『月刊アンツ』特集記事
異国から来たぶきっちょピッチャー
渦巻主任
この原稿は、倉敷の地方テレビ局ぶちギレ金剛テレビのサンデーアンツで放送された内容をスペイン語から意訳したものです。
ファミリーレストラン『いっき』にて、野球解説者のエディ岡本と倉敷アンツのウーゴ=サンティアゴが、コーヒーを飲みながら談笑している。ウーゴはコーヒーが熱いのか、何度も息を吹きかけている。どうやら猫舌らしい…。
「まずは、自己紹介からお願いします」
「俺の名前はウーゴ=サンティアゴ。今は倉敷アンツでピッチャーとして投げているんだ。主に、相手が左の強打者という場面で、ワンポイントリリーフという形で試合に出ているのさ。まぁ、アンツのファンなら俺の役目のことは知っているだろうから、これ以上は説明しないでもいいんじゃない?」
「それもそうですね」
エディは苦笑しつつ、言葉を返した。
「俺はベネズエラ出身で、母国のベースボールをしている人なら誰もが夢に思っているように、俺もメジャーリーガーになるのが夢だったんだ。小さいころからメジャーリーガーを目指して、紙のグローブと角材のバットで友達と毎日ベースボールに明け暮れていたのが懐かしいねぇ…」
ウーゴは照れくさそうに、頭をポリポリ掻きながらコーヒーのおかわりをウェイトレスに頼んだ。
「家は貧乏だから、親も学校に行かせようとは考えなかったみたいで、俺がベースボールに夢中になっていることに対しては、何も言われなかったね。まぁ、母国じゃよくある光景だけどさ」
「確かに、ベネズエラ出身のメジャーリーガーって多いですよね」
「そりゃそうさ、同じ町に大物メジャーリーガーが建てた家があるけど、その家の規模が政治家の家よりも大きいんだよ! それなら、みんなメジャーリーガーを目指すのは当然だろ? で、俺はハイスクールに行かずに、ベースボールアカデミーに行くことにしたのさ! ま、お金は当然かかるわけだからバイトしながらだけどさ」
「バイトって、何のバイトをしていたのですか?」
「(ズズズ…)基本的には、体を鍛えるということも考えて、力仕事ばかりやっていたんだよね。と、いうより頭を使う仕事ができないだけなんだけどさ…。まぁ、力仕事なら町中捜せば見つかるから仕事には困らなかったね」
「で、倉敷アンツのベースボールアカデミーに入ったんですね?」
「(ズズズ…)そうだね、当時はどこのチームのアカデミーでもいいからとにかく練習したいという気持ちが強くて、それならばお金のかからない所がいいと思って選んだんだ。あそこから、メジャーへ這い上がった人が結構いたことも重要なポイントだったね」
「そうですねぇ、あのアカデミーは別に日本に来る選手を育成するというよりは、メジャー球団に対してできるだけ高いお金で選手を売り込むことを優先していますからねぇ…」
ひとくちメモ
アンツアカデミーは、元々は倉敷アンツの戦力を強化するために設立されたものであったが、来日させた選手のほとんどが、メジャー球団からのオファーがあれば、メジャー球団へ行くことを選んでいた。そのため、今ではアカデミー生徒が直接メジャー球団に入団(主にポスティングシステムで)することが認められている。
「ところで、投手になったきっかけはあるのでしょうか?」
「(ズルズルズル)あ〜それはねぇ、アカデミーのコーチが俺の打撃練習を見たところ、『バッターとしては使えない』と判断されたからなんだ。ストレート以外の球に全然ついていけないんじゃ無理もないけどね。チェンジアップを投げられた時は、バットを2回振り回したぐらいだからねぇ…。周囲の人間には『ぶきっちょなバッター』とからかわれたよ」
エディは必死になって、笑いを堪えた。ここで笑ってしまったら、ウーゴのプライドを傷つける恐れがあるため笑うに笑えなった。
「それで、投手になったということですか?」
