Maria Petrova (Bulgaria)

偏向度: 25% 非国民度: 10%

93〜95年にかけて世界選手権3連覇を果たした、いわば「元女王」である。「新体操王国と言われるブルガリア、過去に多くの女王を輩出してきたが、その中でも最も優れた選手の一人」と解説者は言っていた。確かに、ギネスブックを見れば、世界選手権個人総合3度の優勝は最高記録として、この選手も名前を連ねている。だから、これも言い過ぎではなさそうである。もちろん知名度は抜群。このオリンピックでも、金メダルの最有力候補と言われていた。しかし、ふたをあけてみれば、点数が思ったほどのびない。ミスはないのに、9.8点に届かない。結局、ウクライナとロシアの選手2人ずつに先を越され、5位に終わった。いきなりの世代交代にしては、あまりにも差がつきすぎである。そこで、解説をよく聞いてみると、やはり、セレブリアンスカヤの項で述べたように、世代交代はすでに起こりつつあったようである。

解説者は、「ブルガリアが新体操で金メダルを一つも取っていないのは、新体操界七不思議の一つ」と言っており、聞いたときは「そんなこと言わないだろう」と思った。しかし、詳しく調べてみると、それは七不思議よりもはるかに不思議である。それほどブルガリアの新体操は強かった。81年〜88年の間、オリンピック以外の世界大会*で、ブルガリア選手が金メダルを取れなかったことは一度もない。表彰台には必ず2人以上のブルガリア選手、表彰台独占すらこの間3度もある。この謎を解く一つのカギは、ブルガリア新体操の絶頂時代、84年のロス五輪を東側諸国がボイコットしたことである。また、88年頃の採点はかなりむちゃくちゃ(?)で、上位選手は10点満点のオンパレードだった。ソウル五輪では、上位4人が決勝で全種目10点満点。当時は、予選の点数の半分を決勝の点数に加える方式だったらしく、予選のわずかなミスの差をそのままに、金メダルは当時のソ連選手にさらわれた。
* 欧州選手権および世界選手権。当時は欧州選手権が偶数年、世界選手権が奇数年のそれぞれ隔年開催。

オリンピック当時の新体操の採点は、「構成」と「実施」で5点ずつ、あわせて10点満点である。その5点のうち、基礎点が4.8点、残りの0.2点はボーナス点である。当時は、演技中の技にA〜Dの難度がつけられた。A・B難度の技各4回、C・D難度の技各1回を演技に入れなくてはならなかった。この難度を判定するときに、体の動きが重視されたらしく、そこが、採点法が変更になって、体の動きが以前より重視されるようになったと言われた理由のようである。そして、0.2点のボーナスのうち0.1点は、難しい技を規定の回数以上行うことによって与えられた(残り0.1点は、演技のオリジナリティーによって与えられた。)。ところが、このルールでは、マリア・ペトロバは、技の回数が上記の規定ぎりぎりなので、このボーナスポイントがもらえないのである。これが、どうしても彼女の点数が9.8点を超えなかった理由である。つまり、彼女の演技は、当時の採点にあわなくなりつつあったわけである。さもなければ、これほどの急激な評価の低下は、説明がつかないだろう。

しかし、後の主要実績表を見ればわかるとおり、マリアのピークは93〜94年で、95年にはすでによれよれの状態だった。グランプリあるいはヨーロピアンカップの大会でも不振が続いていた。そこからもう一度世界選手権優勝を達成できるまで戻したことが、むしろ奇跡に近いことだったかもしれない。

この選手は、いい意味で(そして少し悪い意味でも)「枯れた女王」であったと思う。技の難しさ、切れ味自体は、20歳になり(アトランタ・オリンピック時点で)新体操の選手としては盛りを過ぎつつあったせいかもしれないけれども、ウクライナの2選手のほうがよかった。この選手の醍醐味は、高度な技に頼らずに、芸術性の高い演技を作り上げるところにあった。それは、高度な技を中心に演技を組み立てるより、むしろ難しいことかもしれないのだ。しかし、オリンピック当時の採点法は、そのような選手を正当に評価できるようにはなっていなかった(これは現在でもそうだと思われる。さらに、新体操に限らず他の芸術系競技にもこの傾向があると感じられる。)。採点法がオリンピックのときのものに変更された時点(少なくとも、オリンピックの前年の世界選手権よりは後のはずである)で、彼女の金メダルの望みは、すでに絶たれていた。

特定の選手を封じ込めるためにルールを変更するということは、さほど珍しいことではないらしい。日本人になじみ深い例としては、ノルディックスキー複合があげられる。ここ数年、ジャンプの比重を軽くするような変更がたびたび行われたのは、「打倒ケンジ・オギワラ」のためにほかならない(まず、3本のジャンプのうちよいもの2本を採用するやり方から、ジャンプを2本にしてその2本とも採用する方法に変更された。さらに、ジャンプの点差を時間に換算する際に、その換算率が小さくされた(確か、9点で1分→10点で1分)。)。だから、勘ぐりすぎかもしれないが、この新体操のルールの変更は、旧ソ連諸国(特にウクライナとロシア)が発案したことではないか、と私は思っている。狙いはもちろん、ブルガリア封じ、さらに言えば、「マリア・ペトロバ封じ」である。

