Saipan 旅行記

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久しぶりに海外旅行をするぜ!と決めた今年の夏
人事異動があるかもとは聞いていたけど無視して、人事異動を聞く前に契約
4泊5日のサイパン旅行を決行
並行して、パスポートも新規に取得.ここまでで全額50万円を超える

サイパンは綺麗な海!らしい!
というので、シュノーケルの道具も二式1万円
さらに、水中対応のタフカメラ、WG-5GPSも、購入決意。
周辺機材含めて、4万円ぐらいでかっちまった。

7月に人事異動してから、怒涛の業務ペース
そりゃ、なれない職場だもんね.それでも、ガシガシと整理をかけて、一気に旅行へ
ちなみになんでサイパンか?というと
・時差の少ないところ
・自然が多そうなところ
・英語、それも、米国圏
ということから、絞られてきたわけ

梅雨明けした7月20日の海の日に自分の分はほぼパッキング
日焼け止めなんかの消耗品を手当するだけ.が、23日の朝でも家人は整理がついていない.
何をしているのやら。。。。
10時25分に出発の成田。
そうすると、2時間前の8時半には成田に着いていたいところ
余裕をもって2時間とみて、6時には出発していれば楽勝〜
という計算がだが、もたもたの家人を待って案の定6時半の出発
東京はそれもまさかの大雨でした

7/23 初日:東京→サイパンへ
時間を優先、経費を無視のつもりで、外環→首都高路線.と行ってみたけど、外環から首都高へ乗るだけで大渋滞
そこから板橋区中台までも渋滞
こんなことから下道つかって首都高直接でも同じだった.というのっけからの運のなさと、判断ミス

イライラしながら、目標の8時をまるまる1時間過ぎて9時に到着.
車を預けて、バスに乗って、9時15分にチェックイン
搭乗、手荷物、出国と段取りをして、なんとか9時40分に搭乗口までたどり着き.10時に搭乗、10時25分に離陸
トラベルを開始することになったのでした

フライトは多少揺れたけど、まぁ、順調.3時間ほどでついちゃうのが近くていいよねぇー
フライトを降りて、入国審査をしようとしたら、おい、お前、ちょっとこい。といわれる。
なんじゃらほい?と思ったら、パスポート紛失の前科だから,と、尋問。
確かに2009年だかにパスポートを紛失
一時帰国証明で帰国し、このたび、改めて、パスポートを取得
明らかに同じ人物なのに、違うパスポートになっている.これはもしや犯罪では?
ということらしく、いつなくした?どんな目的だった?などの尋問を受けてしまった。。。。
もっとも、嘘はないので、そんまま入国できました。

ちなみに、因業なジジイがいて、「行政の非効率だな。馬鹿みたい。」と行列でえらそうに愚痴っていたが
本人の順番では、なにかもめたらしく「日本語で話せ!なにをいっているかわからん」と吠えていた。
サイパンといえどもアメリカ何だが。。。。なんで日本語だけで大丈夫だと思うんだ?

尋問が終わったら、手荷物は全て回り終わって、自分たちのだけぽつーん.
そのあとツアー会社の迎えのバスに乗ってホテルにチェックイン
ホテルをちょっとだけ探検して、スーパーに買い出しにいって、水分とビール
それから、パンとハムとチーズを買い出し

本当はナイトマーケット見物を計画していたんだけど、いまは開催していないらしい。
かなり疲れていたので、食事はホテルのファイアダンスショウ付BBQディナー
3人で、130ドル。うはーーー.ま、サンセットビーチのそばで、ダンスはみごと
食事があんまりイケていないから、どうかと思うが、ダンスは素晴らしかった。
本当のファイア―ダンスはすげーーー

そのあと、部屋とロビーで、WiFiにアクセスできないかトライ
まず、部屋は回線がなくNG ロビーも致命的に遅い.WiFiうんぬんよりも、島外への回線が遅いらしい。
明日の早朝、。すいている時間にしても対応しようと思うのであった。

7/24 2日目:マニャガハ島へ
朝5時に目が覚めたので、ロビーでネット接続.この時間なら、回線もすいているはず
と、思って何度目かのトライで接続完了.FaceBookをつなぎながらだとFaceBookの方が速い。
米国回線の方が太いのはある意味当たり前か。。
187通あったけど、重要そうな10通だけ確認.3通だけ手短にメールして終了

