南国の野球場

                        

月刊プロ野球哀8月号特別企画! 

「密着! 名物マスコットの一日に迫る」

今回は、宜野湾スターフィッシュの本拠地の沖縄で評判となっている、
マスコット『えらぽん』の一日を取材したいと思います。

真夏の宜野湾スタジアム(通称:ギノスタ)

 

「いらっしゃいませ、野球観戦にゴーヤードリンクはいかがでしょうか?
ルートビアはどうですか、ドクターペッパーはどうですか?
ビールに泡盛どうですか、ちくわもありますよ!」

「おぅ、兄ちゃん元気だねぇ。じゃあ、ルートビアを1つ」

「はい、ルートビア1つですね〜。毎度ありぃ」

カンカンと照りつける太陽の下で、宜野湾スターフィッシュのマスコット担当である知念正毅(二十九歳・独身)は、
声を張りあげて、ギノスタに来ているお客さんに営業をしていた。
知念さんは、身長159cmと小柄で細身であるものの、非常に元気の良さそうな方というのが第一印象でした。

 宜野湾スターフィッシュ…、それは沖縄にある唯一のプロ野球チームである。
沖縄ではプロ野球のキャンプやオープン戦こそ毎年行なわれているものの、公式戦は一度も行なわれていなかった。

そこで、野球に飢えていた住民やNAVYらの要望に答え、市民球団という形でチームを結成することになった。

最初の頃はチームも弱く集客能力も低かったが、ドラフトでは徹底した地元選手の指名で次第に戦力を充実させ、
リーグ優勝五回・日本一を二回成し遂げた…。

知念は子供の頃から野球が好きで、東京の大学に進学したのは

「年間で百試合観戦する」

ためであった。幸いにも仕送りが充分に送られていたため、
3年間のうちに単位を取りつつ、連日野球観戦に行くことが可能であったのである。

そして、就職活動では第一志望であった宜野湾スターフィッシュの内定をもらい今に至っているのである。

球場の外での売り子作業が終わると、知念は急いで球場内にある更衣室へ急いだ。

そして、売り子の制服を脱ぎ、素早くスターフィッシュのユニフォームに着替えて、海ヘビのかぶりものを頭に装着した。

(マスコットは、シャオロンやドムラのように全体を着ぐるみにするよりも、
トラッキーやドアラのように頭だけかぶりもので下半身は動きやすいように軽装にするというのがスタンダードである) 

名前は、ファンからの公募という形で『えらぽん』に決定した。

知念は、マスコット担当という肩書きであるものの実際はなんでも屋のごとく、
チームのためならなんでもしているのである。

なぜならば、宜野湾スターフィッシュは市民球団であるため、人件費を多くかけることができないのである。
球団職員全員が自分の給料よりも、
チームの強化にお金を使って欲しいと望む集団だからこそできる芸当なのかもしれないが…。

試合開始30分前には、本来ならばダンサーチームがグラウンドで自慢のダンスを披露するのだが、
三重パールズ戦に限ってば、『えらぽん』となった知念はたった1人でグラウンドに立ち、
お馴染みとなった三重パールズのラルフ大村との、プロレスルールによる特別試合5分1本勝負を始めた。

元々は、ラルフが絡んできたことから始まった勝負であったが、知念がノリノリだったことと、
観客のウケがよかったことから、三重パールズ戦では、ラルフが1軍にいれば必ず行なわれるようになったのである…。
試合前に体力を使っていいのかとは思うが、ラルフはいつも平気な顔をしているし、
誰も注意する者はいないため、問題はないらしい。

「今日もひと勝負いくかぁ!」

そう言って、ラルフは『えらぽん』にタックルを敢行するも、

『えらぽん』は完全に見切っていたのか、カウンターで膝をラルフの頭に軽くヒットさせる。

が、ラルフは怯むどころか、そのままの勢いで足を掴みタックルに成功。そのままマウントポジションの体勢に持っていき、

「今日もよく回っております」

とばかりに、ジャイアントスイングでぶん回す。

このジャイアントスイングが、この両者の対決のメインで、
観衆はいつもラルフが『えらぽん』を何回回すかということに注目しているようである。

スタンドからは、「1〜、2〜、3〜…」と回している回数をコールするファンの声が聞こえてくる。
そして、「22!」というところで、ジャイアントスイングはストップする。

フラフラになりながら、『えらぽん』は反撃しようとするも、またもやラルフに捕らえられ、

「かつぐぞぉ〜」

とアルゼンチンバックブリーカーの体勢に捕らえられる。そして、数秒後に『えらぽん』はギブアップすることに…。

勝負が終われば、知念とラルフは仲良しである。3塁側ベンチで仲良くルートビアを飲んでいた。
知念は、この薬品のような味のする不思議な飲み物が大好きで、相手チームの選手にも薦めるのだが、
だいたいはちょっとだけ飲んでみて、

「これ以上は絶対飲まん!」(作者の周囲がそういうもので…)

と言われることが、お約束となっている。
そして、ほとんどの選手が、普通に販売されているスポーツドリンクなどで済ますが、

日本人選手では、ラルフ大村だけは、ルートビアの味が気にいった模様である。

そしていざ試合に入ると、知念は1塁側に用意された部屋で待機することに…。そこで知念は黙々と出番を待っている。
出番は、味方選手がホームランを打ったり、イニングの合間に球場を盛り上げたりするというものなので、
味方の攻撃時はかぶりものを外すことができない(いつ何時誰がホームランを打つかわからないので)。

おまけに、部屋の中も扇風機ぐらいしか用意されていないため、非常に暑くすぐに水分が欲しくなる。
そのため、部屋の片隅には知念が自宅から持ち込んだクーラーボックスが置かれている。

クーラーボックスの中身は、カロリーを気にしてかお茶などが多く入っているが、
その中で異彩を放っているのは「ゴーヤー茶」である。
これは、全国的に有名なボトラーが扱っている沖縄限定の商品であるが、ゴーヤーの名前がある通り、結構苦かったりする。

が、知念はこれとサーターアンダーギーの組み合わせが大好きであったりする…。

試合は、スターフィッシュ先発の石嶺が初回から火だるま状態になり、ワンサイドな展開に。
スターフィッシュの投手が降板するたびに、アイシングの用意と、チームがコンディション維持のために、
飲むよう推進しているりんご酢を持ってベンチに駆け回るハメに。

そして、試合は一方的なまま終了。だが、マスコットにはまだ仕事が残っている。それは、ファンとの交流である。

サインをする・握手をする・写真撮影に応じる…などいろいろな交流の方法があるが、
(最近は他球団のユニをきせられたり、いきのいいストレートをもらったりすることもあるらしい)

宜野湾スターフィッシュの場合は、まったく別のパターンで、シークァーサージュースの販売である。
マスコットがジュースを作るチームは他にないだろうという恐ろしい発想を元に、
ジュースマニアの知念が提案したものである。

疲れきった身体に鞭を振るいながらジュースを作る光景は、なぜかファンを引き寄せるらしく、かなり好評らしい。

仕事が終わり、自宅に戻る姿は仕事に疲れ切った男ではなく、充実した仕事を終えた男の姿であった…。

PS:
その後、編集部に知念からの小包が届いたので、開けてみたところ、ルートビアが1ダース入っていた。

そして、編集部の人間で飲んでみた所…。

「うべらばぁぁ〜」

 という悲鳴が聞こえたという。 (文責:Mr.T)

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