小リスのコリー


作 岡本賢一


 小リスのコリーは体の小さなリスです。村のパン屋に勤め、毎日パンをこねています。
 コリーはとてもまじめで、どんな仕事にも手抜きをしません。そして勉強熱心です。
 けれど丁寧すぎて作業が遅く、パンをたくさん作ることができません。
 同僚たちは言いました。
「ノロマのコリー」「ひとりで芸術作品、作ってる」「でも、夕方にはお客さんの腹の中」
 いくら注意しても、ちっとも仕事が早くならないことにうんざりしたパン屋の親方は、コリーに別の仕事を与えることにしました。
 パンのレシピを書き写す仕事です。
 リスたちの作るパンは、木の実を丸めて作る特製のパンです。保存性がとても良く、お腹もふくれます。けれどレシピがないと、親方でさえ考え込んでしまうほど、作り方が複雑でした。
 代々伝わるレシピは干した木の皮の裏に、炭のインクで書かれています。
 親方は言いました。
「大切なレシピがだいぶ汚くなっちまった。コリー、こいつを書き写して保存しろ。うっかり誰かが破いてしまっても困らないように、たくさん書き写すんだ。みんなにも配るから、五枚はいるぞ。今日からそれが、おまえの仕事だ」
「はい、わかりました親方!」
「ただ写すだけじゃないぞ。曖昧なところや意味のわからないところをよく調べて、今よりも詳しくて、わかりやすいレシピにするんだぞ。いいな」
 仕事を始めると、コリーはすぐに熱中しました。
 親方は、ノロマのコリーでも数日で終わる仕事だと思っていました。けれど、季節が変わってもレシピの書き写しはいっこうに終わりません。
 どうしたことか、と親方が見にゆくと、コリーは大きな岩にしがみつき、コリコリと表面を齧っていました。
「なにをしてるんだコリー?」
「はい親方! レシピを岩に刻み込んでいるところです!」
「どうしてそんなことをしてるんだ?」
 コリーは胸を張って答えました。
「岩なら、腐ることも雨に濡れて消える心配もありません! それに、表面にインク塗って葉っぱで押さえると、いくらでも複製が作れるんですよ!」
「コリー……、そいつは、もしかすると良いアイデアかもしれないな。でもな、必要なレシピの数はたったの五枚だ。村じゅうに配るわけじゃないんだぞ。五枚書き写すのと、岩を彫るのと、どっちが早いと思ってるんだ?」
「でも、書き写すレシピの量も多くて……」
「多い?」
 見ると、たった一枚だったはずのレシピが、なぜか十数枚に増えています。
「いろいろ調べて書き込んだら、なんだか楽しくなって、どんどん増えてしまったんです! まだ最初の方なので、まだまだ、もっともっと増えます!」
「コリー……、確かに詳しく調べて書き足せとは言った。けどな、なんだって、木の実の栽培方法や、天日オーブンの造り方まで書いてあるんだ? 俺が頼んだのはパンのレシピだ。たった一枚のレシピだ。ここまで無駄に詳しく調べろなんて頼んでない! やりすぎだ!」
 てっきり、ほめてもらえると思っていたコリーは、尻尾を震わせて驚きました。
「コリー、良く聞け。おまえのしているのは、誰のためにもならない無駄な作業だ。時間の無駄は、自分の命を無駄にしているのと同じだぞ」
 こうしてコリーはパン屋をクビになってしまいました。
 次の仕事を探さなくてはなりません。けれど、なにをしたらいいのか、コリーにはさっぱりわかりません。なにをしても、すべて無駄な事のように思えて仕方がないのです。
 そこでコリーは、裏山の頂上に住むという仙人に、聞いてみることにしました。
 コリーは険しい山道を二日かけて登り、仙人と呼ばれる老人を見つけて、たずねました。
「教えてください! 皆に本当に必要とされて、無駄にならない仕事ってなんですか?」
 仙人は言いました。
「そんな仕事はないさ。その仕事が無駄か無駄じゃないかは、本当に必要になった時が来てみないことには、誰にもわからんよ」
「じゃあ、なにをすればいいんですか?」
「なんでも、好きなことを楽しくやればいいのさ。もしかすると皆のためになるかもしれない、おまえさんがそう思えることを、勝手にやればいいのさ」
「それでいいんですか?」
「それでいいのさ」
「はい、わかりました! ありがとうございます!」
「待て待て。せっかくここまで来たのだから、ひとつだけ、おまえさんに忠告してやろう。今後一切、なにがあっても、おまえさんはこの山に登ってはならんよ。登れば、おまえさんは二度と、村には帰れないことになる」
 山を降りたコリーは、いろんな仕事を次々と試してみました。けれど、いつもの調子で念入りに仕事をするので、どこも、そう長続きしませんでした。
 村のみんなは言いました。
「ノロマのコリー」「役立たずのコリー」「どこでも必要とされない小リスのコリー」

