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霰松原公園



霰松原公園 大阪市住之江区安立町町2
霰松原公園
(安立南公園)


南海電鉄住之江駅、東へ300m。 


万葉歌碑   巻1-65   長皇子


  万葉歌碑


  歌碑建立 昭和55年(1980)


(あられ)打つ あられ松原 すみのえの 弟日(おとひ)おとめと 見れど飽かぬかも

(霰打つ)あられ松原は、住吉の弟日娘と一緒にいくら見ても見飽きることがない。


霰松原の由来

 霰松原の名は、「万葉集」(巻一)天武天皇の第4皇子である長皇子の 「霰打つ あられ松原 住吉の 弟日娘と 見れど飽かぬかも」 の歌などでよく知られています。
 この地は、奈良、平安時代は海に沿った堺まで続く松葉で、白い砂浜と松の緑は四季を通じてすばらしい景観を見せ、多くの人々が訪れ、大阪と河内南部や紀州方面を結ぶ街道としても重要で、「岸辺の道」、室町後期からは「紀州街道」と呼ばれていました。
 天水分豊浦命神社は、延喜式代の古社で創建は詳らかでありませんが、「住吉大社神大記」にも記録されていることにより1200年以上経ており、明治40年に沢之町の止止呂支比売命神社に合祀されています。
 安立町の由来は、江戸時代初期の良医であった半井安立が、この地に住み多くの人々を助けたと徳により、その名を遺して町名となったと伝えます。

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                                         住吉名勝保存会