ちなみに、現在の採点法は、オリンピック当時とはまた違う。現在は技術点と芸術点を採点する審判が別になり、しかもそれぞれ10点満点で平均をとるらしい。それにしてもしょっちゅう採点法をいじくるスポーツである。「女王様」の言うには、オリンピックの翌シーズンにルールが変更されるのは新体操界では「常識」とのことである。エカテリーナおよびエレーナの主要実績表を見ると、毎年のように、のみならず年の途中でも採点法を変えている様子がうかがえる。これでよく選手が怒らないものである(実際不満を言っている選手はいるわけだが。)。

下の図1は、81年以降の欧州選手権・世界選手権・オリンピックの上位20人の得点の変動を示すものである。この種目がいかに採点法を大きくいじくってきたかがわかる。どこかの国の入試も思わせるようなグラフである。なお、横軸の大会で、wは世界選手権、eは欧州選手権、oはオリンピックを表す。

図1.採点傾向の変動

採点傾向の変動
*1 92年バルセロナ五輪については、8位までは決勝の得点、9位以下は予選の得点を採用している。また、96年アトランタ五輪については、10位までは決勝の得点、11位以下は準決勝の得点を採用している。
*2 97,99年の欧州選手権は決勝進出が17人だったので、上位17人の平均および9位選手の得点、決勝進出者の中で最下位選手の得点を採用している。

図1を見ると、過去に2回、前後の大会と明らかに採点基準が異なる大会があることがわかる。それが92年の欧州選手権、そして96年のアトランタ五輪である。92年の欧州選手権も不思議な不思議な大会で、10点満点と9.8点の間が全くない。そして96年のアトランタ五輪は、前後の大会に比べ極端に採点が厳しい。それも、優勝者の得点は前後の大会と比べそれほど変わっていないので、一部選手にとってはそれまで通りの点が取れたけれども、それ以外の選手は大きく点数を下げたことがうかがえる。かなり作為的なものが感じられる。

また、97年以降の採点は、過去20年でも極めて高得点を連発していることがわかる。97年世界選手権では、10点満点で平均9.9点以上の選手が5人、9.8点では何とトップ10にすら入れないというありさまだった。これではエレーナが採点がおかしいと不満を述べる(ある雑誌のインタビューで)のもわかる。88年頃と違い10点満点のオンパレードとはなっていないものの、全体の得点は非常に高く、しかも上位選手の間での差がごく小さい。20人の平均点が10位選手の得点を下回るのは96年以降に特徴的である。それ以前は20人平均より10位選手の得点のほうが常に低かった。つまり、優勝またはそれに近いごく一部の選手が非常に高い得点をとって下位の選手を引き離し、順位が低くなると小差でひしめき合うという形だった。それに対し、96,97年は優勝を争う選手が極めて僅差で並び、下位になると差が開いてくる。
これでは、上位はごく小さなミスで順位が決まるような事態になってしまう。アトランタ五輪の準決勝では、エカテリーナはこん棒を落としたにもかかわらずトップ通過した。技の難易度あるいは表現力に飛び抜けたものがあれば、多少のミスがあっても順位にそれほど影響しなかったということである。しかし、この採点基準で手具の落下などあれば、まずそうはいかない。下手すれば5番以上落ちるだろう。

これまでの採点傾向の変動を整理してみると、次のように考えられる。あくまで推論なので間違っている可能性もある。

〜88年
競技レベルの向上に伴い、高得点を出す選手が次第に増加する。88年欧州選手権でそれがピークに達し、欧州選手権では4種目10点満点が3人、4種目39点では20位にも入らないという事態になる。
89年〜92年オリンピック
89年以降、採点基準は厳しくなる方向に向かう。優勝またはそれに近いごく一部の選手は9.9点(10点満点で)前後を出すけれども、それ以外の選手には急激に点が出にくくなる。上位選手の間で点差が極端に大きくなる。
92年世界選手権〜94年
採点基準が厳しくなる傾向はさらに続き、優勝を争う選手も含め高い得点は極端に出にくくなる。9.9点以上は皆無、9.8点を超える得点も滅多に出なくなる。上位と下位との点差も非常に大きい状態が続く。
95年〜
94年にもわずかにその兆しは見られたけれども、突然採点が甘くなる。96年の欧州選手権では10点満点の連発となった。97年以降は10点満点は少なくなったものの、底上げはさらに進み、優勝者から10位までの点差は最小・10位選手の得点は最高となっている。

最近多くのスポーツでそうであるように、これもテレビ放送を意識したものだというのは勘ぐりすぎだろうか。例えばバレーボールでは、試合時間短縮の議論が盛んになっている。あるいはノルディックスキー・ジャンプでは、強風など悪条件下での決行・あるいはK点越えを多くするためのゲートの上げすぎなどが目立ち、かつてのW杯王者・ゴルトベルガーが転倒し大けがをしたのもそれが一因となった。新体操でも、10点満点に限りなく近い点が次々出るのは、押しがよいだろう。上位争いが僅差になれば、見ている側としても緊張感がある。ミスによって減点されるのは、誰の目にも明快である。しかし、これで果たして、上位選手の演技の難易度、表現力、独創性などを正しく評価できるのだろうか?

