雪が降ったり、仕事の繁忙期と重なってなかなか行けず、連続参加記録も途切れるかと思ったが、日曜出勤の夕方に、車で急遽回ることにして、高麗橋より阪神高速に乗った。
休日の高速は空いていて、車の列も、調子よく流れていく。
泉佐野南で阪神高速を降りて府道63号に入り、海岸線沿いにりんくうタウンを抜ける。
途中で府道64号に入りしばらく行くと山道に差し掛かる。道路の両側には阪和自動車道とJR阪和線が並行して走っている。
JR山中渓駅前にCP1道祖神・塞之神があった。
道祖神とは、道路を守り外から侵入してくる病や災いを防ぐ神で、ここが山中宿の南の入口にあたるらしい。 |
山中宿はかつて、紀州街道の雄の山峠越えの宿場町として栄えたところで、集落の入り口には、紀州街道の看板が建てられ、石畳の道が再現され、町並みもそれらしく保存されている。
|
県道64号紀州街道を進む。
雄ノ山峠を過ぎると、道は下り坂になり、しばらく行くと旧道熊野古道とバイパスとの分岐点に差し掛かる。旧道に少し入るとOPT1山口王子跡があった。
|
OPT1山口王子跡の看板の隣には、万葉の歌碑が建てられていた。
中山王子から、雄の山峠を越えたこのあたりに白鳥の関という関があり、その関にちなんだ
「吾が背子が あとふみもとめ 追いゆかば
紀の関守い 留めてむかも」という和歌が刻まれている。
神亀元年(724年)10月聖武天皇の玉津島行幸の際、お伴の中にある女性の恋人がいて、その人に送るために、金村が女性から依頼されて作った歌らしい。
|
県道64号から県道7号粉河加太線に入ると、工事のせいで道が渋滞している。バイクであればすり抜けしていけるところだが、車なのでそうもできず、ただひたすら渋滞の列の中で我慢する。
渋滞区間を抜け、国道26号との交差点を過ぎると、車の流れもよくなり、調子よく走って行く。
急な坂を越えると、加太の港が前方に広がった。
交差点を左折して少し行くと、最終CP淡島神社の赤い鳥居が見えてきた。
|
最終CP淡嶋神社は、婦人病や安産・子授けにご利益があることで知られた神社だそうで、神殿の周りをはじめ、境内いっぱいに、無数の人形が、きれいに種類分けされて所狭しと並べられている。
この人形は、毎年3月3日に行われる「雛流し」という神事のために、全国各地から供養にと納められたものだそうだが、これだけたくさんの人形が並んでいるのを見ると、少々不気味な感じもする。
ラリー終了後、県道65号岬加太線で国道26号に抜け、泉南インターより阪和道に乗って、家に帰った。
|