陶都瀬戸にゆかりの深い陶祖藤四郎作の対の瓶子などあり

第二十六番札所 大昌山 宝泉寺 (ほうせんじ)

                    御詠歌

  ひとすじに いのる心や みほとけの ちかいのいとを ながくひくらん


 本尊  釈迦牟尼如来
       延命地蔵菩薩
       千手観世音菩薩

 宗派  曹洞宗

 住所 瀬戸市寺本町30

 電話 0561−82−2316

 拝観料 無料

 駐車場 30台

 第二十七番札所へは 4km

 開基 古柏萬庭和尚

 創建 建長4年(1252)

 交通 名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅下車、
      瀬戸川沿いに東に進み瀬戸公
      園橋を渡り過ぎ狭い坂道を進
      む、名鉄瀬戸駅から1.3km徒
      歩20分
           
 車 県道61号線瀬戸街道の名鉄瀬
     戸駅前を瀬戸川沿いに一方通行
     を上流に進み、公園橋を右折し直
     進しゆるい坂を上ればすぐ




宝泉寺 宝泉寺山門
           宝泉寺本堂          宝泉寺山門 


 宝泉寺縁起


 宝泉寺は、今から約720年前の建長4年(1252)霊水山神宮寺として創立されましたが、その後の300年間の来歴は不明です。慶長元年(1596)には大火事に見舞われ消失する。

 時を経て正保4年(1648)、雲興寺十五世興南和尚により、当地に曹洞宗の禅刹大昌山宝泉寺が開かれました。

 本堂には、本尊釈迦無尼如来で、観音堂には一階に千手千眼観音菩薩像を祀り、二階は雲水達の修行の場である坐禅堂になっている。

 山門は、全国的にも珍しい上下二層構造の竜宮造りで、階上部分は鐘楼になっている。

 先代の梵鐘は文化13年(657)俊峯和尚により新鋳されたと伝えられますが、第二次世界大戦のおり軍に供出した。その後昭和27年に、檀家及び信徒の寄付により現在のものが造られ、高さ1.5m、直径0.9m、重量約940kgの堂々たる梵鐘です。

 鐘楼の天井絵「天女の図」は丹羽大口村桂林寺住職赤堀禅稲画伯による作で、二人の天女が舞う姿の美しさは、まさに秀麗といえます。

 宝泉寺の寺宝に、陶祖藤四郎作と伝えられる対の瓶子など、陶都瀬戸にゆかりの深い、歴史的にも貴重な作品が保存されています。


 主な年間行事

1月1日〜3日 三朝祈願般若読法会 7月16日 山門並陶磁祖施食法会
1月17日 恒期大般若法会 9月 秋季彼岸法会
2月 節分法会 10月中旬 尾張三十三観音巡拝
2月15日 釈尊涅槃法会 11月8日.12日 薬師留離光如来祭典
3月 春季彼岸法会 12月 秋葉三尺坊祭典
4月8日 釈尊降誕法会 12月31日 除夜鐘撞法会
4月下旬 尾張三十三観音巡拝 毎月18日 正法婦人会並観音講
7月7日〜15日 盂蘭盆会並施食法会

年によって日程が変更する場合があります、恐れ入りますが確認のうえお出かけ下さい。

 参拝 (平成12年1月10日、3月24日、13年10月9日、16年11月9日)


 名鉄瀬戸線終点の尾張瀬戸駅を下車し、駅前の瀬戸川沿いに東へ進む。車の一方通行の狭い道で、車の多さに気をつけるとよい。

 瀬戸川は、季節柄水も少なく、川の感じがしない、窯神橋、記念橋、宮前橋、中橋、東橋、公園橋と橋が多く、地元瀬戸物の特産だけに、橋に特徴があり見るだけでも楽しい。

宝泉寺東橋      東 橋

瀬戸物の欄干が素晴らしい。

 公園橋を渡って、狭い坂道を左に上れば、宝泉寺山門の前に出る。
掲示板に目がとまった。
     正しいことも行わず 幸せだけを 願うなら
                  それは身勝手 得手勝手


 さらに、別の入り口には、
     重みで沈む 岩だって 船に乗れば
                  水に浮くざんげは 心の救い船


 それぞれの文章には、重みがあり、私自身を見透かされたようで、何かしら我に返ったような気がする。確かに自分自身のことばかりで、他人のことはあまり考えてもいない。反省させられる事が多く、人間失格だ。

 山門を見て、直感的に「龍宮城」のような感じを受け、建築様式が珍しい。階上は鐘楼になっているが鐘はかかっていない。広い境内には、風格のある本堂、偉容を誇る観音堂には圧倒される。

 観音堂の二階は、雲水達の坐禅修行の場となっているという。私も坐禅のまねごとの経験があるが、無我の境地には程遠いものであった。

 本堂にお参りしたおり、賽銭箱の隣に「脚下照顧」(きゃっかしょうこ)と記された木札があった。
 以前、会社の社長がこの言葉を好んで使われ、職員に自らの足もとから意識改革に取り組めと、促されたことを懐かしく思い出した。
 この言葉は仏教用語で、辞書で再確認したら「日常の生活を直視して気をつけて進め」とあった。

 毎年11月8日,12日には薬師如来の縁日が催され「お薬師さん」とよばれ、多くの参詣客で賑わうという。

 山門を入った左に陶彫の祖、渡辺幸平「琴調鶴鳴居士」の墓がある。


宝泉寺観音堂 宝泉寺庫裡
観音堂 庫 裡



        お地蔵様













  鐘 楼
宝泉寺鐘楼


宝泉寺陶彫の碑 陶彫の祖 渡辺幸平の碑

 渡辺幸平は江戸時代の末期から明治初期にかけ、今日の瀬戸ノベルテイの源となった陶彫の技巧を確立した陶工である。

(注:ノベルテイは玩具、いわゆる陶器のおもちゃ)

 本堂の前には大きな楠や、境内の周囲には松、紅葉、シュロ、ツゲなどに手入れがされており、眺めるだけでも清々しい。

 山門前の石碑に「山門禁葷酒」とあった。漢字からすると境内では、飲酒を禁ずるのかと、安物の辞書をひもといてみた。
 臭う野菜(ネギ、ニラなど)と酒。「..山門に入るを許さず」葷酒など清浄な寺門の内に持ち込んではならない。禅寺などの門の脇に掲げる標記とあった。
なるほど一つ勉強になる。


宝泉寺山門禁葷酒の碑  山門禁葷酒の石碑


掲示板に、(平成13年10月9日)

    いつの世も 試練だ 人生 四苦八苦

 参拝するたびに新しい言葉が掲示され、拝見するのも楽しみの一つである。

 境内では、樫の大木、楓などの木々の剪定を4〜5人の庭師さんが、心地よい鋏の音をさせていた。


宝泉寺多宝塔 爽やかな秋の空にそびえる
多宝塔






 メモ


 瀬戸市では、春の訪れとともに陶祖祭が催される。中国からこの地に焼き物を伝えたという伝説の陶祖「藤四郎」を偲ぶもので、市内の陶彦神社で盛大に行われる。
4月の第三日曜日には、盛大に陶祖祭が行われ
、鎌倉時代の衣装に身を包んだ百人余りの男女が市内を練り歩き、焼き物の廉売市も開かれ多くの人で賑わう。


    六角陶碑

慶応3年(1867)加藤岸太郎の作

 六角陶碑は、当時瀬戸村に伝承されていた陶祖藤四郎の陶業の功績を称えるため建立された。
基部から4.1mの高さを持ち、全体が29個の部分からなる日本最大の焼き物である。
  宝泉寺六角陶碑    





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