Story
Review
Vol.3 Oksana Baiul (Part II)
プリンセスの演技をもう一度
オクサナは一夜にして名声と富を手にし、栄光の海へと旅立った。しかしそれはタイタニックの悲劇の航海だった。おぼれて沈没しかかった。しかし神は、今一度救いの手をさしのべた。オクサナは孤独と絶望の淵から、今よみがえろうとしている。
Vol.1 Oksana Baiul (Part I)
熱き金メダリスト、氷上のプリマドンナ
ケリガンが何者かに殴打され、それにハーディングが関わっているという疑惑で揺れたこの大会。しかし、この大会の金メダリストは、貧しく両親さえもなくしたウクライナの16歳の少女だった。
そして彼女の演技を見たことから、このページへとつながる長い道のりが始まった。
Vol.14 NHK杯、2000/11/30-12/3、旭川
やはり凄かったNHK杯
2000年のNHK杯女子シングルは、トップ3選手のうち2人がそろった上、グランプリファイナル出場の最後をかける激しい争いの舞台となった。よい演技が続き、極めて内容の濃い大会となった。大会史上に残ると言えるだろう。Vol.12 世界選手権、2000/3/27-4/2、、フランス
自分が今ここにいる気分がしない。フリーの放送の前、私は危険なまでの緊張状態を経験した。結果は3位でも、マリアは世界のトップに確実に近づいている、今シーズンを通してその手応えは得られた。そしてそれ以上にはっきりと認識したことは、今の私にはマリアさましかいない、という決定的な結論である。Vol.10 ロシア選手権、ホンダオデッセイ杯オープンフィギュア、1999/12-2000/1
マリアへの卑劣なテロリズムを許すまじ!そして、恐ろしい事件があったことを微塵も感じさせないすばらしい演技を見せたくれたマリアに感謝。今回の事件で、マリアの演技が見られるのは当たり前ではない、という当たり前の事実を改めて認識した。そう思うと、マリアの存在はますますいとおしくなる。
Vol.7 世界選手権、1999/3/20-27、ヘルシンキ、フィンランド
夢を現実に、世界選手権完全優勝
これは夢か幻か?マリアが予選・SP・フリー全て1位の完全優勝!優勝大本命のミシェル・クワンは、ヘルシンキの寒さにやられたか、風邪で満足な演技ができず。一方のマリアは、選手生活最大のチャンスに最高の演技を見せた。年を重ねるごとに実力を高め美しくなったマリアが、ついに世界の頂点に立った。
Vol.6 欧州選手権、四大陸選手権、グランプリファイナル、1999/2-3
両大陸女王は26歳
フィギュアスケートは少女の競技と誰が言った!?マリアは順当に欧州選手権連覇。新設の四大陸選手権の記念すべき初代女王となったのは、今シーズン絶好調のタチアナ・マリニナ。全く好対照の彩りの、遅咲きの花二輪、今まさに満開に。それが今シーズンのアマチュアフィギュアスケートだ。そしてマリニナのシンデレラストーリーはいつまで続くのか?
Vol.5 グランプリシリーズ、1998/10-12
傷だらけのグランプリシリーズ2勝
アマチュアフィギュアスケート界の代表選手となったマリア・ブチルスカヤ。しかし、'98-99シーズンの前半、その責任を果たしたとは言い難い。特に、スケートアメリカでの失敗演技は、本場アメリカのファンを「ミシェルとタラのいない女子フィギュアはこの程度のものか」と失望させた。
Vol.4 世界選手権、1998/4、ミネアポリス、アメリカ
悲願の世界大会のメダル獲得
マリア・ブチルスカヤは、ショートプログラムで大失敗するもののフリーでそれを取り戻し、悲願の世界大会初のメダルを獲得した。マリア・イリナ(スルツカヤ)とも、SPでは大失敗、しかしフリーでは見たこともないくらいすばらしい出来だった。この大会ではミシェル・クワンも完璧な出来ではなく、SPの失敗がなければと悔やまれる内容だった。
Vol.3 第18回冬季五輪、1998/2/18,20、長野、日本
白熱の十代女王対決と銅メダル争い
長野五輪フィギュアスケート、十代女王対決はタラ・リピンスキーの勝利に終わる。ミシェルとタラの争いは史上最高レベルだが、銅メダル争いも見応えがあった。ルー・チェンが復活の銅メダル、最初で最後の五輪のマリアは惜しくも4位。
Vol.2 欧州選手権、1998/1、ミラノ、イタリア
25歳で初のビッグタイトル
「大きな大会になると緊張しすぎることが弱点」と自ら認め、そのために大きな大会でのメダルを逃し続けたマリア・ブチルスカヤが、欧州選手権初優勝、25歳で初のビッグタイトルを手にした。
Vol.1 世界選手権、1997/3
じじいのたわごとですまされるか
この大会で、フィギュアスケートはジャンプが決まるかどうかで勝負が大方決まるような印象を受けた。果たして、それでよいのか。そしてそれが危険な事態を招かないか。
そもそも、私が今のような「やばい」女子スポーツマニアになったのは、バーバラを見るよりもかなり前である。それは1994年2月のリレハンメル五輪、フィギュアスケート・女子シングルのことだった。となれば、ケリガンが何者かに暴行され、それにライバルのハーディングが関わった疑いがあるというスキャンダルが、フィギュアスケートのファンならずとも思い出されるに違いない。
しかし、私にスポーツの見方を変えさせたのは、この二人ではなく、この大会の金メダリストであるオクサナ・バイウルだった。この種目のファンならともかく、それ以外の人でこの選手の名前を記憶している人は、それほど多くはいるまい。しかし、オクサナはとても「熱い」金メダリストである。彼女の記事を何度読み返してみても、書きたいという意欲をかき立てられる。
しかし、そのリレハンメル五輪以来、私のキャッシュの中身はあまり更新されていない。私の「お気に入り」の選手で、世界大会デビューがリレハンメル五輪より後の選手は、マリア・ブチルスカヤただ一人である。しかもマリアは、年齢的にはオクサナあるいはルー・チェンよりもはるかに上である。長野五輪までアマチュアだったのは、マリアとルー・チェンの二人。そして、ルー・チェンは長野五輪がアマチュア最後の演技となった。'96-97シーズンもほぼそうだったのだが、マリアが「最後の一人」となってしまうのだろうか。まさかマリアも・・・。少なくとも、長野五輪直後のメダリスト・オン・アイスのときのインタビューでは、あと2年くらいはアマチュアを続行すると語っていたそうだが。
リレハンメル五輪以降、私の好みは「手足が長く、ジャンプに頼る度合が低く優雅な表現ができる選手」という点で一貫している。それを決定づけたのもオクサナにほかならない。そしてリレハンメル五輪の後長野五輪までの4シーズンは、そのような選手が急速に姿を消した時期でもあった。96年世界選手権まではルー・チェンがお気に入りだった。長野五輪の前年、ルー・チェンが世界のトップから姿を消してしまい、私の気持ちをつなぎ止めていた最後の選手がマリア・ブチルスカヤだった。
要するに、最近の若い選手はどうしてもジャンプばかりという印象で、好きになれないのだ(ただしアンチアメリカという気持ちも多分に作用している。)。ジャンプ以外で見せ場を作ることのできる選手がさらに減っていくことは、本当に寂しく思う。
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