「あの時は、正直退学させられるんじゃないかって心配していたんだけど、守備練習の時に肩が他の選手よりも強かったから投手として残ることができたんだ」
「アカデミーの方に話を伺ったのですが、ウーゴさんはいきなり100マイル(160キロ)の速球を投げたんですって?」
「そうさ。でも、ボールそのものはキャッチャーのはるか頭上を超えていったね。だから打席に立っていた人は、自分の代わりにクラッシュダミー君を打席に立たせたんだよね。ハハハ…」
そりゃ、100マイルの速球がどこに行くのかわからないのであれば、打席に立ちたくもないのは当然か。
「そして1年経っても全然ストライクが入らないもんだから、コーチが『お前は上から投げるとボールを放す場所が全然違うから変なところに行くんだよ。これからは、横から投げてみろ』と言ってきたので、言われた通りにしてみるとボールが安定してストライクゾーンに入るようになったんだ」
「不思議な話ですねぇ…」
エディは困惑した表情を見せている。
「自分でも驚きましたから…。でも、それだけじゃ投手でメシは食えないですよ。速球しか投げないなら、相手もプロですから簡単にタイミングを会わされて打たれるのが自然でしょ?」
「まぁ、それはそうですよね」
「(ズズーッ)で、俺は変化球の練習をしたんだけど、これが全然ダメ。だって、ほとんど変化しないし、投げ方からして変化球を投げることがバレバレなんだから。それでまた『ぶきっちょピッチャー』と言われる羽目になったんだよ…」
いくら球のスピードが違うといっても、投げるときに球種がわかっていたら対応は楽になる。なので、変化球の時もストレートと同じフォームで投げることが望ましいとされている。
「2年もしたら、同期の人でもメジャーリーグのチームにスカウトされていく人も多かったんじゃないですか?」
「まぁ、メジャー昇格とまでは行かなくても、マイナーリーグで活躍した人は多かったね。だから、正直あせっていたよ。このままじゃメジャーなんて夢でしかないって毎日思っていたさ。そして、10月に入ると、俺はアカデミーの事務所に呼び出されたのさ」
「呼び出された時の心境はどうでした?」
「…あの時は、正直言ってダメだと思っていたさ」
いかにも、感慨深そうに苦痛に満ちた表情をしつつ、いつの間にかおかわりしていたコーヒーに砂糖を入れていた。
「(ズズーッ)そうしたら、アカデミーの代表者に『日本に行かないか?』といきなり言われて面食らったね。日本に行くことなんて頭の中には全然なかったんだから考えるわけもないだろ?」
一呼吸を入れるように、思いっきり音を立ててコーヒーを飲む。
「で、その日の夜にはさっそく日本にいるベネズエラ人の人に話を聞いたんだ」
Y球団のP選手の場合。
「あ〜、日本ねぇ。あの国はイイトコだよ。アメリカにいたころは3Aでしか活躍できなかったけど、日本では最初の年にホームランキングになったんだ! そして、チームの最終戦では、母国の大統領が俺のためにわざわざ日本まで来てくれて、雨で開始時間が30分も遅れたけれど始球式をしてくれたんだ! 恐らくメジャーにこだわっていたら今の俺はないね。…ん、なんだいオルガ? デートに行かないかって? う〜ん、だったら神宮外苑を散歩することにするか。俺達は二十四歳離れていても年の差なんて気にしないからねぇ…(以下、ノロケ話が延々と続くのでカット)」
H球団のDさんの場合
「日本ですか? イイトコだよね。たとえ、普段はアッパースイングで三振の山を築き上げて、なおかつ危なっかしい守備を見せているのに、G戦で劇的なホームランを何度も打てばすべて帳消しになって契約を結んでくれるんですから。それにコンビ二でいつも女の子目当てで週刊誌を読んだりしているけど、それでもそこそこのプレーをしていれば問題ないんだからねぇ…。まぁ、僕の場合はベネズエラに牧場を持っているから年俸は低くても平気なんだけどね。少なくとも、メジャー行きを考えるよりはいいと思うよ」