 五年ほど過ぎたある日ことでした。
 裏山に遊びに行った子供たちが帰って来ません。道に迷ったのです。
 山道を知る者たちが出かけており、村に残っていたのはコリーだけでした。
 母親たちはコリーに頼みました。
「コリーさんお願いです。子供たちを迎えに行ってください」「このまま夜になったら、山に住む怖いフクロウたちに、食べられてしまいます」
 コリーはすぐに仙人の忠告を思いだしました。けれど「うん、いいよ」と答え、すぐに裏山へ向かいました。
 しばらくすると、子供たちだけが裏山から帰って来ました。迎えに来たコリーに帰り道を教えられたと言うのです。
 けれどコリーは帰って来ません。
 母親たちは子供たちに聞きました。
「どうしてコリーさんは、山に残ったんだい?」
「なんだか、よくわかんない」「もう村には戻れない、って言ってたよ」「そう決まってる、って言ってたよ」
 夜になってもコリーは帰って来ませんでした。
 翌朝、村の者たちはコリーを探しに山へ入りました。しかしコリーの姿は、どこにもありませんでした。
「フクロウに食われたのか?」「村が嫌になってどこか別の場所へ行ってしまったんじゃないのか?」「きっと仙人の弟子になって、どこかで元気に暮らしてるんだ」
 村の者たちはコリーを探すのをやめました。
「なんにしろ、あいつが居なくても、村は少しも困らないんだから」
 そのままコリーは姿を消し、二度と村に戻ることはありませんでした。
 
 それから十数年が過ぎたある日。
 空から大きな燃える石がいくつも落ちて来て、裏山が一気に燃えあがりました。炎はあっと言う間に村を囲い、住民たちは洞窟の奥へと逃げ込みました。
 炎は草木を焼きつくし、洞窟の中へまで広がりました。
 二日後の大雨で火がやっと収まった時には、住民のほとんどが焼け死んでいました。
 助かったのは、狭い洞窟の奥の奥へ逃げ込むことができた、体の小さな子供たちだけです。
 家も食料も、生活に必要な道具もすべて焼けてしまい、知識を持った大人たちも、もういません。
 子供たちだけでは、冬を越すどころか、今日の食事さえ、どうすればいいのかわかりません。
「もうダメだよ」「おしまいだよ」「みんな死んじゃうよ」
 けれど、だいじょうぶ。
 岩に彫られたコリーのレシピだけが、焼けずに残っていました。コリーの書き足したレシピは百ページを超え、パンに関係するあらゆる知識が記されていたのです。
 子供たちは『山火事の後で食べられる、木の根のパンの探し方』で飢えをしのぎ『天日オーブンの作り方と、それに適した家の作り方』で冬を越し、村を再建することができました。
 
 それから数百年が過ぎました。
 コリーのレシピは、住民たちの感謝の言葉と共に、今も村に残っています。
 コリーのようなリスたちがときおり新しい知識をレシピに加えるため、その内容はこれからも、まだまだ増え続けることでしょう。
 いつまでも。


(おわり)



村上リコ様(祝お誕生日)と、モノづくりにたずさわるすべて人々へ捧ぐ。
 
 
 




 追伸 ↓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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