6時から、40分ほどジョギング
ススペ地区のWORLD RESORT から、北へ20分.RedBeach夜襲戦で壊れた日本軍戦車の遺品が残っていた
左の海をみたら、朝日に照らされて虹が見えました.
いかにも南国な風景

汗だくにな状態でホテルに戻ってシャワーを浴びて,朝食ビュッフェへ
44ドル。ホテルの朝食なんで。。と思いつつややぼった?
ジュース飲み放題でのんで、食事詰め込んで、ロールパンを3個ほどがなぜかポケットに
韓国資本のホテルのため、韓国人ばっかり.まぁ、海外ぽくていいっちゃいいんだけど
ここに観光客に来るだけあって余裕のありそうな人ばかり
入国審査の日本のジジイが一番おかしいわ

部屋に戻って、マニャガハ島への渡航準備.この日のために、買ったWG-5とシュノーケル
ちなみに20年前のウェットスーツを着たら、なんとか着れたけど、ゴムが劣化してガチガチ
仕方がないので、Tシャツを着たま海に入ることを決意
キャンプマットをいれたラケットバックに詰め、水、ジュース、ビール、パン、ハム、ソーセージをソフトクーラに、氷と一緒に入れて出発

迎えのバスに乗り込んで、Port of Saipanへ.15分ぐらいまって船に乗り込み
出航してから15分ぐらいで目的地に到着.ターシーツアーズの船からそのまま現地ブースへ
こちらも韓国人ばっかり.パラソルとビーチベットを借りて、足元にキャンプマットを敷いて、ベースを確保
家人にフィンとシュノーケルを装着させて行って来い!というのだが、息ができない。フィンが泳げない等など
等、文明の利器を使いこなせない家人たち、シュノーケルなんか、排水弁と潜ると密閉するフローター付きの便利なタイプなのに

自分がシュノーケルをつけて、スイミングゴーグル、シュノーケル、フィンで十分楽しめました
すぐ足元を魚がうようよ。それも、20cmぐらいの魚がうようよといるほどこんなに豊かな海とはねぇ
水中撮影可能なタフカメラWG-5の出番
浅瀬に戻るとき、1m弱のスズキ?バラクーダ?が悠然と泳いでいるのに出くわした
こんな人がいるのに大物に出会うとは、そのときはカメラを貸していたのが悔やまれる

ひと泳ぎして、持ち込んだビールとサンドイッチと、なぜか朝食で出ていたパンを腹に入れて、少し島内探検
15分ぐらいで一周できてしまった,ターシーズツアーのいない場所でもビーチがあった
そちらの方が人がいなくて魚も多くて楽しめそうな雰囲気.であるが、家族連れでは面倒もかけられないのでパス

もう一度一時間ほど遊泳区域でおとなしく遊泳+見物.さすにが大物とは出会えずに終了
ばたばたと片づけて、砂も掃わずに帰りの15時の船へのり、ホテルへ
ホテルまでスムーズに戻って、そのあとはホテルプール.ここはウォータースライダーが整備されていて、娘がそこで遊びまくり
10本以上も滑り下りて、流れるプールでぷかぷか浮かんで,シャワーみたいなスコールをぱらぱらと体験
ここでも、水中カメラは役立ってくれました
水がかかろうがなにしようが平気なカメラというのはすごい

一日力いっぱい泳いで遊んだので、ご飯を食べにまたショッピングセンターへ
翌日の朝食を軽くすますためのシリアルとジュースを買ってガラパンにいくか迷って、結局、ホテル向かいの大長吟とかいう韓国料理
メインメニューのユッケジャンは辛くて旨みあり,で、3皿+ビールで36ドル
海外旅行の外食でこんなに安くていいのか?というぐらいでした

3日目:レンタカー、島内観光
朝4時に目が覚めて、ネット接続して、メール一本.土曜日の朝だから、次にトライするのは月曜日の朝だな
仕事で穴をあけている分お土産を買わなくちゃならんなー。朝食は、前夜スーパーで買ったシリアルとパンとコーヒー
本日は、レンタカーで島内ドライブへ。朝の8時半のアポで隣のレンタカー屋で、レンタル
ヒュンダイのコンパクトカーだった。真っ先に北部へ向かう

