ナックルボーラー外伝
三重パールズの快男児?
作・渦巻主任
愛知県海部郡弥富町には零細出版社である「山崎出版」がある。主な発行物は、『月刊プルスイング』という、地元球団である(愛知には球団が無い)三重パールズをメインとした野球雑誌だ。
『プルスイング』という名前をつけたのは、親父がプルスイング(引っ張る打撃)をするホームランバッターが大好きだからである。
俺、山崎毅は『プルスイング』の編集長を務めている。
まぁ、最初は親父が作った雑誌だったので編集長も親父がやっていたが、だんだん経営の方で忙しくなってきたので、俺にその役が回ってきた。今回の五月号が初仕事である。
そして、三重県津市にある喫茶店『ドムラ珈琲店』にて今度出る『プルスイング』五月号のメイン記事となるラルフ=大村選手へのインタビューをしなければならない。俺は近鉄電車の準急に飛び乗り、列車は各駅を停車しながら猛スピードで津に向かった。
が、無常にも準急は四日市が終点であった。何せ、普段は本数が少なく、乗ること自体がすでにマニアックな関西本線を愛用していたため、近鉄電車に対する知識はゼロに近かったのがいけなかった。
「親父の奴…、やっぱり『快速みえ』の方が早いよ」
そんなことを思いつつ、ホームで待っていると鳥羽行きの急行が来たので、それに乗ることにした。
こうして、命からがら津に到着した俺は、タクシーの運ちゃんに土下座してメッカの方角に五回拝礼をしてから、『ドムラ珈琲店』まで行ってくれるように哀願した。
タクシーは、野を越え山を越え地の果てまで行くわけではなく、田園風景を、峠を攻めるがごとく疾走し、『ドムラ珈琲店』に到着した。店内の中に入るとまだラルフ選手はいないようである。
『ドムラ珈琲店』は喫茶店なのに、なぜか和室の個室があるという変わった店である。なぜか、三重パールズの選手と対談する時は、選手側の希望でこの店が良く選ばれる。
「まだ、来ていないのかぁ…しょうがないから先に一杯飲んでおこうかなぁ…。親父ぃ、抹茶きな粉スペシャル一つぅ!」
「あいよっ、抹茶きな粉スペシャルね!」
とりあえず、メニューを見た時のインパクトで選んだのだが、ちょっと後悔しているかも…。他には、血の池地獄だとか、一発必中だの、徴兵回避ドリンクだのとんでもない名前のメニューばかりならんでいるから、まだちょっとはまともそうに見えた飲み物をオーダーしたんだけど…。
「へいっ、お待ちぃ!」
そして、注文した『抹茶きな粉スペシャル』が俺のもとに運ばれてきた…。よーく見てみると、ビールの大ジョッキいっぱいに抹茶ミルクが満たされており、その中にきな粉の巨大な塊が浮いていると言う状況。そして、さらにアイスクリームと小豆と今川焼きが3個(一つはカスタードクリーム入り)トッピングされており、地獄絵図を展開しているという有様…。
そして、俺は『抹茶きな粉スペシャル』を、あまりの美味しさに号泣しながら食べ、何度もトイレに駆け込みながら見事完食した。
そうしていると、ようやく店の入り口にラルフ選手が現れた。格好は、西部劇のガンマンがかぶっていそうなテンガロンハットに、真っ白なギターを手にしていた。どうやら、彼のギターの腕前は日本では一番のようだ…。
「スマンスマン、途中でファンのサイン攻めにあったんだよ。申し訳無い。これだからスターは辛いよな」
「何言ってるんだい、お前さんはスターというよりドサ回りの売れない芸人だろ?」
『ドムラ珈琲店』のマスターがジト目でラルフ選手を主婦のかたがうっとりしそうな流し目をしながら、ツッコミを入れた。
「ひどいなぁ、こんなナイスガイを捕まえてさ。…危ない危ない。編集者さんの存在を忘れるところだった。どもっ! 三重パールズのラルフ=大村です。よーく目に焼き付けておいてくださいね」
な、なんて無茶苦茶な男なんだろう…常識が通用しそうにないオーラを身体中から漂わせている。もう、身体が発光しているように勘違いするぐらいに。そして、今度はこちらが自己紹介をする番だ。
