
園主の目から母93歳の行動記録を通して家族構成およびその役割を紹介する
登場人物
いなかるちゃー園主(じぃちゃん)61歳、その妻(ばぁちゃん)60歳
母(ぴぃちゃん)93歳、長男(パパ)34歳、嫁(ママ)30歳、孫(めいちゃ ん)
0歳
おふくろが、曾孫を抱いた表紙の写真はごく最近のもので、HPご来場の方に も少し
ご理解いただくために恐縮ですが、孫めいちゃんの生まれる少し前の日誌にさかのぼ
らせていただく。
わがママざんまい
鏡をみるたび頭には白いものが目立ち、気がついたら会社に行くのもあと百日を切ることになった。
朝家を出るとき玄関口には決まって私の靴が揃えてある、ということになっているというべきか。
おふくろはときどき忘れることもあるようで、そんなときは後で大分気にしているようである。
本人は一心に磨いているつもりなのでしょうが、靴墨が少し斑だったりするときもあるが。
かれこれ30数年の日課ということになりよく続いたものだ。
言葉で謝すのも照れくさい。母も91歳ともなったこの辺でお袋の自由奔放な今日の生きざまを妻との
会話などを交えて記録してみたくなった。きっかけは、日経新聞、あるノンフィクション作家の
ワガババ介護日誌をヒントにして わがママざんまい とした。
97年1月 某日
ぴいちゃんの絵
孫の観察ってすごいもんだ。しばらくぶりに訪れた嫁いだ娘一家。
娘がニヤニヤしながら何かまるめた筒を差し出した。一年生になった孫が書いたという絵。
そこには腰をかがめ腕を後ろ手にしたおふくろが描かれている。そういえば孫の男の子二人、腰を曲げて後ろ手に組みおふくろの後をひょこひょこついて歩いていたっけ。
顔の皺もほどよく描かれているし、輪郭だってまぁ似てなくもない。ご丁寧にかつて見たこともない口紅
まで引いてある。たどたどしい字で、「ぴぃちゃん、いつまでもげんきでながいきしてね」とは憎いネ。それからの妻はづいぶん長いこと茶の間で一番目立つところにそれを貼って、くる人来る人に孫の書いた絵の
自慢をしていたっけ。
下の子ももうすぐ一年生、今度はどんな絵をもって来るのか楽しみだ。
年 某月
嫁の観察
「お母ぁさん、お母ぁさん、野良猫がねぇ、ばぁちゃんの側を平気な顔をしてのそのそ歩いてんのよ、年寄りだと思ってばかにしてんのかなぁー」とさも意外な発見でもしたような声で報告に来た。
それもその筈、家中の戸締まりをしても、してもどこからか入り込みそのたびに家人に怒られ追い出されている飼い主不明のドラネコ。夢中になって編み物に余念のないおふくろを一瞥しただけで、悠々闊歩する姿にはいささか驚きだったようだ。
嫁いでまもない当人にとってみれば、主客転倒もはなはだしく異様な光景に映ったのも理解できなくもないが。
「ばぁちゃんはね、編み物すると夢中になるの、猫だってそのこと知っているのよ、怒られても怖くないしその辺のことは」との女房の台詞に妙に納得している風だった。
96年 11月 某日
暖かな日

朝のしじまを破り今日も遠くの方からデン、デン、デンという足音が寝室まで聞こえてきた。おふくろの足音はどういう訳か廊下のフローリングを軋ませる。お陰で姿が見えなくとも当人の所在が分かるし、女房などは足音で何か言いたいことや訴えたいのでは等とある程度分かるらしい。
今朝もリズミカルな廊下の響きに「ばぁちゃんの足音今朝は快調だねー、もし今日暖かだったら髪でもきってやるかなぁー、正月も近いし」と妻がつぶやいた。
97年 12月 某日
おふくろは93歳になった現在でも、暖かい日には好きな庭の草花の手入れに余念がない。その一所懸命さを説明するのに、さらに古い話で恐縮ですが、1987年6月10日付け河北新報の家庭欄、ティータイムに妻が投稿した拙文がある。
花 泥 棒

いつも「ばぁーちゃん、ごはーん」と呼んでも聞こえないほど夢中になって草花の手入れに忙しい八十三歳のしゅうとめが、けさに限って玄関先にペタッと座り込んで、どことなく元気がない。
何事ならんと聞いてみると、「だれだべねー、こんなことして、欲しいなら分けてやんのに」と、立ち上がる気力もない。 庭中、所狭しと植え込んであるエビネランの一角が、夜半に根こそぎ、しかも一番大事にしている大きな株ばかり百本も、何者かに持って行かれたとか。世の中にこんな人まだいるんですねー。 しゅうとめは、夜明けを待って起き出し、一日中庭をはうようにしてあっちへ持っていったり、こっちへ植えたり、心から生きがいにしている草花。
その一本一本頭の中にも植え込んでいたのですねー。明け方、縁側の窓からヒョイと外を眺めたら、きょうこそは見ごろだろうと思っていた黄エビネの姿が見あたらず、寝間着のまま庭を一回りしてこの落ち込みぶり。
いつもは「足の踏み場もない」とか「そんなに植え替えてばかりいても根付く暇もあんめーや」なんて冷やかしていた夫も、今日ばかりは声もない。それにしても心ない泥棒さんですね。 ばぁちゃんは三年前に十株ほど他人から譲り受けて、大事に手入れして、やっとことしは自慢できると楽しみにしていたのにー。
「また三年もすれば増えるし、楽しみも先にあっていいっちゃ」との夫の言葉に「長生きしなくっちゃ」と答えるしゅうとめの一言に救われた感じがしたのだった。
わが家の昇格人事
しばらく振りに長女、次男一家がやって来た。おふくろにとっては勢揃いのひ孫達へ何とか存在感をアピールしなくてはならない。「ユウちゃんおおきくなったこだー」「シュンちゃんこっちへ来てみさい」「サトちゃんこんにちは」「ハイこれ食べらいん」「ばぁちゃんに何か貰らってこらい」と、やっと出番が来たかとでもいうように矢継ぎ早の仕切様、この時ばかりはとひいババぶりを発揮するようだ。
ところで、今年3月27日、長男夫婦にも待望の女の子が誕生し、芽生(めい)と命名された。ちょうどその4日後の31日は、おふくろの93回目の誕生日でもある。いうまでもないが、孫 芽生との歳の差、約1世紀これは、ずうっと縮まることはない。
孫の成長は早いものだ。6カ月過ぎたこの頃は、あちこち這いまわるし、人の顔も分かってくる。年々体もちっちゃくなったおふくろには、ことのほか親しみを覚えるのか、めいちゃん!と声をかけようものならニコニコ愛嬌を振りまくようで、可愛くてしようがない。
これからは寒くもなるし庭の草花の手入れもなくなるのでひ孫に毎日どんな対応をするのか大変なことだ。
これでやっと一通りのいなか在住の住民票が揃ったことになる。そこでこれから先、それぞれの登場は混乱を避けるため、孫めいちのゃんを中心にした、パパママ、じぃちゃん、ばぁちゃん、そして曾祖母はぴぃちゃんと、ホームページ開設の当日付け、わが家各住人の呼び名昇格人事を発令することにした。
ふぅ・・。
98.10.18