決められないあなたのために

――リヒテンシュタインの国民投票制度――


 リヒテンシュタイン侯国の元首はリヒテンシュタイン侯爵。ただし、1921年制定の憲法によって、主権は侯爵とともに国民にもあることが定められ(第2条)、国民投票制度が導入されました(第66条等)。以来、約80回行われているとのことです。

 投票は、18歳以上の定住国民ならだれでもできます――というか、義務です。2004年までは、国民投票と選挙を病気などの正当な理由なくサボると20フラン以下の過料が科せられることになっていました。2007年2月現在のレートで考えると、2000円弱といったところですね。ところが、ある調査によって、国民の多くはこの規定を知らないことがわかりました。それでも投票率は毎回あっぱれ80%を超えていたので、それじゃ要らないでしょうということになったのです。罰則規定は国民の権利に関する法律(Volksrechtegesetz)第90条にありました。それを改正したときの官報(LGBl. 2004 Nr.235)が残念ながら入手できないのですが、現行法にはそれらしいものが見当たらないので、首尾よく廃止されたのでしょう。

 さて、国民投票の請求ができるのは、議会と自治体、それから有権者です。ある提案について、対案が出ることもあります。それに対して、どちらも一理あって決められないと悩む国民が少なからずいたのでしょうね。1987年に二重賛成制度(Doppeltes Ja)というものが導入されました。では、これが初めて実施された国民投票をサンプルにして、二重賛成制度とはどんなものかを見てみましょう。

 このときのネタは憲法改正です。初実施にふさわしい大物ですね。もう時代にそぐわないからと、2002年8月2日に侯爵家がみずからの権限を縮小する案を提出してきたのです。しかし、これにある市民団体がかみつきました。法案の裁可権をがっちりつかんで放さないくせに何が権限の縮小だ、こんなことではご近所の民主主義国家に顔向けができないといって、10月21日に対案を提出したのです。これらについてはもちろん国会で審議が行われましたが、両案とも可決に至らず、翌年の3月14及び16日に国民投票に付されることになりました。そして、二重賛成制度の実施も決定されたのです。

 投票用紙はこんな構成になっています。

問い 答え
(チェックしてください)
あえて選ぶなら?
(チェックしてください)
侯爵家案に賛成しますか? は い □
いいえ □
市民団体案に賛成しますか? は い □
いいえ □

 ポイントは、この右端の「あえて選ぶなら?」です。明確にどちらかを支持する人、あるいはどちらも支持しない人には、この欄は無用のものです。ここは、どちらにも賛成票を投じた人が、それでもどっちかといえばこっちという意思をあらわすためにあるのです。票の集計はまず真ん中の欄だけを対象に行われ、それがいわば基礎票になります。そして、両案とも過半数を得られなかった場合に、「あえて選ぶなら?」で投じられた票数が基礎票に加算されるというわけです。

 2003年憲法改正国民投票は、侯爵家案が有効投票総数の3分の2以上を得て可決という結果に終わりました。だから「あえて選ぶなら?」は結果的に不要だったのですが、ここでも侯爵家案は69票を獲得して、30票しか得られなかった市民団体案に対して圧倒的な勝利をおさめました。下の【参考】に掲げた報道情報省のサイトで両案を見ることができますが、侯爵家側がとても立派なものを出してきたのに対して、市民団体側が提出したのは何とも寂しい紙っぺら1枚。内容はともかくとして、頼りなく見えたのかもしれません。


【参考】

http://www.abstimmung.li/ 報道情報省(PAFL:Presse- und Informationsamt des Fürstentums Liechtenstein)の国民投票サイトのトップページ。

http://www.abstimmung.li/verfassung_doku.cfm?v=verfassung 両案はここで見られます。


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