「えー、私は山崎出版の山崎毅と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
ラルフ選手は軽く会釈をし、そして、おもむろにメニューを広げてた。そして、激しいにらめっこを繰り広げている。
「山崎さんは何か飲まれました? ここの飲み物はどれも素晴らしいセンスをしているからお気に入りなんですよね」
素晴らしいセンス? …天災男の考えることは分からん。こちとらさっきの『抹茶きな粉スペシャル』がまだ胃に残って気持ち悪いんだぞ! 頼むんじゃなかったと、笑みを浮かべながら思った。
「…え、ええ…まぁ…あの…その…なんといいましょうかぁ〜、いわゆる一つのワンダーランドにトリップしたというんでしょうかね。この痛みは女性にはわからない痛みですよ」
我ながら、何を言っているのかわからない。ただ、言えるのは「ほえほえ〜」と叫びたくなるほど錯乱状態にあるということだけだ。
「そうですか〜、山崎さんもこの味が理解できるんですね! いやー、今までのインタビュアーの方は皆様、『こんなものが、飲めるかぁ!』とテーブルをひっくり返したり、突然全裸になってマラカスを振りながらサンバのリズムで踊ったり、『郷里に帰る! 誰も俺を止めないでくれ!』と言う方ばかりでしたから。パールズの選手達はみんな好んで飲んでますけどね」
こんなものを平気で飲めるパールズの選手って一体何者だ?
「マスター、俺は『魅瑠狗征危』と『愚唖手真螺』を、それとこちらの兄ちゃんには『頑健美髯茶』を頼むわ!」
「OK! わかったぁ!」
「…あ、あの…そこまで気を使ってくれなくてもいいですよ」
ラルフさんは、チッチッチッと舌打ちをした後、人差し指を左右に動かしてその後、テンガロンハットのつばを上にあげて言った。
「いいんだよ、遠慮なんかしなくても。大体俺達はプロなんだから、ファンの方々におごる金ぐらいはいつも持っているのさっ!」
いや、お金の問題じゃなくて人間の尊厳に関わる問題なんですけど…。ねぇ、ねぇってばぁ!
しかし、無情にも俺の願いは聞き入れてもらえなかった。
「へいっ、お待ちぃっと!」
テーブルの上に置かれたものは、この世の飲みものではないようにしか思えなかった…。
『魅瑠狗征危』
通常のミルクセーキにピータン・練乳・腐乳を混合させたもの。
『愚唖手真螺』
グァテマラ珈琲に、韓国産の大麦コーラ(俗称・滅枯汚鵜留)・麦茶・ウーロン茶に杜仲茶を混ぜ合わせたもの。
『頑健美髯茶』
様々なお茶をブレンドした後に、プロテインや細切りの酢昆布をヒゲのように寄り集めた物体を混入した。「別に嫌がらせでやっているわけではないんですよ」とは、マスターの弁。
…もはや、観念するしか無いのか…武士の本懐ここにありといったところかな。これ以上ボケ倒されると終りそうにないので。この辺でインタビューを始めることにしよう。
「それでは、これからインタビューを始めさせていただきたいと思います。まず、ラルフさんの自己紹介からどうぞよろしくお願いします」
御互いに軽く会釈をしたあとインタビューは始まった。
「俺の名前は、ラルフ=大村だ。元々は日系人であったが、高校の時には日本国籍を得て高校に通ったんだ。長打力では誰にも負けない自信があり、ガンガンホームランを打っていたら、パールズのスカウトの目に止まり七年前のドラフトで八位指名されたんだ」
たしかに、日本人の顔ではないなぁ…。
「趣味は何がありますか?」
すると、嬉しそうに手をポンポン叩きながら答えた。
「まずは、赤字っぽい路線を走る電車の旅だね。伊勢鉄道や、愛知環状鉄道や、ピーチライナーなんかはお薦めだね。今度はJR城北線にでも乗ろうかな? あの、環状鉄道にしようとしてあきらめたって感じのつくりが良さそうだしね。それと、妖しげなジュースを買って飲むことだね! 外見が妖しくて、中身も妖しければなおいいんだよ。今までの人生の中で一番印象が強かったのがJR東海の『ダビボベビータ』だね。あの味は本当に口では形容できないぐらい凄かったよ」