まず、ラストコマンドポスト
こんな洞窟ですか。。。重機は一応据えてあるけど.心もとないねぇ.
ここで南雲中将が自決したのか。真珠湾→ミッドウェイ→サイパンで自決か。
自決はいいけど部下だけは降伏させてあげればよかったのに。それが将の最後の責任のような気もする

ちょっとドライブして、スーサイドクリフ
山のてっぺんまで追いつめられて、、、山を登る間に重たいものを全て捨てて武器も食料もないんでしょう
バードアイランドは、鳥の楽園だけど、望遠鏡がないとわからん
せめて一眼の望遠を持ってくればよかった
グロット
世界のあこがれのダイビングスポット.潮流がひどすぎるから、これはガイドなしでは無理だわ
日本でいえば能登とかの岩礁地域に飛びこむようなもん

バンザイクリフ
ものすごく青い空と海と鮮やかな風景.高さは50mぐらい?
こんなきれいなのに、ここで自殺した人がいるのかー
なんかいろんな宗教法人が慰霊碑をたてているのが違和感.慰霊か宣伝かよくわからんな
崖のそばに人が立っていて危ないなー。何しているんだろう?と思ったら、釣りだった
命がけじゃねーか

午前中で回り終えてしまったので、午後はお買いものモード。といってもブランド漁りするわけじゃない
フィエスタの事務所によって石鹸セットをもらう。プレゼントにしちゃえ
I love SAIPAN とかいうお土産屋と,となりのDFS&HRCで「サイパンダ」リュックと、シャツ一枚
DFSってなんでこれで成立するんだろう。。。みんなそんなにブランド物を買うのか。
ここまで町をみて思うけど、韓国人>中国人>日本人>その他
やっぱりアジア圏しかこないんだよな.欧米圏からは遠いしさ.現地の観光客の対応はとても丁寧.3ヶ国語を話すし。

あとはジョーテンスーパーストアへ。こっちのスターウォーズもどきのテレビを見てジュース。
ひたすら暑いなー。ジュースがうまいし、水分がぶがぶ.レンタカーのガソリンも9ドル未満
先買いオプションで、25ドルとか。高すぎHERTZめ
島だから仕方がないけど、なんかドライブした実感のないまま.返却時間に終了
まぁ、ガイド付けて$130が、運転して$100ってとこか微妙だな

夕方は、20年前のウェットを着こんで、ホテルのビーチを泳いでみる.が、汚い。藻が生えて浮いている
ナマコが群生している.魚がほとんど見えない.それでも、ちょっとは見れたけど。
30cmクラスのフグが見れたのが一番の大物.マニャガハ島みたくバラクーダにもう一度会いたいものですかね
たぶん、シマキンチャクフグとかいう種類

夜は中華料理屋へ。40ドルでめちゃめちゃ腹いっぱい
余ったら、テイクアウトさせてくれたし、気取らない個人食堂の方が正解だな
視聴可能なNHKのBS放送をみて、沈没

4日目:ふたたびマニャガハ島+SeaTouchへ
朝5時起床の日曜日.ウォーキングをちょっと.そのあと、今度は南に走ってみた
6時過ぎだというのに、ビーチには人がたくさん。釣り、投網、バーベキュー、潮干狩り等等
暑い昼間ではなく朝と夜に動くのは南国スタイルですね。
ビーチロードという車どおりは、スペースもなく危ないので、波打ち際をランニング
暑いし、足が重く思えたけど、快適。だいたい、1時間で10kmぐらいでしょうか
シリアル+ミルクとパンとハムのサンドイッチを部屋で食す.これで朝ごはん終了

本日はどうする?と議論があって、娘は泣きわめき.結局、マリンスポーツの聖地、マニャガハにいこう!と、マニャガハ島へ
だって、サイパンは結局、海のきれいさしかないし。もっとも綺麗なところはマニャガハ島だし。他に行ってもねぇ。。。と。
9時になってから電話したので、10時40分の船で渡航.パラソルを借りて、11時。そこから1時間
遊泳区域じゃないところに行ってみたら、サンゴが傷ついていなくて綺麗だった
一時間流されるままにシュノーケルして、水中写真撮影.
サンドイッチとポテトチップを食べ、さらにビール2本飲んで、いい気持ちに
軽く飲んだ状態ですが、家人も誘って遊泳区域外へ
餌をまいている人がいて、魚があっという間に集まっていた.違反行為だけど、魚をみたら撮影するしかないなー
大きな魚がどこからかやってくるというのは豊かですね
大きな青いのは、カスミアジという名前らしい。食べている餌に毒があるので、食べちゃいけないらしい