「…と、まぁ参考になるんだかならないんだかよくわからないアドバイスを受けて、日本に行くことを決めたんだ」
額に流れている汗をハンカチで拭きながらウーゴは語った。
「日本に来て、まず困ったことは?」
ありきたりの質問とはいえ、やはりしてみたいものである。
「やっぱり、日本語がわからないというのが一番かな? それと、このわた・鮒寿司・ぷよまん・小倉抹茶スパ・くさや・ラーメンのなるとなんかも苦手なんですよね…。ベネズエラ料理の店なんてまずないから、故郷の味を思い出すたびにいらだちが隠せなかったよ」
いかにも、気持ち悪そうなジェスチャーをする。
「でも倉敷の寮は、アカデミーの建物よりもきれいで設備も充実していたから助かったよ。それに、俺は料理を作ったら炭化した謎の物体Xか、濃すぎる味のものしか作れないので、寮の人が食事を作ってくれるのはありがたいね。納豆は勘弁だけどさ!」
なんか、その光景が想像できそうで物凄く嫌だ…
「それで、日本に来た最初の年(五年前)は1軍で先発や中継ぎを経験することになったわけですが、かなり成績が悪かったですね。防御率が五点台で一勝五敗という成績ですから」
「相手の最初の打席はスピードで押し切れるけど、後のイニングになっていくとストレートにタイミングを合わされるし、こっちも疲れてきているから力の入っていないボールしか投げられないもんで打たれに打たれたね。『放火魔』とか『花火師』とか『直球戦士』などありがたくないニックネームを頂戴する羽目になったよ。中継ぎになってからは、それなりに結果を残せるようになったけどね」
ウーゴは追加注文したらしいパフェの生クリームを机にボトっと落としつつ貪るように食べていた。
「そして、秋期キャンプで監督やコーチが話し合った結果一つの結論に至ったんだ。『ショートリリーフに専念してもらう』ってね。
俺もそれでしかメシを食えないと思っていたから、その案にはすぐに納得できたよ」
「そのころは、変化球とかを全然投げられなかったようですが、現在あなたのトレードマークとなっている超スローボールはいつ覚えたのですか?」
「あれはねぇ…キャンプ中にコーチがチェンジアップを俺に教えていたんだけど、俺って相変わらず『ぶきっちょピッチャー』だったから、全然マスターできなかったんだよ。で、呆れかえっていたコーチは、『だったら単純に遅い球を投げてみろ!』と怒ったので、試しに山なりの超スローボールを投げたら『これは使える!』ということになって、使うようになったんだ。まぁ、相手打者が打てないんだから、癖もバレてないんじゃないの?」
「そして、それからは毎年安定した成績を残すようになって、昨年は73試合投げて防御率0.00と一回も救援失敗をしていないという記録まで残りました」
「あれは出来すぎですよ。おかげで、今年は余計なプレッシャーを背負うことになったんだからさ。騒がないで欲しいというのが本音だね。正直、去年は精神的に参ったよ」
そうは、言いつつも、顔は誇らしげであった。
「では、今年の目標をお願いします」
「目標は165キロを出すってのはどうでしょうか? 実際上から投げればそのぐらいは出せると思いますけどね」
ウーゴの目はこの言葉が本気だということを表している。
「まぁ、それよりもチームの優勝のために出番が来たらしっかり抑えることが大事です。ファンの期待を裏切ったら申し訳ないですし、俺の首も飛んじゃいますから。HAHAHA!」
そして、ウーゴはこちらが用意した色紙にサインをして練習場へ向かっていった…。
ちなみに、サイン色紙を見る限り、ウーゴはカタカナを読む・書くということができるというのはわかるが、その字を見る限り、『ぶきっちょ』というのは本当だなと思う。
(完)