この店の飲みものも人知を超えた味がするんですが…。
「さて、野球の方に話を戻しますが」
ラルフさんはあきらかに不満げな顔をする。
「入団してからは二年間ファームですごしていたわけですが、一年目は打率
.208でホームラン15本28打点。二年目は打率.240ホームラン30本78打点と、ファームの二冠王を獲得…」ラルフ選手はウンウン、と満面の笑みを見せている。
「あの時は、もう思いっきりフルスイングして引っ張ることだけしか考えてなかったからね。ま、30本塁打に関しては俺様が持っているスターとしての実力を見せたってことだね!」
確かに、二軍の試合とはいえ30本もホームランを打つのは才能以外の何物でもないだろう。
「翌年からは、開幕から一軍に定着しました。その時の心境は?」
「遅すぎたって感じだった。俺なら入団して即四番だと思っていたからなぁ。ま、最初から四番を打ったら先輩達にも失礼だしね」
ラルフさんは、『魅瑠狗征危』を涼しい顔で飲んでいる。「飲むかい?」と勧められたので、俺も一口と飲んでみたら、すぐに昇天しそうになるぐらい強烈な味であった。
「しかし、当時の監督である餡埜さんには嫌われてましたね」
ラルフさんは、天を仰ぎながら額を地面にこすりつけ、土下座をした。その表情は怯えているようにしか見えない。
「あ、あの人だけは…、ちょっと苦手なんですよ。なんというか、食べられそうというのか、丑三つ時に藁人形に釘を打っていそうって言うのか…。アイ・ヘイト・マンジュウゥゥゥっ!」
「わ、わかりました、記事にしませんから土下座するのは、やめてくださいよ」
どうやら、本当に餡埜前監督のことが嫌らしい。
「…では話題を変えましょう。今年は、開幕戦に大きなホームランを打ってから四月は打率320.ホームラン10本21打点と絶好調ですが、自分ではこの好成績をどう思ってますか?」
「うーん、やはり毘沙門天の加護じゃないですか? はたまた、陽気なドミニカンの生霊でも憑いたんでしょうかね? もちろん、自分の実力ってのもありますがね」
立ち直りの早い人だことで…。
「そういえば、4月のパールズ快進撃の立役者と言えば、あなたの他には同期入団の西桑投手がいますが、彼についてのコメントを頂けたらと思うのですが…」
「あー、アイツかぁ。なんか躁鬱症の気があるんだけど、おもしろい奴だってことだけは確かだな。入団当初は凄く速いタマを投げていたんだけどねぇ…。いまじゃ、ヘロヘロボールしか投げられなくなってるんだよなぁ。それが、相手の打者が打てないって言うんだから不思議なんだよな。ま、アイツが勝ってくれることでチームが勢いづいているんだから凄いよ、いや本気で」
何か支離滅裂なコメントという気がするが、それがラルフさんらしい同期の仲間である西桑への気持ちなのだろう。
そして、インタビューはまだまだ続いた。が、記事に載せられる内容の話は一切しなかった。
例えば、名前のわりに凄くローカルな関西本線について熱く語ったり、なんで三重県の県庁所在地は津であるのか?
マクドナルドのスマイルはなぜ値段表に書いてあるのか?
味噌は当然赤味噌として、醤油は濃口醤油か薄口醤油のどっちにしている?
これからの社会は循環型社会にするべきだという意見があるが、その理由と、それを構築する手段について一時間で述べよ。
などなど、自分達のみに非常に有意義な時間を過ごした。
そんなこんなで、時間は午後十時、そろそろ帰らないといけないので、タクシーを呼びつけて津駅に向かった。乗るのはもちろん男の電車、関西線。出発寸前なので行先を確認せずに飛び乗った。
仮眠でもとろうかと思ったその矢先である!
「この電車は亀山行きです。なお、亀山から先へいく電車はありませんのでご注意下さい」
何いっ! それでは、今日は駅の構内で野宿だとぉ!(できません)。…これがローカル線の恐怖ってヤツかな!(違います)
《おわり》