14時の便で戻るため、13時15分で浜へ引き上げ。たったの3時間、2本だけは名残惜しい。
こんな天国みたいな海はそうそうお目にかかれない

自分のホテルではなく、フィエスタホテルへ.こちらで本日のツアー代金と、SEA-Touch体験
どうかと思うが、娘がとてもやりたがったので、妥協の結果
写真撮影も禁止とか。カメラマンがいて、後で売りつける。。つもりマンマン
サメを抱っこしてサメ肌ー.エイは逆にぬるぬる.エイと一緒の生け簀で泳ぐけど
エイは水中にいるので、こちらもとうとう潜ることに
フィンがあれば追いついたのに。。。結局、写真を買って、ホテル戻り

夕方、一度、荷ほどきをしてから,独立記念フェスティバルを見学.一か月に及ぶ屋台祭り.
サタデーナイトのマーケットのかわりに紹介されました。
あちこちの地元の店、地元の味と高校生のアカペラショウが楽しめました。
HISの代理店は、危険だから、とかいうけど,全然セーフティ。地元のお祭りそのもの。楽しめました。
後は、DFSに戻って、中国人?が盛大にギャンブルを見て、タクシー$15で帰宅
明日でもう東京なんだよねぇ。。。日焼けと思い出が残ったかな。

5日目:プールと飛行場と帰国へ
朝5時起床。メールチェックを実行したら、意外に回線環境が良かったので、300件のメールを一気に処理
明日からの仕事の助走ができたかな

6時を過ぎてしまったがランニング.RedBeachの夜襲の破壊された戦車の遺物までジョギング
7時に近くなって陽が昇ったので、波打ち際を走ってみたそれがえらいことに。
快適にビーチのそばを走っていてある場所を通過したら。。
二匹の犬が吠えかかってきた。たぶん、その土地の番犬?つないでないから、めっちゃ飛びかかってくるし
砂浜を思わずダッシュで逃げた。公共の場所じゃない。といえばそうなんでしょう。
で、左足のハムストリングを痛めてしまった.軽く肉離れだな

走るのはやめて、足を引きずって、シャワーを浴びる.本日は12時までのチェックアウト.
それまでの間は娘とプール遊び,このプールは、WaveJungleといって、サイパン一のプール
ウォータースライダー4種類。波のプールに、流れるプールと、いろいろ
ウォータースライダーは階段登るのがつらくなった

11時半ぎりぎりまで遊んで、急いで、シャワーを浴びて、荷物を鞄に突っ込んでチェックアウト。5分前。
お土産屋でうだうだするのはお任せして、昼は、中華料理屋
炒飯、わんたん麺、特別にチンジャオロース、ビール$39をいただきました。
カードが使えないので、財布をひっくり返したら、$39。きっちりお札を使いきっちゃったよ。チップも出せないくらい。

13時40分のバスに乗って、空港.荷物をあらためて分散して、飛行機に搭乗
サイパンの搭乗待合では、サイパンアイズリー飛行場の歴史を紹介していました。
もとは、第一次世界大戦後のドイツから日本が自治権を割譲.日本の要塞基地化
太平洋戦争開戦時には、サトウキビ畑をつぶしてアスリート飛行場として開設
マリアナ沖海戦、サイパン上陸戦(44年6月〜7月)を経てアイズリー飛行場に変更し、拡張工事
9月には最初のB29が到着.最初のB29の出撃先は、中島飛行場武蔵野工場だったそうな。
いまでは、NTT武蔵野通信研究所。不発弾騒ぎもあったし。
軍需工場だけの精密爆撃ではらちが明かないと思ったアメリカ軍はカーチスルメイ准将に切り替えて、
焼夷弾による焦土作戦を展開。東京大空襲。サイパン、テニアン、ロタから、300機以上
10万人を破壊し、述べ1万機5万トンの爆弾を落としたと。
そして、1975年にサイパン国際飛行場に生まれ変わったと
青い空、海、白い雲、ビーチの裏に赤い血が流れたという歴史。改めて考えさせられました。

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