空が走る 2012/03/26




久しぶりの出張からの帰り、電車から降りてふと西の空を見上げると、薄明の中に、上から順に、金星、月、木星がきれいに一列に並んで、まるで宝石のようにきらきら輝いていました。地平線近くは夕焼けのくれない色、上空はかなり暗くなっていましたが、透き通るような空の青さがまだ残っていました。
あー、この感動を皆さんにお伝えしたいのですけど、うまく文章に書けません。
いつも思うのは、こうした記述をするときの自分の文章表現力の無さ。もっと国語を勉強しておけばよかった。
いまさら嘆(なげ)いても始まりません。とにかくはっと息を呑(の)む美しさだと思ってください(笑)
私は家路を急ぎました。
駅から家まで約20分。こういうときに限って、荷物が重くて速く歩けません。家へ着くなり2階へ駆(か)け上がり、撮影したのがこの写真です。

え??ぜんぜん美しくないって?
そうなんです。この写真、がっかりするくらい、ぜんぜん美しくありません。
私の写真が下手(それも半分くらいあるかもしれませんが)なのではなく、わずかな時の間に、空の様子が一変してしまったのです。
私が駅に降り立ったのが19時04分、デジタルカメラに記録された撮影時刻が19時29分。この25分の間に、夕焼けのくれない色は消え、空のわずかな青く淡い色彩も消え、どす黒い夕闇へと変わってしまいました。

以前、土門拳(1909-1990、日本を代表する写真家の一人)が、その著書の中で、
「鳳凰堂が走っていた」ということを書いています。
確か「古寺巡礼」の中だったと思いますが、このあたりの記憶は、ちょっと怪しいので間違っていたらごめんなさい。
鳳凰堂とは、京都府宇治市にある平等院の鳳凰堂のことです。
ある日、土門とその撮影スタッフ一行は一日の撮影を終え、平等院を後にするところでした。
ふと振り返ると、茜色の雲をバックに鳳凰堂が見事なコントラスト!(だったのでしょう)
彼は慌てて助手にカメラを組み立てさせました。
土門のカメラは4×5インチのシートフィルムを使う大型カメラで、セットするのに時間がかかります。助手たちは手際よく作業しているのでしょうが、そうしている間にも空の色彩は急速に衰えていきます。
彼は早く早くと急(せ)かしながら、構図を決め、フィルムをセットし、シャッターを1枚切りました。
2枚目のフィルムをセットしたとき、彼は呆然(ぼうぜん)と立ち尽(つ)くしたそうです。
あれほど美しかった色彩はすっかり消え、モノトーンの風景になってしまっていたそうです。
彼は、このめまぐるしい変化の様子を「鳳凰堂が走る」という言葉で表現したのです。
 ※ このとき撮影されたのが、有名な「平等院鳳凰堂夕焼け」(1961)です。

お前の下手な写真に土門先生の作品を引き合いに出すんじゃない!というお叱りを受けるかもしれませんが、私が言いたいのは(土門拳と私が同じということではなく)、そのくらい空の表情というのは次々と変化していくのだということです。
一転にわかに掻(か)き曇(くも)り・・・は、雷雲が急速に発達する様子を書き表したお決まりのセリフです。空の表情の変化は、こうした天気の急変時だけではなく、ごく普通の、なんでもないおだやかな天気のときでも、実はめまぐるしく表情を変えています。
今の世の中は何かと忙(せわ)しなく、のんびりと空を眺(なが)めたり雲を見たりすることが少なくなってきましたが、お花見に行ったついでに、桜の花だけでなく、ぜひ、空と、雲と、その表情の変化を楽しんでください。(2012.03.26取材)

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