この選手は、あまり静止画には向かない(ボール)(640×480, 22KBytes)

カルメンのテーマにのせて(こん棒)(800×600, 34KBytes)

エカテリーナやタチアナならともかくとして、(なわ)(640×480, 23KBytes)

この選手の絵をこのようなシーンばかり選んで作るのは間違っていると、自分でもわかっているのだが(リボン)(800×600, 39KBytes)

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Chief Achievements

GP = Grand Prix
EC = European Cup

Year Event All Around Rope Hoop Ball Clubs Ribbon
1991 World Championships - - - 4 (9.700) 4 (9.600) -
1992 European Championships 1 (40.000) (10.000) (10.000) (10.000) (10.000) -
3 (9.800) 5 (9.800) 6 (9.700) - -
Olympic Games (Final)
(Qualification)
5 (38.075
+ 18.912)
(9.575) (9.500) (9.525) (9.575) -
(9.475) (9.450) (9.400) (9.500) -
World Championships 2 (38.400) (9.550) (9.400) (9.700) (9.750) -
7 (9.400) 3 (9.675) 2 (9.800) 2 (9.700) -
1993 EC Final 1 (38.700) - (9.650) (9.600) (9.700) (9.750)
1 (9.800) 2 (9.750) 5 (9.450) 1 (9.800) -
World Championships 1 (38.975) - (9.775) (9.675) (9.700) (9.825)
- 1 (9.825) 1 (9.800) 3 (9.650) 1 (9.775)
Corbeil International 2 - - - - -
Open Paris-Bercy - 2 2 2 1
1994 Gymnastic Masters (GP) 1 (38.450) - (9.600) (9.600) (9.600) (9.650)
- 6 (9.350) 2 (9.625) 5 (9.475) 4 (9.575)
European Championships 1 (39.075) - (9.750) (9.750) (9.800) (9.775)
- 2 (9.712) 3 (9.800) 4 (9.725) 4 (9.525)
World Championships 1 (38.900) - (9.750) (9.700) (9.700) (9.750)
- 1 (9.875) 3 (9.825) 2 (9.825) 2 (9.850)
Corbeil International (GP) 3 - - - - -
DTB-Pokal (GP) 3 - 2 1 7 3
1995 DTB-Pokal (GP) 6 (38.925) - - - - -
Corbeil International (EC) 3 (39.475) (9.825) - (9.900) (9.875) (9.875)
Gymnastic Masters (GP) 7 (38.825) (9.700) - (9.675) (9.750) (9.700)
World Championships 1 (39.800) (9.950) - (9.950) (9.950) (9.950)
2 (9.925) - 4 (9.900) 1 (9.950) 8 (9.400)
1996 Corbeil International 3 (39.800) (9.950) - (9.925) (9.950) (9.975)
World Championships - - - 2 (9.950) 3 (9.933) -
Olympic Games 5 (38.999) (9.733) - (9.783) (9.733) (9.750)


Record of Grand Prix and European Cup

Year Point Total Rank
1994 61 110 51 10 232 2
1995 European Cup - - - 20.8 20.8 15
Grand Prix 25 6 20 - 51 8

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もう一人のエカテリーナ (Georgia)

注1: この人に対する「本物のエカテリーナ」とは、言うまでもなく、エカテリーナ・セレブリアンスカヤである。この人の「エカテリーナ」のつづりは、本物のエカテリーナのつづりとは実は違うところがミソ。
注2: Georgiaは、ジョージアではなくグルジアと読むべし。

偏向度: ∞% 非国民度: 1%

本当の名前は、録画したものを調べればわかるのだが、忘れた。この人はあくまでもおまけ。壁紙化したのは後述のボールのシーンのみである。

この選手は予選を通過できなかった。しかし、順位に関わりなく人々を感動させることができる、ということを示してくれた一人でもある。彼女の最後の演技となったボールの演技、そのまた最後で、彼女は、手の先から足の先、そこからまた手の先という具合に、自分の体の線にそってボールを1往復させ、会場の観衆に、そして私にも、はっと息を飲ませた。しかし、悲しいかな、採点競技では、無名の選手がいきなりよい演技をしても、よい点が出るというわけにはいかない。得点は彼女としては4種目の中で最もよかった、それでも9.25点。しかし、その点数が出たとたん、会場からはブーイングがわき起こった。

鐘の音の鳴り響く中、ボールが手の先から足の先までゆっくりと往復した(640×480, 14KBytes)

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