進み、左折して県道4号草津伊賀線に入り、しばらく行くとCP2余野園地があった。
 余野公園はつつじの名所として有名だが、樹齢120年を越えるアカ松の大木群も有名で、天然記念物にも指定されているという。
 
 県道4号草津伊賀線を進む。JR草津線と並走する。
 甲賀の駅前で右折し、県道24号をしばらく行くとOPT3大鳥神社があった。
 大鳥神社は、平安時代の882年陽成天皇の代に建てられたと伝えられ、鎌倉から室町にかけては近江守護・佐々木氏、安土・桃山時代には豊臣秀吉の宗敬が厚かったといわれている由緒ある神社で、楼門が京都の八坂神社のそれと似ていることから、大原祇園社とも呼ばれているという。
 
 再び県道4号草津伊賀線に戻り、野尻という交差点を右折し、しばらく行くとSQの慈音院(六角堂)があった。
 交差点のど真ん中にあって、交通の邪魔になりそうだが、町のシンボルとして大切に保管され続けている。

 
 県道4号草津伊賀線から県道133号伊賀甲賀線に入り、しばらく行くとCP3甲賀流忍術屋敷があった。
 かやぶき屋根の古い民家風の家屋で、外見は平屋に見えるが、実際は3階建てで、中には深さ約6メートルの深い落とし穴や、ぴったり閉じるとふすまや壁にしか見えないどんでん返し(回転扉)、梯子を引き上げると消えたように見える隠し階段などがある。
 現存する唯一の甲賀流忍術屋敷で、「甲賀五十三家」といわれる甲賀忍者集団の筆頭格・望月出雲守が住んでいた屋敷で、元禄年間(1688〜1704年)に建てられたという。

 

 県道49号甲南阿山伊賀線を進むとOPT4ふるさとの森(ふれあい公園)があった。
 Qは公園の入口にあって、公園の中には入らなかったが、この阿山町ふるさとの森公園は、5万平方メートルの敷地の中に、3000平方メートルの芝生広場を有するステージやアウトドア施設、研修施設もある総合施設だそうだ。
 県道680号高倉佐那具線から国道422号に入る。
 上野の市街地に入り、高架の手前で国道を外れ、街中の細い道を進むと、SQ3の旧小田小学校本館があった。
 旧小田小学校本館は、明治14年(1881)に建設された、現存する小学校校舎として三重県最古の建造物で、特に玄関ポーチが特徴的で、、エンタシス風の円柱の柱が上階を支持し、吹放しになっている。
 その独特な雰囲気から、金田一耕助シリーズの映画「病院坂の首縊りの家」で、警察署のシーンにも使われているという。
 ちなみに、その映画に出演していた歌手の桜田淳子は、どういうわけか今、僕と同じマンションに住んでいる。

 上野の街中を少し行くと、最終CP史跡・鍵屋の辻があった。
 鍵屋の辻は、伊勢街道と大和街道の分岐点で、日本三大仇討ちの一つ、荒木又右門の36人切りで有名な伊賀越鍵屋 の辻の決闘のあった場所だが、今はとても静かな公園で、当時の資料などを展示する伊賀越資料館や、仇討ちの前に渡辺数馬が食したと思われる(?)献立を出してくれる数馬茶屋もあった。
 日が暮れる前に帰りたかったので、4時前に最終CPを後にし、家路に着いた。 
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